毒ぎんなん
「玉田って、ぎんなんみたいだな」
とバイト先の先輩勝尾さんに言われた時、あたしはこの人を愛することに決めた。二度目のバイトの日のことだ。あたしの愛はいつも唐突に始まる。
あたしは一応口を尖らせて
「なんすかそれはー。ぎんなんて」
と抗議したけど、内心は非常に嬉しかった。
勝尾さんが穏やかに
「なんかさー、こう、まるっこい感じがさ、ぎんなんなんだよ」
と続けた時には、確実に愛に嵌っていた。
「あたしサクラコっすよ、サクラコ。もっとうつくしく感じてくださいよー」
と一応してみた主張も、完全にお芝居だった。
『桜子』と名づけられたからには、桜のはなびらのようにうつくしくはかなげな少女でありたい。
だけど、あたしの容姿はそんなものとまったく縁がなかった。
まず、ちびだった。でも肉厚だった。なのに胸が扁平だった。そして丸顔だった。なのに伸ばしっぱなしの髪の毛を頭のてっぺんで無造作にだんごにしていたので、よけい丸さが目立った。どこにも『桜子』という名前のイメージの片鱗もなかった。
当然あたしはこんな名前をつけた親を恨んだ。『サクラコ』という名前より『タマダ』という苗字のほうがずっとしっくりきていたので、友達にも自分を苗字で呼ぶように強要した。
そんな訳なので、自分のまるっこさをかわいらしくも『ぎんなん』と命名した勝尾さんが、非常にいとしく思えた。
ああ、『ぎんなん』。そう改名したい。玉田ぎんなん。もし自分が芸能人や漫画家にでもデビューしたあかつきにはそう名乗ろう。そんなことまで考えた。
だけど同時にあたしには、この愛が絶対うまくいかないという予感があった。
あたしの恋愛歴はそう多くない。というより偏愛歴と言った方がいい。一方的に思いを寄せて、一方的に破れる恋なのだ。
中学二年のバレンタインの日、すきな先輩の下駄箱に無記名の手作りチョコを忍ばせておいたら、下校時、先輩が気味悪がってそれを捨てているのを目撃した。
高校二年の秋、家庭教師センターから派遣されていた大学生の先生を、おかあさんの留守に乗じて手料理で熱くもてなしたら、その翌週から別の先生が派遣されてくるようになった。
大学一年の終わり、すきになった同級生に「玉田って、まじ、いい友達だよな」と言われ、思いくらいは伝えたいと彼の誕生日に『LOVE』と書いた手作りケーキを贈った、その翌日から避けられるようになった。
この頃になると、あたしも薄々気付くようになった。
どうもあたしの恋愛はやりかたが下手くそらしい。
そもそも手作りというのに無理があるのだ、多分。あれはよっぽど愛している人の作ったものか、よっぽど上手な人の作ったものしか、受け入れられないものだ。
そう考えてみると、あたしの行為はむしろ自爆行為だ。思いが遂げられないと分かった時、あたしは無意識のうちに自分で自分の自爆スイッチを押しているようなのだ。どうもあたしはこっぱみじんにならないと再生できないらしい。というより、無理矢理こっぱみじんになって再生をはかると言った方がいいかもしれない。
過去の教訓は人を思慮深くさせるというけれど、あたしは愛を控えられない。何度自爆しても、あたしはこりない。惚れっぽい。
その代わりでもないだろうけど、あたしはすきになっても自分の愛は絶対成就しないという確信を持つようになってしまった。この人ともいずれ、自爆行為に至る結果になるに違いない。勝尾さんを見ながらあたしは考える。それでもこの人を好きになるのはやめとこう、とは思えないのがあたしだった。
あたしがバイトしているのは喫茶店だ。水出しコーヒーが売りの店で、確かに店の隅にはそのための器具が据え付けられていたけれど、あたしは水出しコーヒーが注文されるのをあまり見たことがなかった。
レギュラーコーヒーはマスターいわく『体にやさしいアメリカンタイプ』だったけど、あたしは単に豆をけちっているんじゃないかと疑念を抱いていた。アメリカンの注文がきた時は、その『アメリカンタイプ』のコーヒーにさらにお湯を足して薄めるのだった。
レギュラーコーヒーは朝にまとめて大きなコーヒーメーカーで落とし、魔法瓶に入れて一日持たせるのが常だった。それは勝尾さんの仕事で、勝尾さんはいつも
「そうそう手間な訳じゃなし、注文がくるごとにドリップで落としたいよな」
とぶつぶつ言っていた。あたしはいつも、尊敬の念をこめてうんうんとうなずくのだ。
店はマスターとバイト二人でやっていた。勝尾さんはフリーターで毎日ここで働いていた。あたしは大学の授業が暇な日を使って、週のうち三日バイトに来ていた。だから、勝尾さんに会えるのは週に三回なのだった。
ああ、たった三回!あたしは自分が学生の身であることを呪った。
それでも、週に三回は勝尾さんとほぼふたりきりの時間が過ごせる。
この店はオフィス街にあるので、お昼時は軽食を食べに来るOLなんかでごった返すけど、それが過ぎるとぱたりと暇になる。近所の中小企業の社長がコーヒーを飲みに来るくらいで、食器を洗い、布巾の洗濯を済ませてしまえば、紙ナプキンを折ることくらいしかやることがない。あとはずっと勝尾さんとお喋りができるのだ。
勝尾さんはあたしより五歳年上で、二十五歳だった。美大を中退して、いろいろなバイトをしながら情報誌に小さなカットを描いたり、絵葉書を描いて路上で売ったり、アートな生活をしているという。
「かっこいいっすねー」
あたしは本当に感心して言う。勝尾さんは照れ笑いをする。
「三浪したくせに中退するなんて、全然かっこよくないよ。でもやっぱ、すきなことやりたいしさ。絵葉書に絵を描いてるときが一番楽しいんだ。それで食ってければいいんだけどね」
「今度何かあたしにも描いてくださいよー」
あたしはすごくどきどきしながらリクエストしたことがある。勝尾さんは軽く、
「いいよ。どんなのがいい?玉田をモデルにして描く?」
と言った。あたしは『モデル』という言葉にびびった。
「いや、それはもったいないっす!あ、そうだ、ぎんなん!ぎんなん描いてください」
「ああ、ぎんなんね。あはははは」
勝尾さんは快活に笑った。至福だと、あたしは思った。
***
あたしは惚れっぽい上に、自分の恋愛を自分の中だけに納めておけないたちだ。だから当然のように腹心の女友達に話す。
ある時あたしは友達に訊いた。
「ぎんなんってさあ、褒め言葉?」
あたしと違って長くて尖った印象の、それでもある意味同じ様に素っ気の無い外見を持つその友達は、じろりとあたしを見て言った。
「はあ?」
「ぎんなんみたいって言われた」
「嬉しかったの?」
「うん」
「――さっぱり分かんない」
あたしは落胆した。
「じゃじゃじゃじゃあさ、女の魅力って、何だと思う?」
「乳」
友達は即座に答えた。あたしは再び落胆した。
「あたし、Aカップでも余るかもしれん」
「寄せて上げるのよ」
「……補正下着とかどう思う?」
そう言いながらあたしは、店に来る補正下着のサロンの女の子たちを思った。彼女たちは一様に、変にトップ位置の高いバストをしていた。あれはあまりに不自然だった。
「いや、いい。あれはやめとく。……乳、でかけりゃいいってもんでもないんじゃない?」
「そうかも。――あたしもAカップ余るかもしれん」
あたしたちは、乳以外に女の魅力はどこにあるか、議論に入った。
***
そんな至福の日々に、それは唐突にやってきた。店に勝尾さんの彼女が現れたのだ。
来たか。あたしは目眩を覚えつつ勝尾さんに水の入ったコップを渡した。
「ちゃんとやってんじゃん」
凝視するあたしの視界の中で、彼女は水を持ってきた勝尾さんを軽くつつく仕草をした。勝尾さんは小さく、
「うるせえ」
と言った。三年。あたしはそう踏んだ。
「絵のほうはどうなの。うまくいってるの」
「あー、まあまあ」
「教授が言ってるよ。勝尾くんどうしてるかななんて」
「関係ねーよ」
勝尾さんは軽くすねたような顔をする。今まで見たことのない勝尾さんの姿。五年。あたしの値踏みは増えた。
「ワンホット」
カウンターに戻ってきた勝尾さんに代わり、あたしはポットからコーヒーを注いで客席に持っていく。
「ありがとう」
彼女はにっこり笑った。負けた。あたしはあっという間にそう思った。
きれいにカラーリングしたさらさらな髪の毛、あくまでナチュラルなメイク、そして見事に整えられた眉。淡いピンクに塗られた爪、細い指に挟まれた細い煙草。
煙草を吸われたらもう負けだ。あの、細いメンソール。あたし、煙草吸えないし似合わないし。しかも、ありがとう、だって。あたし店員にそんなかっこいいこと言えないし。
あたしは打ちひしがれてカウンターに戻った。ああ、うまく行かない愛とは思っていたけど、あんな美人が現れるなんて思わなかった。
それでもあたしは、けなげにも勝尾さんをちゃかしてみた。けなげというか、非常に卑屈な気がしたけど。
「彼女っすかー?美人な人ですね」
「ちっとも美人じゃねーよ」
勝尾さんはぶっきらぼうに言う。あたしは脳貧血でも起こしたい気分になった。
彼女が帰ってから、勝尾さんはぽつりぽつりと彼女の話をし出した。この際とにかくなんでも知っておきたい。あたしはうん、うん、とうなずきながら熱心に聞いた。
「あいつとは大学一年の時から付き合ってて。長いんだ。もう…五年になるのかな」
大当たり。あたしはかなしく思う。
「あいつは現役で入ったから俺より三こ歳下なんだけど、全然、しっかりしててさ」
細い指、細い煙草、ありがとう、の声を思い出す。
「俺、三年次で中退しちゃったけどあいつ今院行ってて。多分、ずっと絵でやっていけるんじゃないかな。展覧会にもぽつぽつ入選するようになってきてるし」
ああ、勝尾さん、そんなかなしい顔しないでください。
「だからさあ、俺もちゃんとイラストで食ってけるようになりたいんだよ。じゃないとさ、あいつとさ、こう…釣り合いっていうか…胸張って迎えにも行けないし…結婚とか、できないじゃん?」
ふいにあたしは奮起する。思えばこの時すでに、自爆スイッチの準備は始まっていたのだった。
「大丈夫っすよ!勝尾さんのイラスト、いけますよ。もう、彼女との結婚、ばんばんっすよ!」
勝尾さんはあたしを見て笑った。
「玉田がそう言ってくれると、なんだか元気出るな。お前、いい奴だな」
「もう、あたしはばりばりいい奴っすよ」
「玉田はさあ、彼氏いないの?」
あたしは洗濯機の脱水槽の中にいるような気分がした。
「全然いません」
「そっかあ……ほんといい奴なのにな。みんな見る目ないな」
「見る目ないっす」
それはあんたのことだ。あたしはそう思いながら勝尾さんを見つめた。
***
「……彼女がさあ、煙草吸うんだ」
あたしは、件の腹心の友達に言った。友達はじろりとあたしを見て言った。
「はあ?」
「細いさ、指でさ、細くて長いメンソール、吸うんだ」
「かっこよかったの?」
「うん」
「――全然同感できない」
あたしは落胆した。
「じゃじゃじゃじゃあさ、女の喫煙てどう思う?」
「一日一箱まで」
友達は即座に答えた。あたしは再び落胆した。
「あたしも煙草吸おうかな……」
「あたしは禁煙したいわ」
「そういえば吸ってたね」
言いながらあたしは、友達が何を吸っていたか思い出そうとした。たしか、細くも長くもない煙草だった。
「……ハイライトだっけ?」
「ハイライト吸う女がいたらお目にかかりたいわ。――あたし本気で禁煙しよう」
あたしたちは、女が吸ってさまになる煙草の銘柄は何か、議論に入った。
***
そんな傷心の日々に、とある変化が起きたのは、冬になりかかりの十一月のある日だった。
店を閉め、ゴミを裏に出していたあたしのところへ、勝尾さんが来た。
「なあ、玉田。この後なんかある?」
「いえ……別になんもないすけど」
「ちょっとさ、コーヒーでも飲みに行かない?おごるから」
あたしはポリバケツを危うく倒しそうになった。
「え!ほんとっすか?行きます!ごちそうになります!」
頭に血が上ったあたしは、うかつなことにこの後の展開を予想し忘れたのだ。
店の片づけを終え外に出たあたしと勝尾さんは、小さいコーヒースタンドに入った。勝尾さんはエスプレッソを飲み、あたしは泡立ったミルクでいっぱいのカフェ・ラテを飲んだ。
隣り合って座ったカウンターで、あたしは普段の二倍くらい脈が速くなっていた。勝尾さんと店の外でコーヒーなんて、ましてやこんな肩を並べたデートまがいの二人の姿なんて、こんなこんな。あたしは完全に舞い上がっていたのだ。
しかし現実はカウントダウンを始める。容赦なく。
勝尾さんはコーヒーをすすり、口火を切った。
「今年いっぱいで、あの店、やめようと思うんだ」
「え」
その瞬間、脈が止まった。
「就職、しようと思って」
「え」
「いつまでもぶらぶらしてらんないしさ」
「え」
「そんで、あいつにプロポーズしようと思うんだ」
「げ」
「イラストは、趣味でやる。プロはあきらめる。いつかはあきらめなきゃいけないことだったんだ」
「は」
「玉田にはさ、応援してもらったりとか、いろいろ元気をもらったから、言っておきたいと思って」
「な」
勝尾さんはそれっきり口を閉ざし、コーヒーをすするばかり。後には口をぽかんと開けたあたしの姿だけが残る。
あたしは悟った。おしまいだ。甘い思いは錯覚だった。ここで一発、何とかしなくちゃ。
「勝尾さん」
「ん?」
自爆スイッチに、手がかけられた。
「頑張ってください。勝尾さんならどこでもばっちりです。彼女ともばんばんです。滅茶かっこいい家庭を作ってください」
「ありがとう。だからお前はすきだよ」
押せ。スイッチを。
「激励にプレゼントあげます」
「何だよ、いいよ。気ぃ使うなって」
「いえ、あたしがしたいんです。させてください」
「――いいの?なんか悪いな」
「いや、まじあたしがしたいんです」
「じゃあもらうよ、ありがとう。――何、くれるの?」
「いやあ、それはないしょってことで。お楽しみで」
押した。もう、後戻りはできない。あたしはカフェ・ラテの泡を舐めた。
「今度の土曜の夜とか、空いてますか」
「あ、空いてるよ。――どこかで飯でも食べる?」
「いやあのうちに来てもらってもいいですか」
「いいけど――いいの?あがっちゃって」
「いやーもう、どんどんあがっちゃってください。準備しときますから」
「なんか大げさだなー。凄いもん用意したりしないでね。かえって悪いからさ」
「いや、もう全然OKです。よろしくお願いします。あ、あたし地図書きますね。これ、ここがうちです」
「うん、分かった。じゃあ、土曜日ね」
勝尾さんは手書きの地図とトレイを持って立った。これで、手筈はすべて整ったのだ。
***
土曜の夜が来た。ドアのチャイムが鳴った。勝尾さんだ。あたしは走り出てドアを開けた。
「どうも、いらっしゃいませっす」
勝尾さんはなんだか奇妙な顔をしていた。
「あの……あがっていいの」
「いやもう全然OKです。あがってください」
それでも勝尾さんは奇妙な顔をしていた。どうもあたしの背後が気になるようだった。確かに怪しい。部屋の明かりは落としてあるし、インドのお香も焚いてあるのだ。
「いや、俺ここでいいわ。せっかくだけど。なんかいろいろ手間かけさせるのも悪いし」
だけどここで負けてはいけない。勝尾さんにはぜひともあがってもらわなければならない。
「いや、全然手間じゃないです。どうぞあがってください」
「いや、いいよ、ここで十分だよ。家庭訪問に茶菓子は出すな、みたいな」
勝尾さんはギャグにしてみようとしたようだったけど、かわいそうだけど乗ってあげられない。
「ぜひぜひあがってください。でないとプレゼントが」
勝尾さんの口が一瞬、笑みのように歪んだ。
「……何、くれるの」
「あたし」
「……」
勝尾さんの笑みが張り付いた。あたしは真面目だった。勝尾さんは黙ってしまった。今だ。勝尾さんを懐柔するのだ。あたしは機関銃のように喋り出した。
「あたしです。プレゼント。いいプレゼントだと思いますよ自分で言うのもなんだけど。据え膳てやつっすよいやー、いい響きじゃないすかー。あの、部屋、滅茶苦茶ムーディにしてありますから。すごいっすよ和紙のランプとかあるし、あとお香はなんか魅惑の匂いとかいうのらしいっすよ、こう、閨房には欠かせないってやつですか。もう昨日から掃除なんかして超きれいですよ。あの、お風呂場とかトイレにも、あたしの陰毛一本落ちてない、みたいな。はは。それにあたし彼氏とかいないしヤクザの情夫とかもいないし、絶対トラブったりしませんよ。あたしも未練な気持ちとか残さないし、後くされないっすよ。あ、病気ももってませんから、滅茶安心っすよ。今のうちにやっといて損はないですよ、結婚したらもうできないし。浮気はだめですよ、彼女も許してくれなさそうじゃないすか」
「……」
「あ、あたしあんまりナイスバディじゃないっていうかむしろまずいほうですけど、大丈夫です、暗いからあんまり見えません。乳も小さいですけど、あの、勝尾さん巨乳ずきなほうっすか?触るとばれますけどあんまり見えはしません。髪も長いことは長いんで、もし嫌だったら顔も隠せます。あ、いやもう、脱ぎますね、あたし」
あたしは玄関先で服を脱ぎ出した。セーターを脱ぎ、スカートを脱ぎ、キャミソールを脱いでブラジャーを外し、靴下を片方脱ぎ、とうとう勝尾さんが口を開いた。
「……俺、帰るわ。ごめん。ありがとう。お前、やっぱどこか凄いわ」
勝尾さんはドアを閉めた。外の階段を降りていく音がした。
あたしは上半身ハダカで、下はパンツと靴下片方だけで、床に散らばる脱いだ服を眺めた。振り返って、ムーディに演出したベッド周りを見た。自爆の残骸。
こっぱみじんにならなきゃね。まずは粉砕しなくちゃね。
あたしは床の服を拾い集めた。ベッドの上にどさっと置いた。パンツと靴下片方という姿が中途半端だという気がしたので、全部脱いでハダカになった。そのままベッドに仰向けに倒れた。
殻をむかれたぎんなんだ。
天井を見てあたしは思った。
ぎんなんてさ、結構このみが分かれるんだよね。すきっていう人と嫌いっていう人と。そんでさ、食べ過ぎると鼻血が出たり、にきびが出たり、ろくなことがないんだよね。
でもさ、おいしいと思うぞ。食ってみれば。クセがあるけど、いい味してると思うぞ。
あたしは砕けて割れたという意識はあったけど、勝尾さんを嫌いには思えなかった。勝尾さんもあたしを嫌いではないような気がした。
凄いわ、って、褒め言葉だよね。友達に訊いてみなければと思った。
月曜は勝尾さんとバイトだな。
あたしは考えた。
あたしたちはどんな風に接するだろう。きっと、普通に何でもなく、今までどおりに話すんだろうな。あたし:『おはようっす』勝尾さん:『あー、おはよう』そんな感じ。今までどおりにオーダー通してコーヒー運んで、てんてこまいのお昼が過ぎて、片付け終わって暇になって。さて、暇になったら何を話そうか。そうだ、あたしをモデルにぎんなんの絵を描いてと頼もう。もちろん、場所はあたしのうちで。
天井にランプの灯りが映えて、あたしの目にゆらゆら写る。
タイトルは『毒ぎんなん』。毒持つぎんなんの絵を描いてもらうんだ。
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(個人誌「毒ぎんなん」2009年5月発行)