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私のことが好きなカツオと私が好きなマスオ。

「俺が養ってあげるよ」とカツオの返信には書いてあった。
午前二時に「仕事がつらい」と送った返信がそれだった。
いっそのこと本当に仕事を辞めてカツオに養ってもらおうと、
思ったとか思わなかったとか。
もう何年も前の話だ。

カツオと出会ったのは社外セミナーだった。
たまたま席が隣だったカツオは盛大に遅刻してきたにも関わらず、
持ち前のコミュ力で周囲の人たちとすぐに打ち解けた。
サザエさん一家の中ではカツオの性格に一番近しいので、「カツオ」と呼ぶことにする。

カツオと仲良くなってラインを交換したが最後。
連日カツオから連絡が来るようになってしまった。
正直言ってカツオのことは全然タイプではなかった。

「韓国料理が好きなんでしょ?新大久保にサムギョプサル食べに行こうよ」
「韓国料理って気分じゃない」
「最近資格の勉強始めたんでしょ?一緒に図書館で勉強しようよ」
「一人で家でやった方がはかどる」
「・・・どうしたら俺のこと好きになってくれる?」
「いやいや、カツオ、彼女いるじゃん」

セミナーのときには「彼女がいる」と言っていたカツオだったが
それからすぐに「彼女と別れた」という報告を受けた。
マズいことになった。
「彼女いるじゃん」というのは文字通りの意味で
「彼女がいる身でそんなこと言う?」という意味であって
「彼女がいるから今はノーチャンだけど、別れたらワンチャンあるよ♪」という意味ではなかったのに。

その頃、私には気になっている人がいた。
ひょろりと背が高くて柔和でひとさじのサイコパスが混じったような人だった。
サザエさん一家の中ではマスオの性格に一番近しいので、「マスオ」と呼ぶことにする。

カツオからのうるさいほどのラインには既読をつけずに、マスオとデートしていた。
初めてのデートで井の頭公園を散策した。
初デートが散歩というのは気が楽だ。
沈黙になっても歩きながらだと不思議と気まずくならない。
大学の頃の話、どんな家庭で育ってきたか、過去の恋愛などなど、
初デートにふさわしい核心に触れすぎず、かといってなんとなくお互いの人となりが分かるような質疑応答をくり返した。
平和なデートだった。
マスオは仕事中に猫の交尾音声を聞いているという
サイコパスな噂からは程遠いあたりさわりのない人だった。
「思ったより普通だったな」と帰り道の井の頭線の中で思った。

ラインのアイコンの写真を変えると真っ先に連絡をくれるのはカツオだった。
自分の近影をアイコンにしたらすぐに「可愛すぎる」とラインをくれる。
カツオには好意を隠そうなどという我々一般人の考えはない。
「好き避け」「好きバレ」なんて言葉は多分知らない。
自らバラしにいっているようなもんだ。
「ごはん行く?」
「行かない」
「職場何階だっけ?」
「来る気?怖すぎる」
カツオと二人きりで会うのが怖かった。
会ったらカツオの勢いと熱量に飲み込まれてしまいそうだった。

程なくしてカツオは転勤になった。
連日デートを迫られる日々から解放された。
かといってマスオと付き合うわけでもなかった。
マスオに対してもピンとこなくて三回目のデートを断ってしまった。

それから数か月が経ったある晩、親戚が危篤になった。
父と母が急遽夜中に家を空けることになり、
その日ちょうど休暇で実家にいた私は留守番を頼まれた。
夜中の広い家に一人ぽつんと取り残された。
ベッドに潜ってスマホで漫画を読んだ。
今でも何を読んだか鮮明に覚えている。
「珈琲いかがでしょう」だ。
「珈琲いかがでしょう」を読んでしまうくらいには
不安で心細くザワザワした夜だった。

そんなとき、カツオのことを思い出した。
カツオにデートに誘われたのは五回とか十回とかそういう数を数えられる次元ではなかったし、
もしもカツオとの間に友情がなかったら、通報していいレベルだった。
けど。
カツオは一度だけ私を救った。
私が仕事がしんどくて折れてしまいそうなとき
「俺が養ってあげるよ」と言ってくれた。
冗談なんだかマジなんだかよく分からないその言葉に
あの夜だけは救われた。
全部放り出してカツオの胸に飛び込んだら
きっとこの人は受け止めてくれる。
そんな風に思えるだけで人って少し強くなれたりするから。
そのときの安心感が私の中には確かに残っていて
その夜、不覚にもカツオのことを思い出してしまった。

カツオの転勤先で地震があれば心配するくらいには友人として好きだった。
思い返してみればカツオほど熱心に(しつこく)誘ってくれた人なんて他にいないし
たとえ付き合わなかったにしても一回くらいデートに行けばよかったなぁと思ったりする。
「デートに行ってあげたらよかった」じゃなくて
あくまで自分のために行けばよかった。

転勤後もカツオからちょくちょく連絡は来ていたが
あるときパタリと来なくなって
きっと向こうで彼女ができたんだろうなと思った。
それはそれは喜ばしいことで
私はようやく本当の意味でカツオから解放されて
心底せいせいして
どこかちょっぴり寂しくもあったなんてことは
カツオには死んでも教えてあげない。

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