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「鈴木社長さんへの質問です。私はあなたに捨てられました。今も、あなたにあげた沢山の初めてを覚えています。あなたはどうですか?」
赤いドレスを身に纏った凛と美しさを感じる女性の言葉を合図に、株主総会の会場内が一斉に響めきたった。
突然の意味不明な質問に鈴木駿は唖然とし、女性の美しさに慄き、そして、目を見開いて驚いた。
彼女だ。
鈴木はスーツのネクタイを整え、もう一度彼女を見た。
今や一部上場企業の若手社長になった鈴木にも過去の女がいたことがあった。それは鈴木が会社を立ち上げて間もない時だ。
まだ、若かったのだ。起業して間もない会社の社長の忙しさはとんでもなく、そのストレス捌け口は取り替えの激しい女遊びだった。
鈴木にとって、彼女もその一人にすぎなかった。
まだ、鈴木が彼女の肩に手を乗せていた頃。赤いドレスを着た彼女の顔は静かに恨みを訴えるような顔ではなく、可愛い笑顔を鈴木に向けていた。
光が激しく行き交うビル街の駅前で少し声のトーンを下げて彼女は言った。
「ねぇ、ここまでいいよ」
「そうかい? 遠慮しないで今日も家まで送るよ」
肩に乗った鈴木の手を彼女は静かに振り払った。
「いいの。明日も大変なのでしょ」
「まあまあだよ。だから、遠慮しないでさ」
「無理しないで、これからも頑張ってほしいんだから」
「君がそう言うんだったら、じゃあね」
「うん、また」
彼女は二度ほど振り返り駅の中へと消えていくのを、鈴木は彼女の反応を返すだけで見送った。
これが彼女と鈴木。最後の交流だった。
他にも沢山の遊びを繰り返して行ったが、会社が上手くいくと比例して女遊びは少なくなっっていく。現在では鈴木にとって、それは過去のものとなった。
昔の鈴木を知るものも少なくなり、鈴木のイメージも社員からの信頼も厚い親しい社長となった今では、鈴木の過去を知る部下もほとんどいないであろう。多少、噂程度のものが残ったが、深刻にとらえるものは社内にはいないはずだった。
そして、現在。過去に葬ったはずのものが、目の前に蘇ってきたのだ。
同じ長テーブルに座る社員の鈴木への目線は時間が経てば経つほど、冷たくなっていくのを鈴木は肌で感じていた。その視線は鈴木が着ているスーツを貫通し、冷たく突き刺さり、鈴木の肌に痛みを感じるほどだ。
ついに、痛みに耐えきれなくなった鈴木は目の前のマイクに手を伸ばした。が、マイクのハウリング音が会場内に広がり、株主達の視線も集まってしまう。
視線が彼女から鈴木へ。
次は鈴木の番。
冷や汗。口が乾き、そして、鈴木の背後に絶壁が現れ始めた。
鈴木は最後の言葉を絞り出した。
「そのご質問には、お答えいたしかねます」
そのまま、無気力に鈴木は席に着いた。
しかし、その椅子には背もたれはなく、どこまでも、どこまでも、背中から鈴木の体は暗い崖に落ちていった。