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初雪


 初雪が嫌いだ。


 花菱鞠は初雪が嫌いだった。衣替えもしないといけないこと。気温が安定しないこと。突然の雨にも見舞われることもある。そのせいで花菱鞠はあの初雪が降り始める時期はとても嫌いだった。さらに初雪が降れば地面がぬれ足元が安定しなくなる。やがて、寒さが酷くなり雪が積もり滑って転ぶ。
 そこまでを考えてしまうきっかけの初めとなる初雪が花菱鞠にとって一番嫌なのだ。
 初雪が降ったことを知ると先ほどまでの行程を全て思い出してしまう。もちろん自分が転ぶ姿まで。
 それでは、花菱鞠にとって好きな季節とは?
 それは春だ。花菱鞠は春がとても好きだった。暖かいこと。綺麗な花が咲くこと。衣替えが必要なのは仕方ないが地面が凍って滑って転ぶことはない。
 春が好きな花菱鞠は、好きな桜の下を買い物袋を持って歩いていた。
 隣にはつい先月に入籍した花菱鞠の夫、花菱築喜がいる。見た目は中の上といったところで口数は少ない。花菱鞠はそんな口数の少ないが時より見せる優しさや、三つほど年下の夫のたまに見せる無邪気な姿がとても愛らしく一緒にいたいと思える人だ。
 しかし、彼はどう思っているのだろうか。今二人が来ているTシャツも同じ柄のTシャツだが、色違いのものを着ている。それは花菱築喜がお揃いにすることを恥ずかしがったからだ。
 その時の花菱鞠は素直に身を引いたが、せめて下だけでも揃えようと言って今二人が履いているデニムのズボンはお揃いのものにしている。
 しかし、本当はそういうのは嫌いなのではないのか。相手は自分に合わせる為に無理をしているのではないのか。花菱鞠は相手の顔を伺った。すると彼と目があった。
 なぜか、その瞬間に互い顔を逸らしてしまう。お互いにどうしようかと見計らっていると彼が口を開いた。


「まり……ちょっと相談があるんだけど」
「何、キーくん」
「もっと、話そうよ。互いのこと。俺、口下手だからさ。たまに勘違いさせてしまうかも」
「うん、そうだね」


 花菱鞠がそう言うと互いに買い物袋を持っている逆の手でお互いの手を握った。


「それに、俺は恥ずかしいだけで嫌いじゃないよ。こういうの」


 花菱鞠の方を見ることはなく花菱築喜はただ前を向いて、耳を赤くしていた。

「うん、私もそうだよ」


 お互いに顔を見合わせることはなく、桜の木の下を歩き続けていた。
 それでも手は繋がっている。
 二人は家に帰るまで一言も話さなかった。


 初雪が嫌いだ。


 花菱築喜は初雪が嫌いだった。あの時期は気温差が激しくなり、身につける服は調整できる面倒な物を着ないといけない。さらに急な冷たい雨に当たるかもしれない。その所為で風邪をひきやすくなったり、傘を持っていく判断が難しかったりするのが苦手だった。さらにそこから雪が積もることを考えると億劫になってしまう。だが、以前の冬の時期に見た花菱鞠が転んだところは愛らしく思い、本人の前で笑ってしまい怒られたことがある経緯もあり、正直、良い……と思ってしまうとまた花菱鞠に怒られそうなので花菱築喜は心の内にしまった。
 やはり彼女のことも思うと花菱築喜は初雪が嫌いだった。
 それでは花菱築喜の好きな季節はなんなのか。彼は初夏が好きだった。ちょうど暖かくなり身につける服も身軽になることが花菱築喜のとても気に入っているところだ。それに花菱築喜が彼女と出会ったのもこの季節である。
 それからの夏はとても楽しい日々を過ごした。だからか、毎年のように初夏になると花菱鞠との楽しいことを思い出す。それが花菱築喜にはとって生きがいの一つでもあった。
 そんな初夏も近くなった春の日、花菱築喜は桜の下の歩道を買い物袋を持ち歩いてた。
 隣にはつい先月に入籍した花菱鞠がいる。彼女はとても明るくて元気な三つ上の素敵な女性だ。少し天然なところが愛らしくもあり、しかし、そういう彼女の部分を好まない人もいたことも花菱築喜は知っている。だからか、花菱築喜は彼女の双刃の愛らしさがとても好きだったのだ。
 しかし、相手はどう思っているだろか。
 花菱築喜は自覚していることだが、人よりも口数が少ない。どうしても、相手に何を言っていいのか分からずに最後は一言で済ましてしまう悪い癖があった。
 その為、話し相手を何度も傷つけてしまい、友達も比較的に少ない。それでも彼女は一緒にいてくれているのだ。
 今、着ている同じ柄のTシャツも花菱鞠が一緒の色にしようと誘ったがそれを花菱築喜は断った。それは単純に恥ずかしいだけで嫌ではなかったのだが、彼女に自分の気持ちが伝わっているのか花菱築喜は不安だった。
 もしかして、また一言で断ったことで勘違いさせてしまったのでは。
 そんな考えが花菱築喜の頭の隅によぎった。前に一度だけそんなことがあったのだ。花菱鞠を勘違いさせて怒らせてしまったことが。その時も花菱築喜の言葉数が少ないことが原因で勘違いさせてしまった。
 このままでいいのか。
 これから、二人で人生を一緒にすることを考えた。いくら、熟年夫婦でも話さなければ関係が壊れると、どこかで聞いたことを花菱築喜は思い出していた。
 彼女はどう考えているのだろうか。
 花菱築喜は相手の方を見た。すると彼女と目があった。
 なぜか、その瞬間にお互い顔を逸らしてしまう。お互いにどうしようかと見計らっていると彼が口を開いた。


「まり……ちょっと相談があるんだけど」
「何、キーくん」
「もっと、話そうよ。互いのこと。俺、口下手だからさ。たまに勘違いさせてしまうかも」
「うん、そうだね」


 そう花菱鞠が言うとお互いに買い物袋を持っている逆の手で互いの手を握りあった。


「それに、俺は恥ずかしいだけで嫌いじゃないよ。こういうの」


 花菱築喜はただ前を向いていた。


「うん、私もそうだよ」


 それから、互いに顔を合わせることなく桜の木下を歩き続けた。
 これが最初でこれから少しづつ変わっていけると花菱築喜はそう思えた。


 
 私は衣替えをしないといけないところが
 俺は気温差が激しくなるところが
 突然の雨に見舞われることもある。
 細かく服を調整しないといけない。
 足元が安定しないところ。
 風邪がひきやすくなるところ。
 やがて凍って滑ってしまうところも。
 それが愛らしいと笑うと怒られるところも。
 
 初雪が嫌いだ。

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