少女と木
ただ広い平原があった。
周りには何も見当たらない、ポツンと立つ一本の木を除いて。
木の根元には齢16歳ぐらいの少女が、ただ木を見上げていた。
少女の目には、目の前の木が広がっているが木を見ているが瞳には輝きはない。
風が吹いた。
広い平原が波打ち、大きく木が揺れ、長い髪が靡いた。
今の少女には昔ほど、木を見ても心が動かない。
昔の少女なら木下で本を読んだり、木登りをしていた。さらにはこの木の枝を使っておままごともしたし、木に話かけることもあった。ただ無心に木に近づいたことだろう。
少女は昔のことを思い出してしまうと恥じてしまう。
だが、今はただ木の下に立ち続ける。
ただ無心に。手で触れることもなく、羞恥なく話かけることも少女はしなかった。
また風が吹く。
風がやむ前に少女は木の前から姿を消していた。
それから少女は木の前に姿を表すことはなかった。
十年の月日が経った。
少女が少女ではなくなった頃に、少女は木の前に現れた。
今は、昔ほどの好奇心を感じることはなかった。だが、少し前よりも無関心という訳でもない。
元少女は今までの自分のことを思い出す。少女に恥ずかしさはない。代わりに懐かしさを感じた。
ゆっくりと木に近づくと元少女は大木に手をゆっくりと触れる。ほのかな木の香り、心地の良い木漏れ日、優しい木の揺れる音が少女を包んだ。
さらに元少女は周りを見渡し平原の広大さ、そこに立つこの一本の木の美しさを身体中で感じとっていた。
彼女は広い平原で懐かしさを感じた。