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モン・サン=ミシェルの魔女【プロローグ】

〜プロローグ:倉庫夜曲〜

霧雨が降りしきる夜。疎らなライトを、濡れたコンクリートの路面が陰鬱に照り返す。

「こんな場所に連れ出して、一体どうしようというんだ?」

答えは返って来ない。レインコートの案内人は一切を気にする素振りなく、スタスタと軽い足取りで先を行く。複雑に入り組んだ港湾部の倉庫地帯。同じ形の建物が繰り返し現れ、暗闇の中で沈黙のパターンを奏でる。

案内人の少女は無言。例えばこれが罠で、囲まれて襲撃されるシチュエーションを思い浮かべたりもする。だが、これまでの経緯を考えればそれも無いと分かる。我々は仲間であり、ここは『安全な場所』だ。

「着いたよ。ここが《入口》。」

彼女が立ち止まった場所は、他と区別のつかぬ建造物の一つ、その鉄扉の前だった。

「……なんだって?」

少女は問いかけには答えず、蛍光紫ストライプのレインコートの中から無造作に何かを取り出し、私に差し出した。

「ここから先はこれを着用して。帰って来るまで決して外さぬこと。」

それは赤紫色に煌めくヴェネツィアンマスクの様な仮面だった。

「扉の向こうは、現世との境目の空間。生身での移動はしないほうがいい。マスクを外せば肉体と精神が分離して迷子になる……最悪、存在ごと消滅するかも。」

少女の顔にはすでにターコイズ色に輝く仮面があった。こんな簡素な装備一つで事足りるというのか。説明は不十分ではあったが、それ以上の疑問は抱かなかった。そもそもこの旅自体が、常に見知らぬものとの出会いなのだ。
そして無論、先へ進むことについて異存はなかった。私はその為にこそこの場に来たのだから。

《百億の扉の森》を抜けた先、電脳の戦場に足を踏み入れる為に。

鉄扉が音も無く開いてゆく。

不可思議なる臙脂色の光が内側から溢れ出した。

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ウナーゴン
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