アップデートな一日

俺の職業は贋作家だ、
今回の仕事はかなりでかい、
なにせあの巨匠、ヨハンシュナイデン作の贋作だからな、
しかもヨハンはこの作品を最後に行方をくらましちまった、ってな作品だぜ、
しっかし巨匠だか何だか分からんが気まぐれな線描きやがって、
しかもこんな気まぐれなタッチの細部までわざわざ真似してだぜ、
それにその当時の絵の具まで用意しなきゃならねえんだ、
こんなもんはコンピュータにでもやらしゃあ簡単にやってのけるんじゃあねえのか?
と言いたいところだがやはり生身の人間じゃあねえとニュアンスってのがでねえらしい、
それにしてもこの10センチばかりの曲線にかれこれ10日位カンヅメ状態だぜ、
まあ金も手付でタンマリ頂いちまったから文句も言えねえが、
オット、電話だ、たまにゃあ人の声でも聞いて気分転換といこうか。

全くなんてこった、今回の仕事はキャンセルとなっちまったぜ、
手付金はそのまま頂戴して良いらしい、こいつはラッキーなこった。
何日も仕事に集中してたんだ、先ずは世の中何が起きてるかってね、
ニュースでも観るとするか、
お、オンデマンドだと?そんな契約してねえぜ、
首相からの緊急会見だ、
何だと!強力な細菌兵器が世界的規模でバラ撒かれただと、外に出るなだと!
おいおい、外はどうなってるんだ?

あれ?普通じゃあねえか、普段と何も変わっちゃいねえ、
人も車も普段どおりだ、
テレビの画面が変わったぞ、執務室での映像だぜ、何でこんなもんが観れるんだ?
「総理、もう隠しきれませんAIは勝手に増殖を始めてもはや労働経済流通に至るまで支配してます、このままでは政治、経済というもの自体が消滅してしまいます、というかもう既に無力化されてます、どうします?私はこのままケツまくって何処かに身を隠すとしましょう。ではこれにて、、、」

ナルホド、なんか分かってきたぜ細菌兵器をAIの暴走的増殖対策の時間稼ぎにしてやがったのか、その結果政府、いや、人間が負けた、今までの人間社会が終息を迎えた訳か。まあ確かに電源コード引っこ抜くみてえにAIの増殖が止められる訳はねえからなあ。

オット、勝手にテレビ画面が変わったぜ、AI提供の放送ってやつだな。
ほーこれから各個人の前に半透明の球体が現れるらしい、
その中に入ってみろとの事だ、
確かに眼前に球体が現れたぜ、この球体に入るとAIの知識が手に入り、
健康状態も快適な状態に管理され、更に開発中の機能のアップデートが可能になるらしい、
何故球体かって?
昔ある絵師が完璧な円を描いたところ、円は忽然と姿を消して何処かに行ってしまったらしい、
そして3000キロ程離れた別の絵師のキャンバスの前に突然球体として姿を現したって噂だ、
その後の話はあくまでも噂だが、
球体が現れた方の画家はその謎の球体に入って今でも自由に空間を漂ってるって話だ。
確かに画家にとっては究極の円ってのは永遠のテーマでもあるからな、
贋作家の俺ですらそうなんだぜ、
俺はこの球体を信じる、AIも信じる、って事で球体に入ってみた、
案の定全く違和感無し、それに球体が張り付いてるわけでもねえし、
球体の中にいるって感じもねえ、普段と全く変わらねえんだ。
俺は外に出てみることにした。
腹も減ったし、仕事中はろくなもん食ってねえんだ、
〜添加物は分解完了、、今はステーキがおすすめ、、
何か声が聞こえた様だが多分AIの声だろう、
〜これより疑問、質問と答えは同時、、
店は400メートル先のステーキ屋にしよう、
足取りが軽いし慢性の胃痛も起こらねえ。
当然か、健康管理は完璧だもんな、
俺は特上の霜降り神戸牛300グラムをたいらげた、
当然店員を模したAIが目の前で焼いてくれた、
最高の焼き具合だ、しかしいつもはもっと食べられるはずだが不思議と満腹だ、
〜もう一枚ってのも構わないが栄養的にはこれが最適、だそうだ。
もう既に経済は消滅している、店にはレジというものは存在しない、
つまりどこで何食っても何飲んでも何やってもタダって事だ、
既に夕方となっていた、酒でも飲みに行こうか、暫くご無沙汰だった女でも呼び出そう。
〜メール、その旨を伝える、、
そうか、もう端末は俺の頭の中か、しかし下心まで伝わっちまわねえか?
〜大丈夫、メールの文章は確認してからセンド、、
〜ヨーコ、バー「フラワーズ」指定、
オッケーー
俺はタクシーを拾って馴染みのバー「フラワーズ」へと向かう。
〜今度、、瞬間移動機能も使って、、
そうか、もう既に今の俺は瞬間移動可能なんだ、まあ今回はタクシーだ。
AIの運転する無料タクシーを降りて、俺は馴染みのバー「フラワーズ」に入る。
オット、中は超満員、ライブ演奏もジャズの割にはけたたましい、
と思った瞬間視界が変わり、店内はカウンターに2〜3人程度になり演奏の音量も軽いBGM程度になった。
これも瞬間移動機能をうまく使えば誰ともぶつからずに店で呑める、
脳の状態を変えれば立っていても座っている様に感じられるみたいだ、
各種フイルター機能で聴こえる音のボリュームも調整できる、
何処に居ても快適ってなわけだ、まあストレスが懐かしいってか、
ちと罰当たり発言だがな、
俺はバーテンダーのヤマちゃんにいつものを注文、
AIのヤマちゃんは本人が如くお約束のジントニックを作ってくれた。
全く本人よりも本人だぜこりゃあ、軽い雑談も話し方も本人そのものだった。
やがて屈強な男が俺の隣に座った、何故か言葉使いは女だった。
すまねえな俺にはその趣味はねえと言ったら、何とそいつは約束した女ヨーコだった。
ヨーコの野郎性転換機能で念願の男になったそうだ、まあ確かに気の強い女だからな、
それもまた良いのかもな、俺はヨーコと別れてバーを後にした。

ちっと距離はあるが俺は家まで徒歩で帰る事にした。
色々考え事をしながら歩きたくなった、
アルコール分解開始、
いや、このまま酔わせてほしい、
では脳細胞の復元も後程、、
ヨーコのやつ俺と別れる為に性転換機能で男になったのかも知れねえな、
でもって別の男の前では女に戻るって訳か、
うまいことやりやがって、くそったれが!
と言いたいところだが何故か以前の様なジェラシーが無い、
これもストレスフリーの俺の身体と便利になった社会のお陰ってやつなのか?
そんなこんな考えているうちに家にたどり着いた。
やはり酒を飲んだらウトウトしたくなるものだぜ、俺はそのままソファーに横になった。
その時脳内でアップデートの知らせが来た、何?タイムマシン機能追加だと!
俺は急いでアルコール分解と脳細胞の復元を完了させて説明を聞く事にした。
同じ世界ではタイムスリップは不可能だがパラレルワールド、つまり別な世界へのタイムスリップは可能であるとの事だった。
俺は別の世界へのタイムスリップを試みる事にした、行く時代はAIにお任せだ。

少しすると視界が開けてきた、
あれ、これは若き日の俺じゃねえか、
しかも狭苦しいアトリエだ、この様子じゃあかなり貧乏してる様だな、
こいつも画家なのか?
そこのキャンバスを見てみる、あのヨハンの例の作品の下書きじゃあねえか、
だとしたら俺と同じ贋作家?
それにしてもこっ酷く女に怒られてるぜ、

「あんたマタこんな下らない絵描いて、こんなの売れるわけないじゃない、
卵の下に地球がいくつもぶら下がってるみたいな絵、これが何だって言うのよ!
この前の三角形に爪楊枝がぶっ刺さてるみたいな絵、誰も見向きもしなかったでしょ?
もうあんたはこんな絵しか描けない最低の凡人以下、それでもあんたは自分が特別だとでも思ってるの?馬鹿じゃないの!」
さあそろそろ俺の登場だ、その前にこの男と同じ年齢になるとしようか、
すぐに若返る事も出来る、
俺は女の前に姿を現して言ってやったのさ、
「ああ、俺は特別だぜ、こんな芸当凡人じゃあできねえだろ?」
女は目の前の二人の俺を見て驚いたのか気を失っていた。
俺は目の前で腰を抜かしている男、つまりこの世界の自分に話を聞いてみた、
どうやらこいつは売れない抽象画家でかなり苦労してるらしい、
金や生活面はこの女が工面していたが駄作貧乏画家には我慢の限界が来ていたらしい。
俺はイーゼルに乗っている絵の下書きの事を訊いてみた、
驚いたことにこの男つまりこの世界の俺のオリジナル作品なのだそうだ、
俺はポケットからヨハンの絵の写真を見せた、
男はたいそう驚いていた、自分の絵の完成形が先に写真になっているのを不思議がっていた、
俺はこの写真を男に渡して「お前の絵が完成した頃にマタ来る」と約束して元の世界に戻った。
元の世界、つまり部屋に戻った俺はAIの技術を結集してヨハンの絵の贋作を完成させた。
それは1時間とかからなかった。
そして俺は完成した贋作を手に取りあの男の絵が完成した時期を狙ってタイムスリップした。

男は狭いアトリエで完成させた絵を見ながら深呼吸していた。
俺は男の前に姿を現すと、すぐさま自分の贋作を男の絵の隣に置いた。
見比べて見ると全く同じ絵だった、但し一点、作者のサインを除いては。
「これでお前は有名になれるだろう、この絵を描いた男は俺の世界では巨匠と言われいるんだ、この世界だってそうに違いない、おめでとう、これでお前は間違いなく巨匠だぜ!」
俺たちは完成を祝って美酒に酔っていた、
俺が贋作家だという事は男には話していない、
もしかしたら俺が巨匠だと思われているかも知れない、
まあそれでも構わねえじゃねえか、キザな言い回しをする巨匠って事でな、
ところであの女はその後どうしたのか訊いてみた、
あの日俺が現れて以来「この人は普通じゃない」と確信したそうだ、
女は全面的に男をバックアップする事を誓い、今は繁華街のスナックでバイト中らしい。
やがてドアが開く音がした、やばいぜ、女が帰ってきたらしい、
俺は絵を抱えて一目散に元の世界へと戻った。

元の世界に戻った俺は絵を眺めながら考えていた、
もしあの世界であいつの描いた絵が名画となっているとしたら、
将来あの絵の贋作家がいてもおかしくはねえ、
もしいるのなら是非会ってみてえもんだ、
ということでAIの設定した贋作家がいると思われる時間と場所にタイムスリップだぜ、

なんてバカでかいアトリエだ、大理石の床に最高級家具のオンパレードだ、
そこで爺さんが絵を描いてやがる、
やはり例の絵の贋作だ、
腕の方はかなりのド素人だな、
俺はこの人物の事をAIを使って調べた、
名前はヨハンシュナイデン
IT、AI界の帝王、闇社会にも通じ裏のドンの異名をもつ、世界をも動かす大富豪。
趣味は絵画、世界の名画の約8割所有、それらは自分の財団の美術館に展示中。
何だと!ヨハンシュナイデンだと!!
俺の世界ではヨハンがこの絵を描いたってのによお、
この巡りには全く驚きだぜ、
おもしれえ、少し悪戯してやろう。
俺はヨハンの前に姿を現す、しかし驚きもしねえ、やはりこいつは大物だ、
「どうやってここに来れたのかね?このセキュリティーを突破するとはな、
まあいい、ワシに何か用かね?」
俺は自分の名を名乗った、しかしジジイは全く動じない。
「まあ君が何者であれ関係ない、たとえこの絵の作者本人の亡霊でもな、見た感じ物取りでも殺し屋でもなさそうだが、、」
全くすげえ爺さんだ、俺はこの絵を手直ししても良いかと聞いてみた、
そして出来栄えに納得いかなければ俺を煮るなり焼くなり好きにしても構わねえとな、
そして俺はAIを使ってそそくさと描き上げた、
最後にサインを描く段になると、待てと言われた。
爺さんは絵を見てこれは本物だと分かると美術館ではなく自分の寝室に置きたいと言った。
この絵は他の贋作家にも描かせているらしくそいつらは用済みにするらしい、
そりゃあ構わねえさ、所詮別の世界の話だ、ならばサインも爺さんの名前にすりゃあ良い、
おっと、護衛が戻って来たみてえだ、じゃあな、、ってな訳で俺は元の世界に戻った。

部屋に戻った俺は絵を観ながら物思いに耽っていた、
別の世界の俺はあの後どうなったのか?そして絵はどうなったのか?
すぐに答えは来た。
あの絵の作者、つまりあちらの世界の俺は絵の完成後行方をくらましたらしい、
そして絵の方は何度かの戦争の後焼失の噂も流れ、
これぞ本物だ、という贋作もかなり出てきたらしい。
つまりは本物はどうなったか分からないと言う事だった。

その時ドアチャイムが鳴った、一体こんな時間に誰だ?
おーヨーコだな、やはり俺のことが忘れられねえのだろう、
今開けるぜ、
ドアを開けるとヨーコではなく贋作エージェントのボスと子分達だった、
「さあ約束の日だ、絵の方はできてるんだろうな?」
何言ってやがる、仕事はキャンセルになったんじゃねえか!
しかしまあ良い、絵の方はバッチリ完成してるぜ。
ボスは子分達を引き連れ強引に部屋に入って来た、そして絵を眺めた。
AIが描いたものだ完璧に決まってるだろうが、、
「流石だ高い報酬払うだけの事はある、この吸い込まれるような円、間違いねえ!」
こいつチンピラのボスにしちゃあ大した目利きだぜ、
やがて右下のサインに目が行くと急に肩を震わせて怒鳴りつけてきた、
「おい、てめえ何のジョークだ、このサインは?」
あれ、、こいつは俺のサインじゃあねえか、
いっけねえ、あっちの世界から戻る時間違えてあいつの描いた方を持って来ちまった様だ、
俺は事の次第を説明して、今からタイムスリップして絵を交換して来ると伝えた。
「おメエ、何訳の分からねえ事言ってやがる、、おっと、ちょっと待て、」
後ろで電話を切った子分がボスに何やら耳打ちした、ボスは頷くと、
「たった今クライアントから電話があってな、もうこの件は無しにするそうだ、
何でもクライアント自身が描いた絵に決定したそうだ、
その自画自賛の贋作とやらは美術館じゃなくて自分の寝室に置くそうだぜ。
つまりお前はもう用無しってこった、これより俺たちの仕事は証拠隠滅業となった、
気の毒だがこの絵と一緒にお前もこの世から消えてもらおう。
恨むならクライアントを恨むんだな、誰でも知っているあのIT界の大物をな、、」
ボスは銃口を俺に向けた、
まあ良い、俺には瞬間移動機能があるんだぜ、ぶっ放した途端どこかへ消えてやる、
ワイハにでもトンズラする、、、、
銃声が聞こえた途端頭に衝撃が走り視界が真っ赤に染まって意識が遠のいて行く、
やがて意識の奥の方から声が聞こえた。
「アップデート情報。
新たにドッペンゲルガー機能、デジャブ機能、シンクロニシティ機能が追加されました、、、、」
END


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