![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/148935302/rectangle_large_type_2_29ed576225fd9520cdd45ed0a57ec63c.png?width=1200)
【オリジナル小説】旅人ミルフィと幻想列車1
カタンカタン。
小気味いい音がリズムを刻み、鼓膜を撫でていく。ゆりかごの中のような揺れが心地いい。
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
夢へと沈んでいた意識が上昇し、ミルフィはゆっくりと目を開いた。鮮やかな赤色の瞳が車内を映し、同じ赤のリボンでツインテールに結わかれた薄紅色の髪がふわりと揺れる。
目線を上げれば、飴色の天井と、ぶら下がったシャンデリアが見えた。
右側には、大きな窓。景色が後ろへと流れていく。今は森の中を進んでいるらしい。深い緑色が列車を囲んでいた。
そう、列車。ミルフィは昨晩この『幻想列車』と呼ばれる列車に乗り込み、旅をしていた。
ミルフィ以外の人の姿が見受けられないのは、この列車に『幻想』という名前が付いているからだと言えるだろう。
列車の行先は決まっていなかった。車掌の運転と稀に乗車する客の注文、または気分などで進む方向が選ばれていた。走っている足元にレールはない――否、見えないレールの上を進んでいた。
『幻想列車』は、魔法で作られた列車なのだ。
故に、『幻想』などと呼ばれている。列車の通り道にいなければ乗ることができない。乗車できるかどうかは運しだい。幻の列車。誰かが作り出した空想、お伽話の列車。そう言った話をミルフィは耳にしたことがあった。
けれど、実際は『幻想列車』は存在する。ミルフィがこうして乗車しているのが、何よりの証拠だ。
さて、そんな『幻想列車』に揺られて目的地までのんびりとしていたミルフィだったが、ふと、視界の片隅で小さな影が動いたことに気が付いた。
そちらに目をやって、紅色の瞳を二回瞬かせる。
ミルフィが座る席の斜め前。三席ほど離れた場所に、人の姿があった。幼い少女が蹲るようにして座席で丸まっていた。
珍しい、とミルフィは思った。この列車に人の姿があるなんて。それも、こんな幼子が。
興味や好奇心は、身体を動かす原動力となる。
ミルフィは腰を浮かせると、傍らに置いていたバッグをそのままに少女に近付いて行った。
コツ、コツ。ミルフィの焦げ茶色のブーツが木の床を踏みしめ、軽い音を鳴らす。白いブラウスからは甘い花の香りが巻き上がり、ブロンズのスカートは揺れ、上に羽織った深緑色のロングコートは風に靡いた。
近づく影に、俯いていた少女がふとを顔を上げる。
青い瞳と目が合う。
泣いていたのだろうか。深い青色は海のように煌めいていた。
「こんにちは」
小首を傾げるようにしてミルフィは一つ、挨拶を口にする。
その途端、少女はハッとしたように顔を背けた。驚きに上がっていた眉と眉の間に皺を寄せて、可愛らしい顔を歪ませる。組んでいた両手を握り、更に膝を抱え込んでしまった。それはミルフィを――人を拒絶していた。
降って来る視線を振り払うように、少女は再び膝小僧に顔を埋める。
ミルフィは少し考えて、彼女の横を通り過ぎた。座席に挟まれた通路をまっすぐ進み、前の車両へと足を進める。
『幻想列車』はただの列車ではない。それは先ほど記した通りだが、その不可思議な要素とは別で、この列車は乗車した客が寝泊まりできるようにもなっていた。
食堂だけでなく、小部屋や寝室、さらにシャワールームまでもが設備されているのだ。それもあり、ミルフィはこの列車が気に入っていた。
ミルフィが入った車両は食堂になっていた。真っ白なテーブルクロスが敷かれたテーブルに、様々な料理が並んでいる。客が少ないのにも関わらず豪華なのは、この列車を持つ車掌のこだわりだろう。
どの料理も目を惹いたが、ミルフィは迷わず目的のものを手に取った。くるりと踵を返すと、元居た車両に戻る。
少女は変わらず顔を伏せっていた。
ミルフィは何も言わず、無言でまた少女のところに行った。彼女がこちらに気づいていることを知りながら、まるで知り合いのように正面の座席を腰を下ろす。
向き合っている座席の間には小さなテーブルが置いてある。
ミルフィは天井と同じ飴色をしたテーブルの上に、持ってきたもの――ショートケーキを二皿、ことりと音を立てて置いた。片方をずいっと少女の方に押しやると、フォークを皿に引っ掛けるようにして備える。そして自分も左手にフォークを持ち、ケーキを一口味わった。
広がった生クリームと苺の甘さが頬を緩ませる。やはり甘いものはいい。いつだって幸せな気分にさせてくれる。
一口一口舌に染み込ませるようにしてケーキを堪能すると、ミルフィはフォークを置いて背もたれに寄り掛かった。それから、そっと目を閉じる。さらりと、肩にかかった薄紅の髪が滑り落ちた。
カタンカタン。レールの上を走る音が静かに木霊する。
そのリズムの間に、かちゃり、という音が入り込み、ミルフィはそっと瞼を持ち上げた。顔は動かさず、薄目を開けて窓ガラスを見る。
そこには、そうっと腕を伸ばす少女の姿があった。ミルフィの方を窺いながらフォークに手にした少女は、ケーキを掬ってぱくりと口に入れる。すると大きな愛らしい瞳が更に大きく見開かれ、彼女は何度もケーキと口の間でフォークを行ったり来たりさせた。その光景に、ミルフィは少しだけ唇の端を緩めた。
つづく。