年間300件以上の試作品を作る「好奇心」という原動力
お話しを伺った方
株式会社浅沼醤油店 代表取締役 浅沼宏一さん(2022年取材)
歴史とともに家業を背負う覚悟
浅沼宏一さんは、現在、浅沼醤油店の4代目を務めている。浅沼家は醤油屋を始める前に庄屋として商いをしていて、その頃から数えると実に10代目に当たる。
盛岡市にある本社兼直営店の建物は、築200年以上。室内には不来方城が増改築した際に払い下げられた梁などが使われており、当時の槍掛けもそのまま残されている。
そんな歴史ある家に生まれた宏一さんだったが、最初に就職したのは食品関係の商社だった。「醤油屋になるために生まれてきたわけじゃない」という思いが、家業とは違う道を選ばせたという。
しかし結婚して子どもを持ったことと、父からの「戻ってこい」という言葉を受け、改めて自分の仕事について考えるようになった。
「若い頃は他の仕事の方が魅力的に見えていましたが、商社の上司や先輩から『他人の仕事が良く見えるのは、一方的な物の見方しかできていない証拠だ。どんな仕事にも大変な面はある』と言われたんです。ほかにもいろんな人の話を聞くうちに、自分の目の前にあるものを背負うという覚悟が決まっていきました」
極限まで発酵させた牛醤
浅沼醤油店では、商品研究開発から製造、品質管理、販売までを一貫して自社で行っている。その他に食品メーカーや地元企業などからの依頼で新商品の開発も手掛けており、そのジャンルは醤油や味噌だけでなく、ドレッシング、ソース、バーニャカウダと幅広い。
なかでも一関市にある門崎熟成肉専門店「格之進」の依頼で開発した「牛醤-GYUSHO」は、今までにない全く新しい調味料として注目を集めている。
熟成肉を発酵させて液体にすることでアミノ酸が増幅し、旨味の塊のような味わいを実現。そこに麹や塩などを加えて醸造し、完成となる。大手コンビニエンスストアのギフトに用いられたほか、SNSやメディアにも取り上げられた極上の肉専用調味料だ。
大切なのは好奇心を追求すること
年間300件以上という膨大な試作品実績を誇る浅沼醤油店だが、商品開発に欠かせない発想力の源は「子どものいたずらのような好奇心」にあるという。時には発酵後の臭いがひどくて食べられなかった試作品もあるが、それらは決して失敗ではない。
「発酵と腐敗の違いは、人が上手く活用できるかどうかです。たとえ今は食べられなくても、別の何かと掛け合わせることで驚くほど深い旨味を持ったものに変化する可能性がある。その可能性を見つけ出すカギは、『こうしたらどうなるんだろう?』という好奇心の先にあると考えています」
岩手の海から発見された驚きの乳酸菌
好奇心を原動力に行動した結果、とんでもない乳酸菌を発見した社員もいる。
一般的に乳酸菌は塩分が濃い環境では生きられず、醤油の中で活動できるのは一種類のみ。新たに見つけようと思っても、自然界の中では塩分濃度の高い環境自体が限られているため非常に難しい。
しかしその社員は「海なら塩分に強い乳酸菌が見つかるかもしれない」と考え、浜に流れ着いた海藻類に着目。地道な採取の結果、浄土ヶ浜の海藻から耐塩性のある優秀な乳酸菌を発見し、現在はそれを使って新しい醤油を開発している真っ最中だ。
これには宏一さんも「宝くじに当選するような確率」と驚き、完成を楽しみにしている。
また、浅沼醤油店では食品安全に関する国際マネジメント規格「FSSC22000」の認証も受けている。これは世界で最も厳しい国際基準といわれており、取得のためにクリアすべき課題は多い。
しかし、場合によっては工場の衛生管理などが理由で商品化できないこともあるため、同社では世界トップレベルの基準を採用することでリスクを低減。これにより従業員も、今まで以上に商品や働く環境に誇りを持てるようになったという良い影響もあった。
100年に渡って積み重ねてきた技術と実績だけに頼らず、一番ハードルの高い国際基準に基づき生産管理を行う浅沼醤油店。こうした取り組みが商品のクオリティはもちろん、周囲からの信頼もより揺るぎないものへと進化させていくのだろう。
岩手という素材を生かす存在へ
そんな浅沼醤油店の代表として宏一さんが心がけているのは、さまざまな場面でバランスを取るということ。カリスマ性や強いリーダーシップを発揮して周囲を引っ張るよりも、広い視野で物事を見た上で全体のバランスを重視する。
「バランスを取ることは、調味料にも通じる部分があります。調味料はさまざまな素材を生かし、味の調和を図る存在。これからもバランスを大切にしながら、新しい食文化や食に関する産業を作ること、もしくはそのサポートとなるようなものを作りたいと考えています。面白さを追求した先に、地域性のある新しいものを生み出していきたいです」
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