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短編小説:クラスターゴースト

クラスターゴースト
村先ときの介 

 白南風が家の中を吹き抜ける。
 俺は自宅兼ゲストハウスである家の、開けられる窓とドアの全てを開け放って、夏の涼を確保していた。
 それだけで三十度近い暑さがどうにかなるはずもなく、俺の毛穴という毛穴から水分も塩分も吹き出し、シャツはべったりと肌にへばりついた。
 とはいえ光熱費の節約を考えれば、一人ならまだ耐えられる。
 今日は今のところ新規宿泊客のチェックイン予定もない。これから飛び込みの予約があるかもしれないが、それはその時に考えればいいだろう。
 しかしこれから高校生バイトの岡野が掃除しにくることを考えると、やっぱり冷房は入れておいたほうがいい。ここで熱中症になられたら目も当てられない。
 俺はリビングのテーブルの上にある冷房のリモコンに手を伸ばす。
 ふと頭をよぎった。
 臼井さんは、いつ帰ってくるのかと。
 そう思った瞬間、玄関先から冷気を感じて振り向いた。
「明石さん」
 案の定、宿泊客の臼井さんだ。彼の頭よりも大きなスイカを抱えている。
「スイカ、貰っちゃいました」
 と臼井さんが玄関に入ってきた。
「ずいぶん立派なスイカですね!」
 さすがに重そうなので、スイカを引き取りにいく。
 臼井さんに近づけば近づくほど、俺の体感温度は下がり、滝のように流れていた汗は冷えていく。
 スイカに手をかけたとき、全身に寒気を覚え、俺はくしゃみをした。
「ああ、失礼」
 受け取ったスイカはすぐにでも美味しく食べられそうなほど、キンキンに冷えている。
「にしてもどうしたんですか? このスイカ」
 臼井さんは靴を脱ぎながら答える。
「家を見せてもらいにいったとき、なりゆきでパソコンの設定を手伝ったら、お礼にと」
 臼井さんは家探しをしている移住者だ。これから住むための物件を見に行っていたのだろう。
「一人ではどうしようもないので、明石さんに」
 なんにせよ、スイカの差し入れは有難い。
「ありがとうございます。これからバイト君もくるんで、そしたら一緒に食べましょう」
「はい。僕も次の用事が夕方からなので、リビングで仕事をさせてもらってもいいですか?」
「いいですよ。コンセントとかも好きに使ってください」
 そんな会話をしながらリビングへ向かう。
 臼井さんは、この日の盛りに外出していたとは思えない服装をしていた。
 ジーンズの長ズボンに、長袖のYシャツ。その上からジャケットを羽織り、挙句の果てにはガーゼマフラーをしてるのである。
 紫外線を気にしてる女子だったとしても、暑苦しすぎるだろ。
 といいたいところだが、今は俺もこのくらいの厚着がしたい。
 寒い。寒すぎる。
 なぜか臼井さんが家にいるときだけ、この家の温度が下がるようになった。
 おかげさまで臼井さんが泊まりにきてくれてから、一度も冷房のスイッチを入れていない。
 俺はキッチンにスイカを置いてくると、リビングの椅子にかけてあったパーカーを羽織る。
 臼井さんは向かい側の椅子に座り、肩にかけていた鞄からノートパソコンを取り出してテーブルの上に置くと、仕事をはじめた。
 この局所的かつ異様な寒さの原因は、臼井さんにあるように思うのだが。
 証拠もなければ根拠もない話なので、どうしたものかと考えあぐねていると、バタバタと走ってくる足音が聞こえてくる。
「やっほー! 明石さん!」
 と玄関に男子高校生が飛び込んできた。バイトの岡野だ。
「おう。テストお疲れ」
 定期テストを終えて、久々に出勤してきた若者を出迎える。
「オレ、超がんばった~。赤点は回避できそう~」
「おー、よかったな」
 岡野は式台にあがると
「ちょっと冷房強すぎません? 設定温度、上げましょうよー」
 といいながらリビングに向かう。
 すぐに仕事をしていた臼井さんをみつけて
 「こんにちは!」
 と元気よく挨拶をした。
 「オレ、岡野健っていいます! ここでバイトさせてもらってます!」
 臼井さんがお客様だと察して、ハキハキと自己紹介をする。
 「臼井です。移住したくて、家を探しにきました。しばらくお世話になります」
 と岡野に丁寧に会釈した。
 すると岡野は
 「そちらのお姉さんは?」
 といいだした。
 その一言に、俺の思考回路はフリーズする。
 臼井さんも目を見開いて
「僕、一人だけど……?」
 と戸惑いながらいった。
「え? じゃあ、臼井さんの横に立ってる女の人は……?」
 どう見ても今ここにいるのは、俺と岡野と臼井さんの三人だけだ。
 新規のチェックインの予定もなければ、女性の来客もない。
 岡野、お前に何が見えているんだ?
 当の岡野は臼井さんの隣の、あらぬ虚空をしばらく見つめたあと
「そっか幽霊だったか~」
とあっけらかんといった。
 今度は臼井さんがフリーズする。
 俺は目の前に幽霊と思しき何かがいるにも関わらず、その存在を警戒もせずにあっさり受け入れている岡野が心配になった。せめて怖がるとか不審に思うとか、なんかあるだろ。
 俺の心配をよそに、岡野は時折、虚空に向かって相槌を打っている。
「そうだったんだ~」
 と大きく相槌を打つと、俺のほうを向いて
「臼井さんに憑りついてここまできたんですって」
 と幽霊のいっていることを通訳しはじめた。
「お、おう……」
 俺は状況が飲み込めず歯切れの悪い返事をした。
「どうりで寒いと思った」
 臼井さんが呆然と呟く。
「臼井さん、優しそうだったから、ちょっとくらい一緒にいても許してくれるかなって思ったみたい」
「いや、さっさと成仏しろよ!」
 優しそうだからという理由で幽霊に憑りつかれた臼井さんが不憫である。
「『私は推しが死ぬまで成仏しない』って」
 岡野はそう返事をした。
 そこにいる幽霊は推しの活躍を見届けたいから、成仏してないのかよ。
 ……推し?
「さくらさんの推しって、誰なの?」
 岡野はズボンのポケットからスマホを出す
 そこにいる幽霊はさくらさんというのか。
 岡野は動画投稿サイトで検索しながら、臼井さんの隣に座った。
「幽霊とか、怖くないの……?」
 臼井さんがおそるおそる岡野に訊ねる。
「怖くないです。みんないい人ですし、一緒に遊ぶこともあります」
 と岡野は平然としている。
 俺も岡野が霊感体質であることをはじめて知った。それ以前に、岡野本人を含むこの状況を放置していていいんだろうか。
「『ももやなるみ』ってこの人?」
 岡野は臼井さんの顔の前に腕をのばし、誰もいないところにスマホの画面を見せた。
「桃谷成己って、劇団・飴玉計画にいた?」
 臼井さんがやや前のめりになる。
「知ってるんですか?」
「学生時代、下北沢で舞台やってて。懐かしいなぁ、飴玉計画」
 と臼井さんは岡野に演劇の話をしはじめた。
 俺は臼井さんのなかで、幽霊云々の恐怖よりも、ややマニアックな趣味を共有できることの喜びが勝ったことを悟る。
 岡野もこんな感じだし、幽霊だろうがなんだろうが、人の身に害がなければいいか。
「え? 桃谷さんって歌手活動もしてるの?」
 桃谷の話をしはじめてから、少し暑くなった気がして、俺はパーカーを脱ぐ。
「ライブ映像、配信してる!」
 ラッキーといわんばかりに岡野がライブ動画を再生しはじめる。
 俺も岡野の後ろに立って、岡野のスマホを見た。
「うわ〜カッコいい! 手足長いね! 身長高そう~」
「ダンスもうまいな」
 二人が桃谷に食いついた瞬間、一気に室温が上がる。
 それこそライブ会場並みの熱気になった。
「あっつ!」
 岡野が叫ぶと同時に、臼井さんはガーゼマフラーを外し、ジャケットを脱ぎはじめる。
「も~! 急に温度を変えられたら困るよ! 二十六度、維持して!」
 岡野が虚空に向かってむくれる。
 すると部屋の温度がエアコンよろしくの快適温度になった。
「幽霊……さくらさんは、空調コントロールができるのか?」
 俺はライブ映像を眺めながら、岡野に訊ねた。
「興奮したり落ち込んだりすると上下しちゃうみたいだけど、気分が良ければできるって」
「へぇ……」
 引き続き、桃谷のライブ映像を見る。
 歌は普通に上手いし、表現力豊かで観ていて飽きない。
 桃谷は人を引き付ける力の強い、正真正銘のエンターテイナーなのだろう。
 これなら、アリだ。
「なぁ、さくらさん」
 さくらさんがいるであろう場所を見て、取引を持ちかける。
「昼間はエンドレスで桃谷成己の曲かけるから、うちで空調やってくれないか?」
 空間が、少しだけ熱を持つ。
「いつかライブも行きたいって」
「わかった。これは俺も生で観てみたいし」
 俺の身体に人肌くらいの熱が纏わりついた。
「交渉成立だな」
 スマホ画面に視線を戻す。
 すると桃谷がシャツをめくり、しなやかな腹筋を露出させ、足を大きく開いて腰を前に突き出した。
「エロっ!」
 今のは反則だろ!

*****

 さくらさんがやってきてから二年が過ぎようとしていた。
「明石さん、おひさー!」
「なるライ前夜祭やっていいですか?」
 いつの間にか、桃谷成己のファンが経営しているゲストハウスがあるといった俺たちの口コミが、ファンの間で広がっていた。
 そのおかげで、この近くで彼のライブがあるときに宿泊してくれる遠征組の女性客が増えたのだ。
「おかえり、大島姉妹。まず部屋に荷物置いてきな」
 彼女たちもこの一言だけでわかってくれる常連だ。
「今回のライブは明石さんも行けるんですか?」
 妹の八恵が俺に訊ねる。
 俺はスマホ画面を見せて
「やっとチケット取れたから、明日は会場まで車出すぜ」
 姉妹は黄色い声をあげて大喜びすると、部屋に荷物を置きに行った。
 俺はなるライ前夜祭と呼ばれている桃谷成己のライブ映像鑑賞会をやるために、物置にしている部屋へプロジェクターを取りに行く。
 ここ数日は、いつもより室温が高めだ。
「明日のライブ、楽しみだな」
 背中のあたりが、ぽっと暖かくなった。

〜あとがき〜
坊ちゃん文学賞のお焚き上げです。
もっと練り直して育てようかなと思ったのですが、しばらくその余裕がなさそうなので、今出してしまうことに。

練り直しはまたできるので。

結構、季語感を大事にしつつ、コミック小説だと思ってます。
元ネタ実話もあります笑
中の人、霊感はないつもりなのですがアヤシイ事件がありまして。
その時に「おや…?」思ったのが始まりです。

ショートショートにしてはベタな感じのネタでパンチはないかもしれませんが、短編小説の起結としては充分だろうと思っています。
細かいレトリックの仕込みも多いです笑

といいつつ本格的な執筆期間は2週間ほどだったので「これ舞台は日本のどこなんだ?」とかそのあたりを置き去りで描き始めた記憶があります。

やっぱりちゃんと育て直したい本ですね(*´-`)

これを投稿する前に友人5人ほどに読んでもらったのですが、大ラスで意見が割れたので別バージョンのラストが存在しています。

初稿エンドの方が好きな人が多くてまとまりがあったので、結局そのまま出しました。
没エンドも好きなのですが、4000字に収めるには厳しい内容だなというのもあり。
今回はそちらも出しておこうと思います。

〈ED.春Ver〉
 さくらさんがきてから月日は過ぎ、家の軒先に燕が巣を作りはじめていた。
「彼女と同じクラスでしたー!」
「おー、よかったな」
 始業式から直行してきた岡野を出迎える。
 岡野は去年の文化祭でバントに誘われて桃谷成己のカバーをやったら、モテ期到来。しっかり彼女を作っていた。
 そのバンドのメンバーとネット配信もやっていて、配信で俺とさくらさんとこのゲストハウスの話をしたことで「桃谷ファンが経営しているゲストハウスがある」と口コミで桃谷ファンに広がった。 
「なるライ前夜祭会場に到着ー!」
「お久しぶりです」
 そのおかげで、この近くで桃谷のライブがあるときに宿泊してくれる遠征組の女性客が増えたのだ。
「おかえり。大島姉妹」
 おかえりといえるお客様がいる幸せを噛みしめる。
「あの……」
 姉の八恵が伏し目がちにいう。
「臼井さんは、いらっしゃいますか?」
 こっちに移住してきた臼井さんは、ここで地域の人へのIT講習会をしてくれているが、今日その予定はない。
 疑問に思っていると、臼井さんが息を切らしながら走ってきた。
「八恵さん……!」
 臼井さんの必死さを見て悟る。近いうちに尋問してやらねば。
 桜まじが俺たちの間を吹き抜ける。
 今日はチェックインの予約で満室だ。
「室温低めで頼むな」
 といっても意味ないだろうけど。

〈終わり〉

これからも最低でも年1本くらい書けたらいいなと思いますが、いやはやどうなることやら。

ではではまた。
ゆるりとその日まで。

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