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TOKIWAラボストーリー第1章:DIYブーム到来 第2話

繰り返しになるが2020年、世間はコロナ禍の真っ只中にあり、外出が制限される日々が続いていた。気が付けばいつの間にか、巣ごもり需要という言葉が日本中に流行していた。
運動やトレーニングに始まり、サイクリング、ルアーフィッシング、ガーデニング、家庭菜園、読書、ゲーム、果ては断捨離まで、人々は幅広く活動を広げ、生き甲斐を模索し続けた。

その中でも世の中の注目を集めたのがDIY(Do It Yourself)である。

奇しくも外出制限により、ものづくり愛好者は自らの手で何かを作り出すことに没頭できた。いや、没頭せざるを得なかったという表現が似つかわしい。
デジタルに流れた現代の人々の関心は、縄文土器にまで遡る気が遠くなるほどの長い歴史の中で遺伝子に組み込まれてきた本能とでもいうべき “ものづくり”、つまりアナログ的な“カンカク”の世界観を改めて噛みしめる機会を得たのだった。

ホームセンターではこんな光景が繰り広げられていた。

・・・・
木の温もりと、ほのかに甘く香ばしい香りが漂う中、バンドソーで切断された木材の切粉がゆっくりと床に降り注ぎ、金槌が釘を打つ心地よい音が店内に静かに広がっている。

車道を走る車の音をかき消すほどの蝉の鳴き声が風景の一部と化し、あいさつ代わりの話題にすらならなくなったお盆明けのころ、とある親子が工作室で真剣に木材と向き合っていた。

金槌を片手に、恐る恐るぎこちない手つきで二枚の板を突き合わせている父親を不安そうに子供が見つめていた。父親の眼差しは指先に集中し、瞬きすらしない。簡単に分離しない様、少し太めの鉄の釘が、厚さ10ミリの木製の合板を貫通し、もう一枚の合板を繋ぎとめた。父親は小学生時代の工作の記憶を蘇らせながら、久しぶりに釘を打つ感触に満足げに頷いた。

「お父さん、箱は完成したから、この透明のプラスチックを蓋にして取り付けようよ」

商品棚から小走りで戻ってきた子供が両手に抱えているのは、アクリル(PMMA)と呼ばれる透明なプラスチックの板だった。コロナ禍で爆発的に需要が高まった衝立パネルなどに使われている材料だ。アクリルは既にインテリアの一部として世間に浸透している。
日焼けした子供の顔には純粋さを絵に描いたような丸い大きな瞳が輝いている。

(ちょっと面倒だったけど、こんなにヒロシが喜んでくれて、本当に来てよかった)

アメリカのミュージックシーンに多大な影響をもたらした今は亡きアーティスト、プリンスを彷彿とさせる、いわゆる濃い目系の顔に、髭を綺麗に剃り上げた40代半ばほどの父親であるタカシも、子供の笑顔につられ、目尻に数本の皺を放射線状に刻んだ。日本人離れした彫りの深い色黒の造形に優しさが滲むその笑顔はプリンスそのものだった。
平和を絵に描いた様な柔らかな光に包まれた光景がホームセンターの一角を彩っている。

しかしながら運命は時に驚くほどに残酷だ。

店内に醸し出されている暖かな空気はいとも簡単に一変したのだった。
タカシがアクリルに釘を打ち付けたその瞬間、見るも無残に、まるで夜露に濡れた崩れかけの蜘蛛の巣のような細かなひび割れが一面に広がったのだった。

タカシのトレードマークである輝く白い歯は一瞬で笑顔と共に消え去り、顔は驚きと困惑で歪められた。

「あ痛たたぁ!えぇ、なにこれぇ!」

「あ痛たた」という声は怪我をしたわけでもないものの、トラブルが発生するとつい口に出してしまうタカシ独特の表現だ。タカシを知らない者にとっては、その声は怪我でもしたのではないかと勘違いさせるほどに紛らわしい。

案の定、数名のお客さんが驚いた顔でタカシに目を向けた。
再びタカシの声が響く。

「まいったなぁ、あ痛たぁ!」

大げさ過ぎる為、一見芝居がかってはいるものの、タカシは真剣だ。
左手の親指と人差し指でこめかみを抑え、机に肘をつき俯くタカシ。
みるみると重く灰色に淀んだ空気が垂れ込みはじめ、タカシの顔からは血の気が引き、額には脂汗が滲み始めたのだった。

2、3分間の沈黙が流れた後、ようやくタカシは項垂れた額を辛うじて持ち上げた。消えゆく直前の蠟燭の灯のごとく、弱々しい生気がやっとの思いでタカシの目の奥に漂っている。ヒロシはアクリルに入ったクラックよりも寧ろタカシの表情に狼狽えていた。
焦点も定まらず、うつむいたままの父親は辛うじて言葉を発した。

「ヒロシ、もう今日は帰ろう」

タカシの諦めは早かった。
消え入るような弱々しく沈んだ声でヒロシに投げかける。
タカシにはヒロシの狼狽を気に掛ける余裕など残されていなかった。
思いもよらぬ展開に、ヒロシは子犬のように立ち竦んだ。

ほどなく気が遠くなるほどに泣きじゃくるヒロシをどうにか宥めながら、タカシは木で出来た未完成の箱を片手にぶら下げ、力なくホームセンターを後にした。レジに立つ店員は、気まずい空気を感じつつも、ぎこちない作り笑いを浮かべて明るく振舞うことしか出来なかった。
・・・・

個人で “ものづくり” に取り組むことはそう簡単ではない。
そう、プラスチックは思いのほか手ごわいのだ。
ましてアルミや鉄などの素材に加工を施すには専門的な知識が無ければ全く歯が立たないのが現実だ。

タカシと同様に苦い思いを経験した“ものづくり愛好家”たちは、諦めきれない想いを具現化する手段を求めてプロフェッショナル集団を探し出すことに注力し始めた。

そんな中、Insta Café Meetingから派生し、広報チームとして体裁を整え、ホームページやSNSでの情報発信を始めていた常盤もその選択肢の一つとなりつつあった。フォロワー数も順調に増え、気が付けばものづくり愛好家たちからの加工相談が徐々に舞い込むようになっていた。

やがて、常盤はその期待に応える形で次のステージへと進んでいくこととなった。

(第1章完 / 第2章につづく)

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