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TOKIWAラボストーリー第2章:共創への軌跡 第5話【ものづくり・DIY支援・試作開始!】

月歩からメール送信された図面を見ながら

「おお、いいねぇ。でもこの窪んでいる個所は旋削できるのかな?」

と、コウジがアリスに確認する。
 
旋削とは旋盤という工作機械を用いての加工方法で、機械の主軸に取り付けた対象物を回転させながら、バイトと呼ばれる工具を押し当てて削り出すことを指す。木製の器やコマなどの製作工程は一般的に良く知られているのではないだろうか。
 
「いや、確かにやってみないと分からないですね、ここは。」

アリスも首を傾げた。

「ちょっとカズマサさんと打ち合わせしてくれる?」
 
アリスは早速、草津工場に勤務するカズマサに問い合わせた。
カズマサは40代半ばの若さではあるものの、旋盤一筋20数年のベテランである。前職は電気工だったため、工作機械の操作など全くの素人ではあったが、今では数台のマシンをまさに手足のごとく使いこなし、営業部から絶大な信頼を寄せられている。
 
「やっぱりカズマサさんもやってみないと分からないと言っていました」

アリスから早速に返答がなされる。

「そうか、そりゃそうかもね。でもこれ以上分割する構造にしてしまうと小林さんの思いとは違う方向になりそうだね。もうちょっと見直しが必要かなぁ」
 
そんなやり取りをしている最中、カズマサから電話が入り、営業課のノリヨシが意味深な笑顔を浮かべながらアリスに取り次いだ。

ノリヨシは察知能力が異常に高く、自分の担当エリア外で起こる様々な出来事にもなぜか精通しており、常盤社内においてはエージェントノリヨシの異名を持つ存在だ。気が付けばそこにいるという忍者の様な身のこなし方もエージェント感を高めている。ノリヨシの表情で意味を理解したアリスも軽く微笑みながら受話器を持ち上げた。

アリスが「もしもし」と応答するや否や、間髪入れずカズマサがいつもの快活な調子で伝える。
 
「やってみたらなんとか出来たので、今日の午後からの社内便に乗せますね。こんな仕上がりで大丈夫か確認お願いします」
 
アリスがカズマサに相談を入れてから僅か2時間後の出来事だ。カズマサが担当する旋盤工程はそれなりに詰まっているはずなのに一体どうやって。
カズマサのスピーディな対応力には社員の誰しもが感服している。大半のことはなんとかしてくれるのだ。半面、あまりにも対応が早すぎる為、時には暴走してしまうことも間々あり、むやみに加工の相談をすべきではないという暗黙のルールが営業部側に出来てしまうほどだ。
しかしながら本当にタフな男であることは皆、認めざるを得ない。

カズマサの言葉通り、その日の夕刻、試作サンプルが京都本社に届いた。
コウジはその旨を知らせる内線を1階検査室にいるキクコから受け取った。
長年、恐らく10年以上履き続けているソールがすっかりすり減ったクロックスもどきの黒い室内履きを酷使し、コウジが階段を駆け下りる。
アリスも後に続く。
 
「そこに置いてありますよ。なんですかこれ?」

キクコは荷物を受け入れる為の重量棚の2段目を指さしながら、好奇心も同時にコウジに投げかけた。

検査員として20年ほどのキャリアを持ち、パートリーダーを務めるキクコはいつもながらの積極性とずば抜けた目ざとさを発揮しながら頑丈にプチプチにくるまれた部品に目を向けた。キクコの純粋な瞳が興味の度合いを物語っている。

「開けてみてくれる?」

コウジがキクコに投げかける。

「え?わたしが開けちゃっていいですか?なんか緊張するじゃないですか」

とは言いつつもキクコは既に開封し始めている。
そして現れた物体は図面に描かれていた通りに仕上がっていた。

「流石カズマサさん!!」

カズマサの声のトーンから、ある程度予想はしていたもののアリスは思わず拍手し、コウジも深く頷き納得した。

「これに真鍮の部品が加わったらめちゃ綺麗じゃない?」
「全部仕上がってきたら完全にアートになりそうですね!」

アリスとコウジの会話に置いてきぼりを喰らっているキクコは少々苛立った様子で再度聞き直した。

「だからなんですか、これは?」

興奮のあまり、キクコへの配慮は二の次となっていたことに気付かされ、アリスは現物をキクコに手渡し、説明を始めた。聞き耳を立ててはいたが検査の手を止めるわけにもいかず、部品から目をそらすことができなかった品質管理部の他のメンバーも流石に我慢できず、キクコの周りに集まり、まじまじと部品に見入っていた。

「へぇ、そうなんだ。まだピンとこないけど凄いのができそうですね。」

いつもながらの満面の笑顔でキクコが場の空気を和ませる。

「私にも一つくださいよ、家に飾っておくから」

いつもの様に僅かに故郷の訛りを含ませたナミエが本気とも冗談ともとれない眼差しをコウジに向けて、皆の笑いを誘った。

定年をとうに過ぎてはいるものの、昼は検査員、そして夜にはこよなく愛する社交ダンスを楽しみ、いつまでも若々しさを保っているナミエは皆からの尊敬の的となっている。京都本社の玄関先にある小さな花壇の植栽が、誰もいないお盆休みの酷暑を無事にやり過ごせるのもナミエの奉仕によるところであった。コウジにとってナミエは足を向けて寝ることの出来ない存在だ。

そんな検査メンバーたちが繰り広げる光景を少し離れたところから眺めながら、コウジは漠然とした、なんとも表現できない心地よい感覚に囚われていたのだった。懸念されていた加工は対応可能であることは確認できた。

その旨を小林に伝え、ほどなく常盤は正式にオーダーを受理したのだった。

言わずもがな、これがゴールではなくスタートである。

(第2章 第6話につづく)

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