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二重人格
気が付くと会社帰りだった。物凄く疲れていたらしい。会社に出勤して業務をこなしていたところまでは覚えていたが、空が焼けていることは気づけず、烏の鳴き声が時間を教えてくれた。流石にこの疲労を抱えたままでの料理は無理だと思い、スーパーの冷凍食品コーナーに重い足を運ぶ。
「ナポリタン」
疲れからか目に入った文字を口から零した。独り言を喋っていた自分に気がついたが気に留めるほどの余裕はない。口から零れたナポリタンを棚から取り出した。レジに向かう足が疲れから足早になっていく。そういば家のトイレットペーパーが無いことを思い出したが、今は帰宅したい欲が強くナポリタンだけをレジに通しスーパーを出た。
鞄とレジ袋に入ったナポリタンが重く感じる。ネクタイを外したい。
スーパーの近くで強盗事件が起きた事務所に立ち入り禁止のテープが張られていた。今朝に警察が来たことを思い出して無意識で人の群れに近づいく。野次馬の隙間から事件現場を拝もうとするが若い主婦や自分と同じ様な会社帰りの人々の群れが邪魔をする。疲れと眠気から人々の声が耳障りになり耐えることができず、その場を離れると帰路のことばかり考えていた。道中に黒猫が塀の上を歩いているのを見つけ、烏がゴミを漁るのを横目に道を曲がった所までは覚えていたが、ふと気が付くと目の前に家の扉があった。
やはりよほど疲れていたのだろう。帰ってきた様子を鮮明に思い出せない。僕はドアノブに手をかけてひねる。そして、自分はスーパーで必要だったトイレットペーパーを商品棚から手に取った。疲れているせいか走り出したい欲を抑えながらレジに向かう。トイレットペーパーを買いスーパーを出るとどこか違和感に気が付いく。レシートを貰っていない。いつもならレシートは必ず貰っているはずなのに。
まぁいい。
スーパーを出て直ぐに、今朝方に強盗に入られた事務所があったのを思い出す。なんとなくその事務所が見たくなり現場に向かうが、やはり野次馬が事務所の前に溢れている。疲れている中でこの人混みに向かうのは億劫になり、家に帰ることにした。そして、塀の上の黒猫を見つけ、ゴミの散らかったゴミ置き場を横目に通り過ぎたところまでは覚えていたが、気がつくと家の扉の前に立っていた。
この光景は何度か見たような気がする。
自分の家の扉だ。何度も見たことあるのは当然なことなのではとそう自分を納得させ、違和感を払拭した後にドアノブを回す。疲れた体を休ませる為に暗くなった空の下、例の事務所の前に立っていた。目の前には立ち入り禁止の文字が夜風に揺れている。
やはり、おかしい。
手には鞄とトイレットペーパーと冷凍ナポリタンが入ったビニール袋を持っていた。
今度は疲れよりも違和感の方が勝る。今さっきまで家の前にいたはず、ましては家の中に入っていったはずなのだが、家に入るたびに外に戻されてしまう。なぜか今日だけで何度も同じ光景を見てきた。それは見慣れている道だからとか、デジャヴ現象などではない。今まで見てきた情景はもっとリアルなものである。混乱した頭が夜風にあたり、冷静さを取り戻すと同時に謎の焦燥感が溢れ出てくるのを抑えきれない。気づいた時には家に向かって走っていた。
とにかく走った。夜風の冷たさも感じる事もなく家までとにかく走る。今は安心できる居場所が欲しい。家に帰ることで疲労した精神と身体を今すぐに癒したい欲が止まらずに無我夢中で走った。
ついに、家の扉の前に着いた。切らした息を無理やり整え、ドアノブに手をかざす。これで本当に帰れるのだろうか。扉に向かって疑心をぶつける。しかし、この扉の向こうに部屋というオアシスが広がっているという事実に自分の欲望を抑えきれない。ゆっくりとドアノブを回すと鈍い金属音が鳴った。僕は扉の向こうには自室が広がっていることを願いながら、ゆっくりと扉を開けると目の前に広がっていたのは、スーパーの棚でもなく、立ち入り禁止のテープでもなかった。目の前には玄関があり、奥には1LDKの部屋にテーブルが置いてありテーブルの前には台の上に置かれたテレビもあった。何より目を引いたのを部屋の隅に置かれていた白いベットだ。今すぐにでも飛び込みたい気持ちを抑えきれない。
ベットに引かれていくかの様に靴を脱ぎ捨て、ベットに身を投げた。ベットに包まれる感覚が体を癒してくれる。
今、何時なんだ。
最初にドアノブに触れてから、何度も部屋に飛ばされ続けた。どのくらい時間が経ったのか全くわからない。ベットに顔を埋めながら手探りで置き時計を探すがなかなか見つけることができなかった。何度か挑戦しているうちに柔らかく生暖かい感触が手に触れた。それは部屋には存在しないはずの感触である。
予想のない出来事に顔を上げると目の前には黒猫がいた。
驚きでつい声を上げて撫でた手を離した。黒猫は驚きどこかへ行ってしまう。
部屋に猫は飼っていない。なのに黒猫がいるのは何故か。周りを見渡すとそこは夜道が広がっていた。理解が追いついかない。夜風がそれは現実だぞと訴えかけてくる。
状況を整理すると自分は目の前の黒猫をしゃがんで撫でていたのだ。
やはり、どこかおかしい。
手には鞄とトイレットペーパーと冷凍ナポリタンが入ったビニール袋があった。
それらが今は常に変わらない物で、この持ち物が常に変わらないことに愛着が湧いてくる。夜道の中、立ち尽くす。混乱が混乱を呼び逆に落ちついてしまったのか、冷静な自分がいた。何となくスマホを取り出し通知を確認したが認識のないSNSの書き込みがあり、それを確認すると目を見開いた。
体を返せ。
その言葉があらゆるSNSに書きこまれている。その言葉はおそらく自分に向けた言葉だろうと察することができた。そして、一つ最悪な状況が頭によぎる。唯一変わらず側にいてくれたビニール袋に入ったナポリタンを確認する。
ビニールの中身はカルボナーラだった。
身体中の体が干上がる感覚だった。まるで支えが崩壊していくような、その場に倒れこみそうだったが、それを止める勢いでスマホに謎の通知が鳴る。
確認すると時間差でSNSにメッセージが投稿されるものが今、SNSに投稿された通知だったらしい。それは記憶にない物だ。何故かこのメッセージを見るのは躊躇われたがそんなことを言っている場合ではないのは確かだ。覚悟を決めてスマホの中身を再び確認した。
お前の願いは叶えてやった。部屋にある金がその証拠だ。だから、その体を返せ。
焦っている自分がいるのがわかる。如何にかしなければいけないが、どうすればいいかわからない。今は確認したい。それが事実なのか。
もし、事実ではなければ今までのことは無かった事になるのではないかとそう思う。再び家に向かって走り始めた。
家の前に着くとまた変わらずのドアがそこにあった。今度は勢いに任せてドアを開く、そして、部屋の電気をつけるといつもと変わらない部屋がそこにあった。その光景に安心感が湧き上がり、今まで何もなかったかのような気がしてくる。その証拠に先ほどまで息が上がっていたが、既に落ち着きを取り戻している。
恐らく、何もない。
そう信じ部屋を一つ一つ探し歩いたが、何も変なものは見つからなかった。
やはり、何もない。
ふと、部屋にかかったウインドブレーカーに目がいく。このウインドブレーカーは朝のランニングをする為に買ったものだが、一度しか使っていない。そういえばこのウインドウブレーカーをしまうつもりだった段ボールは確認していなかった事に気づく。
きっと、何もない。
部屋のほとんどを探しても何も見つからなかったんだから、段ボールの中身も何もないと言い聞かせながら、段ボールのある襖を開けると、そこにはなんの変哲もない段ボールがそこに置かれていた。その何もなさが実家の安心感と嵐の前の不気味さがそこにはある。恐る恐る段ボールに手を添えた。
そうだ、何にもない。
ゆっくりと段ボールの蓋を開けるとそこにあったのは、新聞紙に包まれた何か。その何かをめくる。呼吸が心臓がうるさい。ゆっくりとめくった先にあったものはスパナと、金だ。恐らくこれは盗んだもの。この時に思い出したが、金が欲しいともう一人の自分にぼやいた事を思い出したなぁ。
新聞紙を包み直し、段ボールを押し入れに仕舞い直した。
「明日も、早いし寝るか」
その一言を口にした後に一人の男は部屋の電気を落とした。