第2章:共創への軌跡 第3話【ものづくり・DIY支援】
常盤はアイデアマンたちと共にモノを創り上げることに光を見出しつつあった。とりわけ大きな手ごたえを感じたのは、インスタにアップされたアクリルが放つ美しい画像に感銘を受け、問い合わせをしてきた長野県在住の小林からの案件だった。
小林には、どうしても形にしたいアイデアがあった。
「インスタ拝見しました。いやぁ、アクリルがとても綺麗に磨かれていて感動しましたよ。板材料以外でもあんな風にピカピカに出来るんですね!染色までされていてびっくりしましたよ。あの画像の部品は、型にアクリルを流し込む注型方式で作ってるんですか?」
電話を受け取ったアリスが答える。
「いえ、あれは旋盤という機械で丸棒を削り出した後にバフ掛けをしてピカピカに磨いているんです。」
小林は驚いた。
「削って作るんですか?アクリルを?そんなことできるんですね」
小林は少し興奮しながら続けた。
「実は今、アクリルを使って作りたいなと思っているものがあって、ところがどこに依頼すれば良いかわからなくて…。そんな時にたまたまインスタで綺麗な画像をみつけたので、この会社ならもしかしたらと思い、思い切って連絡した次第なんです。もし、見当違いな内容だったら申し訳ありません。」
撮影チームのハナコとリョウスケが聞いたら涙を流して感激するに違いない。電話口から聞こえるその口調と穏やかな声から小林の誠実さが滲み出ていた。
「いえいえ、とんでもありません。お電話いただき大変嬉しいです。それで、ご相談の内容はどの様なことでしょうか?」
ただの冷やかしでないことを察知したアリスが本題へと話を導いた。
小林が遠慮がちに答える。
「えっとですね、後ほどメールでデータを送りますが、高さが40センチぐらいで直径30センチほどの透明の円盤を乗せて…」
アリスが時折、質問を投げかけながら小林の説明を聞き込んでいる。
「なるほど、小林さまのご要望の概要は分かりました。それでは一旦この内容を営業担当者に伝えまして、改めて御連絡差し上げますので、しばらくお待ちいただけますでしょうか。よろしくお願い致します」
数分のやり取りの後、アリスが締めくくりの言葉を返して静かに受話器を置いた。電話を終えたアリスは、早速、アリスなりの解釈と補足を加えながら、斜め右横に席を置くコウジに小林とのやりとりを事細かく伝えた。
「なるほど、そういうことか。これは月歩の登場だね」
コウジは受話器を肩に挟み、月歩へと通じる短縮番号のダイヤルを叩いた。
アリスの気が利いた詳細な情報とは裏腹に、コウジの説明はあまりにもざっくりとしていたが、月歩の代表でもあるコウジからの依頼には、川畑も対応せざるを得なかった。
週を跨いだ月曜日の10時に、設計を担当する月歩と、ものづくり担当の常盤、そして依頼者である小林の三者をZOOMで結び、打ち合わせがセッティングされた。
画面に現れた小林は40代前半ぐらいに見える。口髭を蓄えながらも爽やかな印象を醸し出している小林はビジネスマンというよりもアーティストという表現が似つかわしい。事務所なのか自宅なのかは判別できないが、ZOOM背景からもそのセンスの良さが伺える。
小林から相談されたアイデアも商品ではなく、もはや『作品』であった。
それもそのはず、小林は自社ブランド「OH LOLA」でプラスチックを使用した一輪挿しのデザインから製作・販売まで手掛ける会社の代表だったのだ。お互いを紹介しながらZOOM画面を通じて小林との距離が次第に縮まり、話は本題へと移った。
「では、早速ですが」
ZOOM画面に共有された図面をポインターで示しながら小林が切り出した。
「こんな風な全体像なのですが、こことここのパーツ、さらにここも分解できる様にして、それを真鍮のパイプで繋ぐ構造になっています。分解されたパーツはそれぞれが一輪挿しとして使用できる様になっていて、すべて合体すると実は“テーブル”になるというイメージです。」
常盤と月歩のメンバーは食い入るようにまじまじと画面を見つめながら、
「へぇ凄いですね。よくこんなこと思いつかれますね。消費者の立場から見ても、とても面白いアイデアだし、作品としてもめちゃくちゃ綺麗ですよ、これは」
「どこから来るんですか、こんな発想」
と感嘆の声を上げた。
イラストレーターで作成された3Ⅾのデータに、常盤のメンバーは心を躍らせていた。しかし、設計を請け負う月歩の二人の目は違っていた。
「なるほど、だいたい理解できました。でも、これをそのまま作ったら上部と土台のバランスが悪いのでちょっと何かに触れたり何かの衝撃で揺れたりすると倒れてしまう可能性がありますね。それと分解された上部のパーツをどうやって組み立てて、その組み上がった状態を維持させるかはかなり難しい問題だと思います」
川畑が冷静に口火を切った。
小林も大きく頷きながら、
「そうですよね、おっしゃる通り、そこはどうしようか悩んでいたところなんです。ただ、全体のデザインや形状は変更したくないので、何か良いアイデアはありませんか?」
小林のデザインへの熱い思いが電波を通じて、打ち合わせメンバーに降り注いでいく。
しばらくの間、沈黙が続き、皆の表情に不安がよぎり始めた。
空気感が伝わりにくいWEBミーティングで、事の運び方に神経をつかいつつ、一方で世の中に存在しない何かを形にしていくときには、必ず通らなければならない光景なのかもしれない。これから先、超えなければならない障壁はいくつあるのだろうとコウジは皆とは全く別の視点で、この状況を眺めていた。
打ち合わせが進むにつれ、小林の思いが伝わり、月歩と常盤には「なんとかしてあげたい」という気持ちが高まっていった。
このアイデア、作品を実現するには、設計、製図、つまり図面に落とし込む作業が不可欠となる。月歩が誕生する以前なら、どう対処して良いか分からず、やんわりと断っていた案件かもしれない。
しかし今は違う。
「ちょっとハードルは高いですが、打開策を検討してみますので一週間お時間もらえませんか?」
アリスとコウジの前向きな思いが透けて見えたのだろうか、川畑が小林に問いかけた。
「検討してもらえるんですか。もちろんです。よろしくお願いします!」
小林が興奮気味に答えた。
こうして設計は月歩に委ねられた。
その後、お互いに何度もお礼を述べあいながら小林と月歩のメンバーが画面から消え、ZOOMは閉じられた。
アリスとコウジは楽しくもあり不安でもあり、初めての体験に表現のしようがない複雑な気持ちを覚えながら通常業務に戻る為の後片付けを始めた。
「とりあえず月歩に託すしかないね」
アリスに伝えるでもなく自分に言い聞かせるでもなく、コウジは小さく呟きながら古びた会議室を後にした。
(第2章 第4話につづく)