自分が選んだ道で生きるために<後編>
お話しを伺った方
二戸市地域おこし協力隊 金山昌央さん(2023年取材)
※今回の記事は前編からの続きです。
季節によって変化する漆の性質
2023年10月8日。風のない穏やかな日に、浄法寺町のウルシ林を訪れた。
この時期に採れる漆は粘度が高く、夏よりもゆっくりしたスピードで辺(傷)からにじみ出てくる。
金山さんは「少し伸びる感じがあるのが、質の良い漆なんだそうです」と言って、タカッポに漆を入れる瞬間の“伸び”を見せてくれた。
そんな彼に今年の成果を訪ねると、満足そうな顔で「今年はたくさん掻けました。天候にも恵まれたし、一番やりたい時期にしっかり仕事することができました」と答えた。
漆掻き職人にとって、天気は重要なポイントになる。雨の日に掻くと傷から水が入って木が弱まるため、作業ができないのだ。
「今年は安心です」という金山さん。3年目を迎えてこその変化もあった。
「基本的に4つのエリアを1日ごとに回って作業するので、木にとっては4日ごとに漆掻きが入ることになります。最初の頃は絶対にそのサイクルを守らなくてはと思っていましたが、たまには木と自分を休ませることも大切。今年は意識的に休みを取るようにしました」
先人の知恵が詰まった漆掻きのタイミング
4日ごとに漆を掻くサイクルは、先人たちが築き上げた“漆が安定して採取できるタイミング”で「4日山」と呼ぶ。
しかし、木によっては4日よりも長く時間を置いた方が良い場合もある。
ベテランの職人は4日山をベースに、自らの経験をもって作業の配分を決めているという。
さらに漆は、季節だけでなく掻き方や木の性質によっても採れる量や質が異なる。
金山さんは今年、採った漆をエリア別に一滴ずつ和紙へ垂らし、乾き方の違いを観察した。
「同じように傷をつけても乾き方に差がありました。木や土の状態によっても変化するみたいです」
職人たちが集う漆の品評会
やがて迎えた10月22日。この日は二戸市で「第45回浄法寺漆共進会」が開かれた。
これは、その年に採れた漆を初漆(6月下旬~7月下旬)、盛漆(7月下旬~お盆頃)、末漆(8月末~10月頃)の3部門にわけて、質感や色、乾く早さなどを審査するもの。
今年は金山さんを含めて35名の漆掻き職人が出品。会場には職人の名前を伏せた状態で樽が並べられ、審査員が一つずつチェックしていった。
審査結果が出る前の金山さんは、「ベテランの職人さんがたくさんいるので、自分の名前を呼ばれることはないと思いますよ」と、リラックスした様子を見せていた。
しかし、この予想は良い意味で裏切られることになる。
次々と受賞者が発表される中、盛漆部門の銅賞で金山さんの名前が呼ばれたのだ。
盛漆といえば、例年にない酷暑の中で一滴ずつ掻いた苦労の結晶でもある。
名前を呼ばれた瞬間はピンとこなかったという金山さん。
後日、「盛漆は漆の中で一番需要があるので、この部門で賞をいただけたことがとても嬉しいです」と語ってくれた。
漆掻きを生業にする難しさ
漆掻きは長くこの地で受け継がれてきた技だが、これだけで生計を立てるには厳しい現状がある。
天候の影響はもちろん、ウルシは冬になると葉を落とし冬眠状態になるため漆を掻くことができない。一年を通して安定した収入を得るのが難しいのだ。
金山さんは2024年3月に、地域おこし協力隊の任期を終える。
今後について聞くと、「この街で暮らしながら漆掻きを続けます。あと、来年は今まで取り組んできたコーヒーにも力を入れていきたいです」という答えが返ってきた。
実は金山さんは、これまで冬季を中心にコーヒーの販売を行ってきた。
かつて青年海外協力隊としてルワンダに渡り、コーヒーの栽培技術を伝えた経験を生かして自ら焙煎。豆やドリップパックの販売も手掛けている。
「ウルシの木は育つまで時間がかかるので、闇雲に掻けば木が減っていく一方になってしまいます。大好きなコーヒーと両立することで生計を立て、この先も漆掻きを長く続けていきたいです」
今の自分だからできること
今後はキッチンカーを使用し、いろんな場所へ出向いてコーヒーを販売する計画もある。
漆掻きとコーヒーという、大好きな2つの道。しかし胸の内には、「職人なら一つの道を極めるのが筋ではないか」という複雑な思いもあるという。
もちろん一つのことに集中し、極めることで見える世界もあるだろう。
それでも、この道は金山昌央という人だからこそ選べるものではないだろうか。
悩みながらも自分で道を選び生きていく彼の姿は、きっと後に続く人たちを支える力になる。
地域おこし協力隊として迎えた3年目の冬。
金山さんは、彼にしかできない新たな目標に向かって歩み始めていた。
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