京都のさんぽ道~きぬかけの路②
川に沿って道を下りきると、斜面の上にある中学校へと続く階段がみえてきた。
以前はごつごつと岩が剥き出したような石段で、
段差が大きく、足を高く上げて上らなければならなかった。
階段を登りきったところには、
ふるめかしい日本家屋の宿があった。
軒先に一本の大きな木がせり出すように石段に枝をのばし、
宿の庭先に開けたスペースがあって、
連日、不良グループが陣取っていた。
あのころの中学校というのは、ずいぶん荒れていて、
それは古都も例外なかった。
非常ベルが毎日のように鳴り、
先生は「自習や!」と言い置いて、
教室を飛び出していった。
生徒たちは窓際に鈴なりになり、
校舎から先生たちが走り出ていくのを目で追った。
ときにはよそからバイクで乗り込んできた学生が、
本校の生徒を大声で呼び出し、
グラウンドをバイクでぐるぐると回り、
それを担任が追いかけたりした。
誰も自習なんかしない。
わたしたちは大興奮した。
校則は厳しく、制服は靴下の色まで決められていた。
修学旅行の朝、母がそろえてくれた靴下が
ベージュがかっていたのを見とがめられ、没収されたことがある。
真っ白でなければならない、というのだ。
すべて真新しく買いそろえてくれたのを取りあげられ、
わたしは靴下がなくなってしまった。
ベージュがかっていたけれど、白色の範疇だと思っていたが、
それがどれほどいけないことかかということを、
みんなの前で叱責された。
くどくどと叱られているわたしの横を、
不良が真っ赤な靴下を履いて、
じろーっと先生を見ながら通り過ぎていった。
先生は彼女にはなにも言わない。
その理不尽さと、
わたしはなんだか母を叱られているようで、
悲しかった。
靴下を取り上げたのは美術の先生だった。
色には厳しかったのかもしれない。
(赤と白の区別はつかないようだったけど。)
不良は授業には出たがらないが、
毎日ちゃんと通ってくる。
運動会にだって出る。
なかでもやくざの娘ともっぱらウワサされていた子は、
一番目立っていた。
茶色に染めた髪をツンツンと立てて、
襟足を長く伸ばしていた。
いつも赤いパンツをはき、
超ミニのスカートからパンツが見えていた。
彼女は100メートル走の最中にレースに乱入した。
野生の牛が突如として躍り込んでくるかのような身のこなしで、
観客席から飛び込んできた。
わぁっと声があがり、
保護者と生徒は大騒ぎ。
グラウンドに砂埃がもうもうとたち、
先生たちが猛然と追いかけ、
逃げ惑う彼女の赤いパンツがちらちらと見える。
闘牛場のようだった。
そんな不良たちが、
下校時に石段の上に陣取る。
本校の多くの生徒がそこを通らなければ帰れない。
わたしたちは階段にさしかかると
おしゃべりをやめ、
うつむいて目を合わさないように歩いた。
やがて3年生になると、
小学校から一緒だった同級生が、不良のリーダー格になっていた。
あーくん(仮名)といって、リトルリーグをしていて、
かわいい顔をした小柄の少年だった。
優しい子だったから、
なんで不良をしているのかなぁ、と思っていた。
ある日、彼が階段に座ってたばこを吸っているところに出くわした。
急に腹がたった。
「あーくん、あんた、なに吸ってんの?」
というと、
「なんも吸ってへんで」という。
「吸うてるやん。見せてぇな」というと
火のついたたばこを袖に隠すようにする。
「アホやな、そんなもん吸うたらあかん」
といったら
「おおちゃん、ごめんごめん」と彼は笑った。
ふたつ下の弟も、毎日この階段を使っていた。
ある日、学校から帰ると、
「お姉ちゃん、学校でほんまは(!)なにしてんの?」と尋ねてくる。
聞けば今日、不良グループに目を付けられてしまった。
金持ってへんか?といわれたという。
持ってません、と答える弟に、不良はしつこくつきまといはじめたとき、
あーくんがやってきて、
お前、姉貴いるか?と尋ねられたという。
名前をいうと、すぐに解放された。
そして彼は仲間に、こいつに手出すな、と言ってくれたという。
弟は助かったのは良かったが、
姉が不良グループとどういう関係なのか、不安になったのだという。
わたしは不良グループとは関係なかったが、あーくんと友達だった。
わたしたち姉弟は顔がとても似ていたし、
あーくんはやっぱりあんまり変わってなかったということだ。
いまコンクリートで固められ、段差も低く整備された階段を上ると、
そこにあった古い宿は老人福祉センターに変わっていて、
不良たちがいたスペースにはワゴン車が止まっていた。
あのとき、
たばこを隠したあーくんは、ちょっとさみしそうに笑っていた。
景色は変わってしまったけれど、
まだあのときのままの彼が、石段に座っているような気がする。
(続く)
*竜安寺への散歩なのに、ちっとも竜安寺へ着かない。
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