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屋久島3日目:台風でトレッキングコースは伸びる
3日目は白谷雲水峡トレッキングへ行った。
白谷雲水峡へは半日コースと1日コースの二種類から選べて、1日コースだと太鼓岩という、いわゆる絶景スポットまで行くコースになる。
予約する時に、きっと前日の縄文杉で酷く疲れ果てているだろうから半日にしようかと悩んだ。が、半日はいわゆる「その日の夕方に帰る人におすすめ」のコースだった。翌日の4日目で帰る予定だったし、昼から時間が作れたとしても車が運転できない故にそこから出かけるための交通手段も、どうせと言ったら投げやりだけど、実際になかった。せっかく遠くまで行くのだし奥まで行ってやろうという気持ちもあって1日コースを申し込んだ。
計算違いだったのは屋久島に台風が近付いていたことだった。
初日に到着した直後に「早く帰った方がいいよ」と言われたことから(4日目朝に帰るなら3日目午後は空けておいた方が良かったなぁ)なんていうようなことを3日目は朝からクヨクヨ考えていたりしていた。
逆に、計算が合って困ったのは予定通りの強い疲労困憊だった。前日に脚を冷水に漬けたり、ドラッグストアで買ったケアグッズを使ったりもしたけれど、果たしてそれが効いたのか分からない程の脚の筋肉痛もある。
それでまた今日もトレッキングなんかできるのか?と思ったし、後悔もしたし、全額戻ってくるならキャンセルしたいくらいではあったけれど、予約してしまったのだから仕方がない。あと、そういう原動力がなければ怠惰な自分は一生行くこともないだろうし「超やばかった(笑)」と帰ったら話のタネになるだろうと腹を決めた。朝4時出発の縄文杉コースと違って白谷雲水峡1日コースの出発は8時くらいの出発(半日コースはそれより少し早い)とはいえ、悩みながら寛いでいる時間もなかった。
朝食を食べていると集合時間より20分ほど早く本日のガイドさんが迎えに来てくれた。自己紹介と挨拶を済ませ、今日の天気はどうですかねえ、というような世間話をするよりも早くバッドニュースが2点お知らせされた。
ひとつは、先日の台風10号の影響で白谷雲水峡の通常ルートが塞がっていて迂回路を使用することについて。結果プラス1時間から2時間程度の長い行程になる。
もうひとつは、台風が接近している影響で雨の予報が出ていて増水が予想されることから、1日コースで行く太鼓岩までは行かない。
正直「プラマイゼロ!」と思った。太鼓岩に行かずに戻ってこられるなら実質半日コースだ。「腹を決めたぜ・・・・・・」という顔でピザトーストを齧っていたが、半日になるなら疲労困憊の体には有難い。迂回路で余計に時間がかかるから正午頃に戻ってくるというわけにはいかないが、縄文杉コースと比べて穏やかなコースだと聞いていたので、予定より少しは楽ができるだろうと目論んだ。弥生杉という樹齢数千年の有名な杉がその台風10号倒木してしまったことはニュース記事を読んで知っていたが、前日に杉はいっぱい見たし。元も子もないけど私は重めのスギ花粉症持ちで春は関東近辺の杉林を全て燃やし尽くしたいくらいには基本的に奴等を憎んでいるし。
同じツアーに申し込んでいる人達とガイドさんの車に乗せてもらい、ぐんぐんと山を登って行く。麓から登るのはとても無理そうだ。
登山同入口には明確な入場口があり、お金を払ってから中に入る。受付の横には失踪して見つからない人の写真や情報が張り紙されていて少し緊張する。聞けば遭難者は皆ガイド無しで単独または仲間同士で行った人達らしい。この先いくら登山にハマって経験を積んで再訪するようなことがもし万が一あったとしても屋久島では絶対にガイドを申し込むぞ、と気持ちを改めた。
白谷雲水峡は舗装されていて歩きやすく縄文杉より短いから簡単、と聞いていたのだけれど、この迂回路というのがただの「遠回り」ではなかった。正直とんでもなかった。
旧登山道から楠川旧歩道という、かつて江戸時代から使用されている山道でとにかく足場が悪い。踏み外せば即時崖の下に転がり落ちそうな急斜面の細い道で、山肌と木の枝にしがみつきながら登る。ガイドさんが明るくて優しい方だったので終始明るい雰囲気なのに、怪我をしたくない一心で黙々と歩いた。
ただ、縄文杉のトロッコ道を終えたあとの登山道の急斜面に比べればいくらか脚への負荷は少ない。前日からの筋肉痛と疲労さえなければ、ちょっと激しい高尾山の難易度高いコースと同じくらいの難しさ、だったと思われる。前日に22kmのトレッキングをしてなければ楽しく歩けたかもしれない。
往路は、幸運なことに雨に降られずに苔むす森、通称「もののけの森」まで行くことが出来た。
体の疲れから朝から負の気持ちを運んできたけれど、そういうのを忘れるくらい景色は美しかった。現実離れしていて感動するのに時間がかかるくらいだった。
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そして、また計算外のことが起きた。
ガイドさんが是れ幸いというような顔をして
「雨降ってないし太鼓岩まで行きましょう!」
と言い出したのだ。
「イヤです!!!!予定通り引き返しましょう!!!!!」
と声が口から出かけたが、同じガイドさんのツアーで来ているのは私だけでは無い。登山初心者は私だけで他の方達は概ね元気且つ積極的で「やった〜!」と歓迎の雰囲気だった。元々半日コースより多めの参加費を払いそのために時間を作って来ているのだから至極当然の反応に違いない。
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そこからは無心だった。筋肉痛も、和らぎはしないがさらに酷くなっていく気はしなかったし、今更弱音を吐いて戻れるような場所でもなく、歩かないと終わらない場所に来ていた。それほど長くは無い急斜面を登ったところに太鼓岩はある。
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霧が深いと周囲が見えなくてそれはそれで幻想的な景色らしいのだけど、この日は曇りながら遠くまで見晴らすことが出来た。昨日歩いた道はあの辺ですよと指差してもらい改めてよく歩いたものだと感慨深くなる。岩の先っぽまで行って立つほどの思い切りはなく、真ん中あたりで満足した。
そして来た道を黙々と戻った。
上りよりも下の方が体力的には楽だけど、滑落が恐ろしいのは前日以上だった。特に白谷雲水峡は縄文杉コースよりも「森の中」と言う雰囲気で、ガイドさんなしでは遭難するのも、遭難者が見つからなくなってしまうのも必然のような深さを感じさせた。前日のように、競歩のようにして歩くことはできず、一歩一歩足裏で岩や木の平らさを探しながら降りて行った。
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復路が始まると間もなくして雨が降ってきた。ゴアテックス製の防災ハットがよく仕事をしてくれたが、それでも途中でズレて外したコンタクトレンズの代わりに着けていたメガネがとにかく曇った。途中で拭く余裕もなくなって、景色を見た覚えはない。ただ足元の安全性を確認した記憶だけが残った。旧歩道まで戻ってきた頃には膝下がドロドロに汚れた(ツアー会社からのレンタル品なので洗わずそのままお返しすることになった。有難いけれど少し申し訳ない)。復路も当然迂回路を回って降りた。
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こうして私の屋久島トレッキングは無事終了した。言わずもがなの疲労ではあるものの、怪我なく帰って来れただけでも感謝したい。
屋久島トレッキングの総括として、縄文杉コースと白谷雲水峡コース、どちらがおすすめかともし聞かれたら迷うのだけれど個人的には、
記念に残る体力試しをしたいなら縄文杉
美しい景色を見たいなら白谷雲水峡
また二度目があってどちらか片方へ行くなら、私は白谷雲水峡を選ぶような気がする。せっかく屋久島まで来たのだからメジャーなコースをどちらも行っておきたいというのが大前提として旅の定番だということは、その通りなのだけど。白谷雲水峡の通常ルートも歩いてみたいし。縄文杉の橋渡りがちょっとしたトラウマになるくらい怖かったというのも大きい。天気、特に台風の有無でも大きく印象は変わりそうだ。
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台風といえば、日程にちょうど近づいていた台風は、屋久島から大きく南の方で停滞していて4日目の夕方でも十分飛行機は飛んでいるだろういう話になり、安心した。
4日目はバスを使って気ままに街歩きでもしよう、とお寿司を食べながら呑気に思っていた。本当の疲労困憊と筋肉痛というとのを私はまだ知らなかったのだ。