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店内の客に聞こえるように従業員を怒鳴りつけるバーの店長。過去の学びを活かして仲裁に入るも思わぬ結果に。

飲食店では、時に怒号が飛び交う。その商売に命をかけているからこそ熱がこもり、スタッフの至らぬ点を叱責してしまうものなのだろう。繁盛している店や昼時に混雑する店では、その光景は顕著だったりもする。

ところがどっこい、ごく稀に、客に丸聞こえの位置で、客に丸見えの位置で、従業員を怒鳴りつける店長なり先輩なりがいる。とてもじゃないが客として歓迎できるものじゃない。

以前、地元の先輩が結婚され、その後、地元を離れ夫婦で生活しているとのことで、「よし、じゃあその街まで行きますんで、呑みましょうや」と相成り、とある商店街にある、できたばかりの立呑み海鮮居酒屋に呑みに行ったことがある。

まだ、店の外には開店を祝う花々が飾られてあるほどに新しく、店内にも開店直後といった初々しさが漂っていた。従業員のコスチュームもピカピカ。カウンターにはもちろん、経年による汚れなど微塵もない。それなりの大箱で、立呑み海鮮居酒屋とはいえ、大型の大衆居酒屋のような店構えをしていた。

久しぶりに会った先輩と、昔話やら将来の話で盛り上がる。若い時に「後輩とはかくあるべし」を叩き込んでくれた先輩だ。社会ではそれなりに慇懃無礼な態度が取れたとしても、地元の先輩には臆してしまう。怒鳴られたりド突かれたりした記憶を、身体全体が覚えているようだ。

僕と先輩が立呑むカウンターを挟んで従業員が立つ。50代半ばといったところの、おっちゃん。店が開店直後ということもあり、またおっちゃんの動作のたどたどしさからして、いわゆるオープニングスタッフと呼ばれるやつだろう。こちらとしても、別にせかせかと呑むわけじゃない。時間の流れを感じながら、のんびりやりたい。

ところが、それを許さなかった男がいる。店長、もしくは店長に限りなく近いポジションの男性である。

オープニングスタッフのおっちゃんよりも少し年下に見える店長、もしくは店長に限りなく近いおっさん。おっさんはおっちゃんのところに近づいてくると、働きっぷりを大声で叱責しはじめたのである。カウンターの目の前でだよ。おっさんは怒り狂ってるし、おっちゃんは恐縮しまくっているし。おっさんの声があまりにもデカ過ぎて、我々の会話の声も聞こえないほど。

そして何より、誰かが怒られている様子を見て、気分を良くする人間なんているわけがない。大抵の酒は不味くなるだろうし、会話も湿ってしまう。「なんだかなぁ……」と思っていると、先輩はそれを良しとしなかった。

「なあなあ、おっちゃん。こっちは気分良ぅ呑んでるねんからさぁ。怒るんやったら奥に連れてって怒ったりぃや。見せられてるほうも気分悪いし、おっちゃんも情けないところ、客に見られたないやろし。そやから、奥行って、やりーな」

圧巻。圧倒的。一撃で悶着を沈めはった。なんという迫力。なんという威圧感。正義。ド正義。ド正論。その様子を隣で眺めながら、ひたすらにカッコいいと感じた。男というものは、かくあるべき。悶着を圧倒的な迫力で鎮静する。先輩は、ひと言怒鳴るだけで、眼前のイザコザを収束させたわけである。その姿は、ひたすらにカッコ良かった。

さて、ここからが本題。お待たせいたしました。

先日、やや久しく会っていなかった友人と酒を酌み交わす機会があり、まずは大衆居酒屋でワイワイとやる。旧知の仲と呑む場合、昔を懐かしむ会話が多くなりがちではあるが、旧知の仲だからこそ、未来の話ができれば、なおさらに酒は旨くなる。そんなことをしみじみと感じながら閉店間際まで呑んだ。

さすがにこれでお開きは味気ない。なんなら、この通り沿いにある立呑みバーにでも行こうじゃないの。呑兵衛二人は、ふらふらと歩きながらバーに吸い込まれて行ったわけです。

バーには数名の客、いぶし銀のマスター、アルバイト3名という状況。アルバイトのうち、1名は男子で、残りの2名が女子。女子のうち、ひとりはお顔にマスクを着用しながら働いていた。

バーを訪れると、眼前にズラリと並ぶアルコールの瓶の中から、好みの酒をチョイスする醍醐味があるらしいが、元来、死活問題になる事物以外は、なるだけ端的になるだけ素早く決定してしまいたい性分。フォークシンガー吉田拓郎の楽曲のタイトルの影響で、バーに行けば、基本的にはカンパリソーダしかオーダーしない。そんなヤツがバーに行くなよ、と言われることを覚悟しながら、はや数十年。バーに行くなよ、とは言われずに済んでいる。

ともかく、大衆居酒屋が閉店を告げたことによって中断された会話の続きを楽しむ。しかし、大衆居酒屋が閉店時間だったということもあり、どうやら時間はそれなりに深いようだ。アルバイトのうち、男子とマスクを着用していない女子は帰って行った。気づけば先客たちの姿もなくなっていた。そして、店内BGMもオフになり、いよいよ帰らねばならぬ時間だな、ということが明白になってきた。

と、その時だった。

いぶし金のマスターが、マスクを着用した女子アルバイトに対し、とてつもない威圧感で怒鳴り出したのだ。カウンターとキッチンがひと繋ぎになった構成のバーだったので、キッチンに入れば姿は見えない。にも関わらず、マスターはキッチンから半身を出し、マスクの女子はまだカウンタースペースに立つ状態。要するに、我々から丸見えの位置で怒鳴り出したわけ。

辞めてしまえ! やる気がないなら来るな! お前のことは認めていない!

マスク女子の態度をキツく咎める、そういった類の言葉がズラリと並ぶ。えらい剣幕で怒鳴りつけるもんだから、マスク女子も明らかに肩を落としている。まだ若い子なんやから、そこまで言ってあげなくても──ましてや、客がいる目の前で。ん? 客がいる目の前で?

これってもしや、先輩のようにカッコ良くなれるチャンスなんじゃねーの?

そう感じた僕は咄嗟に行動に移す。店長を戒める、マスク女子を救う、客としての最低限の主張をさせてもらう、というスタンスで、二人の間に半ば割り込み、「マスター、言いたいこともいろいろあるようやけど、中でやってくださいや。こっちはまだ呑んでる最中やし。さすがに奥でやってくださいよ」。

決まった。あの時間、あのエリアで僕は、間違いなく「かっいい男」になっていたはずだ。僕の仲裁を受け、マスターは少し苦笑い。バーのことを誰よりも愛していそうなマスターだからこそ、僕の仲裁を受け入れてくれたんだろう。また新しい伝説を作っちゃったなぁ。

少し照れ笑いを浮かべながら友人の元に戻ると、あろうことか、マスター、もう一度怒りを着火させ、まるで仲裁などなかったかのように、再び怒鳴りはじめたのである。いやいや、意味ないやん。俺、むっちゃカッコ悪いやん。マスク女子も救えてないやん。なにこれ?

さすがに自分たちが同席していると空気が悪くなってしまいそうだったので、「おあいそお願いします!」と告げ、強引に説教を中断させた。やはり、マスク女子の目には涙。それでもお会計をする仕草を見ていると、あれほどまでに強烈にマスターが怒る理由が見当たらなかった。

バーを後にし、先ほどの大衆居酒屋の方面に戻りつつ、テクテク歩いて帰ろうじゃないか。バーでの悶着のことも軽く話ながら、夜道を行く。ちょうど大衆居酒屋の辺りに差し掛かったところで、「そういや、こっち方面じゃなく、あっち方面から帰ったほうが近くね?」ということに気づき、今来た道を引き返す。

再び、バー方面。そして、バーの前を通過する。少しの心配と少しの不安を抱えながら、チラリと店内に目をやる。すると、なんと、先ほどマスターの説教がはじまった定位置のまま、未だマスターは怒号、マスク女子は肩を落とし、悶着は続いていた。

その光景を見て、自分の仲裁があまりにも滑稽に思えてきて鼻血が出そうになった。あってもなくてもいい仲裁。歴史に残らなかった仲裁。マスク女子を救えなかった仲裁。マスターの怒りを沈められなかった仲裁。どうせやるなら店内ではなく見えないところで悶着してくださいよ、という客として正当な主張すら通せなかった仲裁。

次回、先輩と呑む時は、懐かしい話でもなく、将来の話でもなく、悶着を鎮静化するコツを聞き出そうと思う。

デタラメだもの。

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