“雪の恩恵”とともに生きる
お話しを伺った方
株式会社西和賀産業公社 常務取締役 藤原勝さん(2022年取材)
すっぽりと雪に包まれる町
岩手県の最西端に位置する西和賀町は、県内随一の豪雪地帯として知られている。今年1月には雪で視界が覆われるホワイトアウトと呼ばれる現象が、県内各地で発生してニュースになった。しかし西和賀町では、それほど珍しいことではない。
「ここでは毎年、ホワイトアウトになる日が何度かあります」そう語るのは、西和賀産業公社の常務取締役を務めている藤原勝さんだ。
西和賀町出身の藤原さんは「私が子どもの頃は今ほど除雪が行き届いていなかったので、買い物も一週間に一度、行けるかどうかでした。子どもたちはみんな、家の周りでスキーをしたりして遊んでいました」と言って笑顔を見せる。
西和賀町といえば、わらび
そんな西和賀町を代表する特産品に、「西わらび」がある。
わらび採りといえば、かつては町の山菜採り名人が山で収穫してくるのが常だったが、20年ほど前から西和賀産業公社を中心にわらびの栽培を手掛けるようになった。
収穫できるまで3年はかかるというわらび。水や肥料の管理が難しく、雑草に負けてしまうこともある。栽培に適したわらびを選ぶなど試行錯誤を重ねた末、今では町内に50ヘクタールほどのわらび畑が広がり、およそ200人の生産者が天塩にかけて育てている。
西和賀町で採れたわらびは他のものと比べてアクが少なく、柔らかくて独特のねばりがあるのが特徴。2009年にはブランド山菜「西わらび」として商標登録も済ませた。
「おいしいわらびが育つ要因は諸説ありますが、西和賀町は春が来ると日差しが強くなる傾向にあります。地下に染み込んだ大量の雪解け水が、陽の光を受けて蒸発することで山全体が蒸されてふかふかの土になり、柔らかいわらびが育つのではないかと言われています」
新たに生み出した特産品
西わらびは5月中旬から6月いっぱいにかけて旬を迎える。旬の西わらびは粘り気が強く、藤原さん曰く「10人食べたら10人おいしいというくらい絶品」なのだそう。
そのほかに、わらびの水煮やピクルスなどといった加工品や、西わらびの粉末を練り込んだ蕎麦も販売されている。
西わらびの粉末を練り込むことで喉越しが良くなり、優しい味わいで土産物として購入する人も多い。
「ここはもともと稲作が盛んでしたが、生産者の高齢化に伴って米作りを続けることが難しくなってしまいました。なんとか町の農業を守らなければと挑戦したのが、蕎麦や大豆の生産です。
はじめは土地との相性を心配していましたが、ここは昼夜の寒暖差が大きく蕎麦づくりに適した土地だということがわかったんです。今では蕎麦も町を代表する特産品の一つです」
売り切れ御免!幻の漬物
また近年、特に注目を集めているのが「大根の一本漬け」だ。昔から冬の保存食として作られていたが、塩分濃度が2%以下と低く、漬物樽から出すとすぐに味が変化してしまうため町内でしか食べられない幻の漬物だった。
しかし2018年に、西和賀産業公社と岩手県工業技術センターがオリジナルの乳酸菌「西和賀乳酸菌ラカル」を共同開発。
これを使うことで味の均一化と安定化が実現し、県内各地の店頭やオンラインショップなどで販売できるようになった。現在は毎年3万本ほど生産して、12月下旬頃から販売している。
「年々ファンが増え続けていて、日本全国からご注文をいただいています。例年だと2月上旬頃に売り切れるのですが、今年は1月上旬の段階でほぼ完売状態になっています」
ご飯のお供だけでなく、お茶請けや酒のつまみとしても重宝されてきたという郷土食。大根の甘みと絶妙な塩加減が癖になるおいしさだ。
雪があるからこそ光る魅力
冬になると2メートルほどの積雪になるという西和賀町。藤原さんは「この雪がなければ、町の魅力も半減してしまうのかもしれません」という。
「確かに雪が多いことで大変な時もありますが、その一方で、春には格別の美しさを味わうことができます。一斉に芽吹く新緑の色合いは本当にさまざまで、地元の人たちが『春紅葉』と呼ぶほど。雪解け水でいっぱいになった錦秋湖には水没林も現れて、とても幻想的な風景が見られるんです」
西和賀町の雪は真っ白な世界に生まれる新緑の美しさを際立たせ、自然の恵みを最大限に生かした故郷の味を育んできた。
藤原さんはこのことを「雪の恩恵」と言い、今後も地場産業の振興に力を尽くし、さまざまな角度から町の魅力を発信していきたいと語ってくれた。
撮影:佐藤到