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【卒論冒頭部】問題意識-恵迪寮の「自治」を理解するために

 フィールドノートの公開に入る前に、卒論の冒頭部分、この研究はどんなところに興味を持って行ったもので、どういう手法でどういうことを明らかにするのか、といったことを書いた、「問題意識」の部分をアップしておこうと思う。ちょっと文章が固いが、お付き合いください。これは最後にきれいにまとめたものであるのだが、まあこういうことを考えて生活していたので、完全には寮に馴染めない訳だ。ゼミの院生は院生で、「こういう特殊な研究じゃ院には進めない」とか言うしね……。

 でも、研究したことは自体は面白かった。卒論発表会の際には、「同年の人類学専攻学生の中で唯一のまともなフィールドワーク」的な評価を受けたし(下手に外国に行った経験を卒論にしたりすると「それは君の趣味の旅行と何が違うのかね?」みたいな追究を受けたりするんですよ)。とはいえ、「同じ日本の同じ大学の学生の中でフィールドワークしてもこんなに消耗するんなら、外国行って異文化の中でフィールドなんか絶対にムリ」みたいな気持ちにはなる1年でした。

 あとこの卒論、製本してあるのですが、前年度までペーパーをファイルに綴じて提出すればよかったのを、提出後の差し替えが続出したっていうんでこの年から製本が義務化されたという事情があり……。提出期限ぎりぎりになって生協でひーひー言いながらコピー取ったのが思い出されます。その当時のコピー機、あまり性能良くなかったしね。プリンターなんて、もっと全然だったし。PCは windows95 が発売される前のゼミ備え付けの DOS/V で(というかその年の発売で、裕福な家庭のゼミの同級生は自宅のwin95で書いた)、一太郎と花子で書きました。

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第1節 恵迪寮と「自治」

 寮には何があるか
 寮には人がいるだけだ
 他には何もいらない
 君はくるだけで、ただそれだけでいい
(1994年2月 北海道大学恵迪寮入寮案内 第2号 寮長挨拶)

 北海道大学恵迪寮は、北海道大学の所有する学寮のひとつである。
 恵迪寮は自治会を組織して寮の運営にあたる自治的な集団であり、「自治」という名のもとに様々な活動が行われている。分かりやすい部分では、大学による管理を可能な限り排し寮の日常的な運営を寮生の手で行っていることや、代議制の決議機関を通じて寮の内部事項に関わる決定を寮生で行っていることなどが挙げられるだろう。

 恵迪寮の「自治」の興味深い点は、それが寮における共同生活とそれを通じての人間関係の形成に結び付いているという点である。

 恵迪寮は意識的に共同生活を作り出している。現在の恵迪寮の寮舎は、居室がすべて個室として建築された、完全個室制と呼ばれるものである。これは、個人が私的生活を営むに適するよう意図して設計されたものであった(北海道大学学生寮の新設に伴う記念事業実行委員会編1983)。しかし寮はこれをよしとせず、大学との争いを通じて、複数人数による共同生活が可能となるよう、現在の居室の形態を作り上げたのである。その形態は、<部屋サークル>と呼ばれるもので、数名のグループからなるグループを作ってそれを単位に生活するというものである。このような共同生活への志向は、それ自体が大学の管理に抗する「自治」の要求の具体的獲得目標ともなったし、また「自治」を支える基盤ともされたのである。

 ここから、恵迪寮の「自治」と共同生活が不可分の関係にあることが予想される。この関係の強さは、完全個室制の建物にあって共同生活を可能にするべく居住形態を作り出したことに最も端的に示されている。

 では、恵迪寮の「自治」とはどのようなものであると理解すればいいだろうか。

第2節 「自治」研究の視点

 有斐閣の「社会学辞典」によると、「自治組織」を「自己の集団意志を自主的に形成し、集団内の生活関係を自立的に処理する能力を持つ組織体、またはその組織」と定義している。そして、通常自治組織として挙げられるのは自治体であるが、これは団体としての自立性が高い反面成員の自治による裏付けという点では脆弱であり、このような点においては、大学の自治や学生の自治、または職員組合や労働組合のような大衆組織において典型的であると指摘している(福武他編1958)。

 ここでの指摘を裏付けるように、現在「自治」の研究としてなされているのは、ほぼ以下の3つの研究に集約されるといえる。

①学問の自由の保証という観点から、大学の「自治」の理念・意義と学生の参加の意義を論ずるもの(有倉1969、永井1970、高柳1969、山崎1970、など)
②現代日本における地域の「自治」のあり方をめぐるもの
-1国の行政との関係において地方自治体の行政がどうあるべきか検討するもの(兼子1984など)
-2行政の市民参加実現の手がかりとして地域住民組織・町内会を取り上げ、その意義の検討を目的に、調査・研究したもの(神戸都市問題研究所編1980、システム科学研究所1976、など)
③「自治」を集団の意思決定の1タイプと捉え、企業の経営への労働者の参加の検討を目的に、労働者の「自治」を研究するもの(石井1977など)

 これを見ると、ここで取り上げている「自治」は「集団意志の自主的決定と自律的処理」という共通点を持つのみで、研究の種類によって様々な視点から検討されているといえる。

 ①は教育学の流れの中にあり、理想的な大学の「自治」のあり方をめざすものである。大学の「自治」とは、学問の自由を可能とするための制度的保証であり、大学における学問研究及び教育の遂行に必要な事項の決定を自主的に行う権限である。学生の「自治」は大学の「自治」の中に包括される。学問の自由という点において学生は教員と同様の自由と権利を有し、したがって大学の「自治」において学生はそれに参加する権利を持つのである(有倉1969、高柳1969、山崎1970、など)。

 学寮は大学の施設であるところから、必然的に大学の「自治」の一部を構成する。有倉は大学紛争の原因に学生寮の官吏運営をめぐるものが相当数あることを指摘している(有倉1969)。学寮による運動は、学寮の自主的管理運営の要求を目的としていた。このような運動を、永井は大学そのものの民主化を要求するものであると評価している(永井1970)。このような観点からすれば、学寮の「自治」は大学の「自治」の一端を担うものとして理会することができる。

 しかし、このような視点からは、寮の生活を共にする場としての側面が見落とされてしまう。特に、恵迪寮のように「自治」における共同生活の関わりが強いところでは、このような定義に収まらない部分がでてきてしまう。また普遍的な大学の「自治」像を追求するものであるため、寮の共同生活という極めて個別性の強いものに規定される恵迪寮の「自治」を捉える枠組みにはなり得ない。

 ②は行政学や地域社会学の研究分野である。このうち②-2は地域住民組織という特定の社会を取り上げ、社会の実態に即した調査を行っている。これは行政における住民自治の実現という社会的要請に基づくものであり、その観点から対象社会を評価する。この点、恵迪寮の「自治」は共同生活上の必要から評価されているわけではなく、むしろ、寮においては望ましい「自治」のあり方が寮の共同生活を基盤に語られる。恵迪寮における共同生活と結び付いた「自治」とは、より価値的な概念であることが予想される。

 ③の研究については、集団力学に関する諸実験から始まり、産業面での調査・実験を経て、参加的管理の理論へと結実した。これは主に社会心理学の範疇にある。しかしこのようなアプローチは本研究の関心とは直接関係しない。

 以上から、恵迪寮の「自治」に便宜的な定義を与えると、次のようなものが考えられる。

恵迪寮の「自治」とは、寮の共同生活によって意味付けられた価値的な概念である。

第3節 本研究の目的と視点

 第2節において、恵迪寮の「自治」とは寮の共同生活によって意味付けられた価値的な概念である、という定義を与えた。本研究ではこの定義に従い、北海道大学恵迪寮における「自治」が、内部の共同生活との関連においてどのように意味付けられ、どのような概念として成立しているかを分析することを目的としたい。なお、このような意味付けを持つ概念としての「自治」を<自治>と別表記することとする。

 以上のような定義に基づいて恵迪寮の<自治>を分析するには、恵迪寮の共同生活及び<自治>の概念を、内側から理解することが必要である。この<自治>の意味付けは恵迪寮という特定社会に個別的なものであり、寮内部の共同生活の上に成り立つものだからである。

 これより本研究では、伝統的な社会人類学の手法をとり、フィールドワークに基づき恵迪寮における実際の共同生活の姿を記述し、全体的な構造的機能的連関の中でいかに恵迪寮の<自治>が形成されるかを明らかにしたいと考えている。寮の共同生活の内的な把握は、寮の<自治>概念の分析に有効な視点を与えてくれるはずである。

 本論文は以下のような構成をとっている。

 第1章では北海道大学恵迪寮の現状と歴史について概観する。第2章では恵迪寮の共同生活の核となる<部屋>について記述し、それが寮においてどのような機能を果たしているのかを検討する。第3章では寮の歴史を追いながら、その中でどのように<自治>概念が形成されてきたか述べる。第4章では2章と3章の検討をもとに、恵迪寮の<自治>概念の構造を分析する。さらに<自治>概念の形成に関わる恵迪寮の社会的な特質を人類学的な視点から指摘し、結びとする。

 本研究のための調査においては、1995年4月より、調査の全期間を通じて寮生として寮に生活し、データの収集に当たった。データの収集は主に参与観察と文書資料を通じて行い、必要に応じてインタビューを行った。

(※論文のこれ以降の本文は、後ほどPDFにして読めるようにしたいと思います。)

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参考文献

北海道大学学生寮の新設に伴う記念事業実行委員会編 1983 『北海道大学学生寮新設・閉寮記念誌』札幌、北海道大学図書刊行会。

福武直他編 1958 『社会人類学辞典』東京、有斐閣。

有倉遼吉 1969 「大学における学生の地位」有倉遼吉編『大学改革と学生参加-諸大学の実例・資料と解説-』東京、成文堂。

永井憲一 1970 「大学改革と学生の地位-学生の大学への要求と大学の紛争原因の分析、大学改革への課題」伊ケ崎暁生・永井憲一編『大学の自治と学生の地位Ⅱ』東京、成文堂。

高柳信一 1969 「大学の自治と学生の自治」有倉遼吉編『大学改革と学生参加-諸大学の実例・資料と解説-』東京、成文堂。

山崎真秀 1970 「学問の自由と文部省令-特に委任命令(省令)と「大学の自治」との関係について」伊ケ崎暁生・永井憲一編『大学の自治と学生の地位Ⅱ』東京、成文堂。

兼子仁 1984 『地方自治法』東京、岩波書店。

神戸都市問題研究所編 1980 『地域住民組織の実態分析』東京、勁草書房。

システム科学研究所 1976 『地域自治会の機能に関する研究-京都市の町内会』システム科学研究所。

石井修二 1977 「参加的管理に関する文献改題」『組織科学』夏号。

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菊池とおこ
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