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学校の『何でも屋』さん 第三話

 目の前には空が広がっていた。
 なぜ、楠田凛は空を眺めているのか、すぐに思い出した。体を起こし腕時計を見た。あれからおよそ三〇分ほど経っていた。
 完全に二人に嵌められた。
 楠田の顔を隠し、視界を奪ってからのスタンガンでの攻撃。視界を奪われなければ、楠田であれば対応できたことだ。しかし、相手の方が一枚上手であった。

『やっと起きましたか……』

 片耳につけていたイヤホンから『何でも屋』の声が聞こえてきた。

「ずっと見ていたの?」
『はい、カメラ付きドローンで、あなたのことをずっと追いかけてましたから』 

 楠田が周りを見渡すと木の影から、ドローンが姿を現していた。

「やっぱり信用されていないみたいね」
『……』
「ごめんなさい。仕事は失敗してしまったわ」
『まだ、終わってませんよ』
「え」
『彼らが、凛さんを襲ったのはただ単に第三者に手柄が奪われそうになった為の、緊急対処といったところですかね。ドローンについてきてください』

 楠田は見つけたドローンが旋回し移動し始めたので、後を駆け足でついていく。

『今の状況を移動しながら伝えます。彼らはどちらが手柄を手にするかを、まだ言い争っています。もしかしたら、このまま、小さな抗争になりかねない勢いです』
「小さな抗争?」
『そうです。あの二人の周りには、今、仲間が風紀委員と不良グループそれぞれ十数人の仲間を連れています』
「そっかぁ。でもまぁ、やるしかないわね」
『凛さん。確かにあなたは強いです。ですが、どんなに強い人間でも弱点があります。それは数です。それをわかってますか』
「でも、やるしかないじゃない。私がやらなければ、妹も探せないからね」
『しかし、凛さんがいなくては妹を探す意味がなくなってしまします。僕に任せてもらえませんか?』
「……わかったわよ」
『ありがとうございます。では、プランDの概要を伝えます』
 
「だから、俺は総長直々にこいつを持ってくるように言われてるんだ」
「僕は風紀委員長から、直接会って言われました」

 ここは所謂、学校から少し離れた廃工場だ。光も大きく開いた天井窓と、まばらについている窓からの日光しかなく薄暗い。そんな場所の真ん中に不良くんの斉藤儺翼と真面目くんの青柳サルビアはペットケースを真ん中にして、またもや言い争っていた。

「もうそれは何十回も聞いたよ」
「それはこっちのセリフだ。もうこうなってはこちらとしては実力行使でいかせてもらいましょうか」
「いい度胸じゃねぇか。こっちだってお前らとは決着をつけたかったんだぜ。なぁ、お前ら」

 斉藤の後ろに控えていた不良たちが、まばらに声を上げながら姿を現した。すると同時に青柳の後ろからも、暗闇からも風紀委員達が現れた。
 お互いがお互いを睨み合っており、あとは合図を待つのみの状態だ。

「いくぞお前ら、やっちまえ‼︎」

 その言葉と同時に天井窓からドローンが入り込み、ドローンから真っ白な煙が噴き上げながら工場内を飛び回り、一瞬の内に工場内は真っ白にしてしまった。工場内はパニック状態だ。風紀側の仕業だとこか、不良側の仕業だとか工場内には思惑だらけでまともな状態ではない。
 さらに追い討ちをかけるように、誰かがやられている声も聞こえてきた。仲間がやられてることも伝達すると、誰にも止められることができない乱戦状態となってしまった。
 その中で、乱戦の原因を作ったのは楠田であった。工場内が真っ白になった瞬間に後ろから不良一人を投げ飛ばした。楠田が『何でも屋』から言われたことは、「とにかく暴れてください」だった。そうすれば視界の狭い中で、誰が誰を攻撃したかわからず、工場内はパニックになります。その間に『何でも屋』がなんとかすると言った。
 言われた通りに楠田は目の前の人を次々と投げ飛ばしていると、急に腕を掴まれた。急いでカウンターを取るための姿勢を取ろうと、振り返ると『何でも屋』がそこにいた。

「あんたっ……‼︎」
「静かにしてください。ここから逃げますよ」

 『何でも屋』の手には、ペットケースがあった。中を覗くと猫様は呑気にあくびをしていた。

「では、行きましょう」

 楠田は何故、不良グループと風紀委員が抗争をするまで、この猫にこだわるのかわからない。ただの善意だけの行動の域を超えている。しかも、不良グループだけではなく、風紀委員まで実力行使で動くという一歩間違えれば、退学処分になりかねない方法をとっている。そこまでにさせる何かがこの猫にあるらしい。

「凛さん? 行きますよ」

 『何でも屋』が何かを隠しているのはいつものことだが、この仕事をするのに覚悟が必要なのかもしれないと楠田は感じた。
 
 『何でも屋』と楠田の二人が廃工場からしばらく歩くと、人気の少ない裏道に入っていく。そこは、先ほどまでの国道沿いほど人と車通りがなく、どこか別世界にも感じるほど、雰囲気の違う場所だった。

「どこいくのよ」
「依頼主との取引場所です。あそこの曲がり角を曲がったら取引場所です」

 二人が一本道の曲がり角を左に曲がると、一人の若い女性がいた。真っ黒なゴシックドレスに姫カットのロングヘアーが特徴的な若い女性だった。もしかしたら、楠田と同じぐらいの年齢かもしれない。ひと目見た楠田の感想は、可愛いよりも美しいという言葉が似合いそうな女性であったことだ。
 あちらも二人に気がつくと黒い扇子で口元を隠し、こちらを向いて軽く会釈を交わしてきた。楠田も同じように会釈を仕返した。

「お待たせさせてしまいましたね。こちらが、逃げていた猫です」 

 『何でも屋』がその女性に声をかけ、ペットケースを地面に置いた。すると女性はペットケースの鍵を開けた。

「おいで、リリィ」

 例の猫は若い女性の胸元に飛び込んでいった。

「『何でも屋』さん。ありがとう。これが報酬だわ」

 若い女性が持っていた小さなカバンから封筒を取り出し、『何でも屋』に渡した。受け取った物の中身を封を開けて『何でも屋』は仮面の隙間から覗き込んだ。

「はい、確認しました」
「では、私はこれで」
「猫に付いているその首輪、それUSBメモリになってますよね」
 『何でも屋』の言葉は若い女性の足を止めた。
「もし、そうだとしたら」

 その声は目の前の女性の声だったが、先ほどまでとは違い圧のある声に変わっておりとても空気が重くなっていくのを楠田は感じた。

「安心してください。中身は見てませんよ。お客様のプライベート情報になりますので詮索等はしていません。ですが、こんな噂は知ってますか? この学校に在学している生徒、先生の今までの中高学校までの成績、家系、部活動、友人関係、そして、全国の防犯カメラに映る行動記録までが、記録されたデータが存在する。そして、そのデータは今後の国の官僚候補を決める際に使われているという噂。何か心当たりでもないかと?」 

 若い女性はずっと黙っていた。楠田は女性が大人しく聞いているというよりは、背中ら聞こえる内容から『何でも屋』のことを見定めているようにも見えた。

「ところで、『何でも屋』さん? 札越中学校の少女自殺の件はどこまでお分かりになりました?」
「なんでそれをっ‼︎ ……やっぱりそれは、この学校の機密情報なのですね」

 若い女性は『何でも屋』のことを無視して、この場を去ろうとしていた。だが、『何でも屋』は何もできないこと感じ、ただ強く拳を握るだけだった。初めてみる『何でも屋』の姿に何かできないかと楠田は考えるよりも口が勝手に動いた。

「あの‼︎ あなたとどこかで会いませんでしたっけ?」

 女性は足を止めて冷静に言い放った。

「いえ、気のせいかと」

 楠田は驚いた。黒い扇子の隙間から見えた。微笑んだ顔が自分の顔に似ていたからだ。まるで鏡を見ているかと思うほどに似ていたのだ。楠田の心臓の音が大きくなっていくのを感じた。考えるよりも言葉が先に出た。

「結利? 結利だよね。私だよ。凛、楠田凛。あなたのお姉ちゃんだよ」
「いえ、人違いです」

 その時の目はとても冷たく、くだらないものを見下ろしているかのような目をしていた。

「そうですか。すみません」

 返答を聞くと再び女性は歩み始めた。楠田が見間違えたショックで立ち尽くしていると、『何でも屋』が小声で楠田にいった。

「まだ、断言するのは早そうですよ。彼女が振り向く直前に一瞬だけ見たましたが、彼女の後ろの首元に黒子がありました。双子のあなたなら何か知りませんか?」

 黒子。それは楠田にとって忘れられない特徴でもあった。楠田と妹の結利は後ろの首元に左右対称の位置に黒子があったのだ。

「『何でも屋』‼︎ それはどっち側に‼︎」
「右側です」

 楠田は走り出した。彼女を妹の結利を連れ戻す為に。
 目の先の彼女は既に路地から出るための角を曲がってしまい、姿が見えなくなってしまった。それでも諦めるわけにはいかなかった。とくかく全速力で追った。そして、曲がった先は直ぐに国道沿いだった。
 周りを見渡したが、あの目立つ黒いゴシックドレス姿はどこにも見当たらなかった。
 後ろから、『何でも屋』が楠田の後を追ってやってきた。

「ダメでしたか」
「ところで、あんたはどうして、『何でも屋』をやっているの?」
「……僕は、中学校の頃の幼馴染が自殺しました。しかし、僕はどうしても彼女が自殺したとは思えないんです。なのでその真相を探るべく、情報が集まりやすいこの学校で『何でも屋』をやっています」

 彼にも彼なりの目的があって『何でも屋』をやっていた。そして、それを知った楠田は少し微笑んだ。

「じゃあ、あんたは幼馴染の真相を知る為に、私は妹を連れ戻す為に、お互い協力していきましょう」
「……そうですね。凛さん。では、一度学校に戻って今回集まった情報を集めましょうか」

 楠田は強く拳を握りながら、『何でも屋』と一緒に裏路地に戻って行った。
 

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