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児童文学:カラスと風の子

冴えた空気に包まれて、山は眠る。
木々は葉をおとし、小枝に雪をのせて、ただひっそりとたたずむ。
地面にはつもりつもった雪が幾重にもなる、冬のある日。

雪の上をカラスが歩いていました。
カラスはふっくらもこもこと、まるっこい姿をしています。
「ああ、さむい、さむい」
さむさから身を守るように、カラスはまた羽毛を逆立てます。
あたまの羽毛まで逆立って、ツンツンしてきました。
「新鮮な食べ物もない、たのしめる花もない、遊びたくても、なんにもない。冬ほどわびしい時期はないぜ」
はくため息も、雪に染まってしまいます。
「古巣に貯めた飯も食ったし、さっさと巣にかえって昼寝でもするか」
カラスがトボトボと巣にかえろうしたとき、ビュウウとつよく大きな北風がふきこみました。
「ああ! つめたい!」
カラスの身をおしりから真っ二つにしてしまいそうなつめたさです。
「いたい! いたい!」
まるで雪玉をぶつけられているみたいに、おしりがゴンゴンといたみます。
ゴンゴン?
カラスはふきつける風の身を切るようないたみではなく、雪玉がぶつかるようないたみを不思議に思いました。
ふりむいておしりをみてみると、ツヤツヤしたガラス玉のようなものがついています。
そのガラス玉がずっとゆさゆさ左右にゆれているのが気になって、カラスはおしりをのぞきこみました。
するとガラス玉と目があいます。
「やぁ! ボクは風の子!」
それは、風の妖精の子どもでした。
風の子はおたまじゃくしのようなかたちをしています。
「しっぽがこおっちゃって、困ってるんだ」
そのおたまじゃくしのようなしっぽに、氷のかたまりがついていました。
風の子は、その氷のかたまりをふりおとすために、一生懸命しっぽをふっています。
「いてっ」
しっぽをふるたび、カラスのおしりに氷のかたまりがあたります。
ふりふり。
「いてっ! つめたっ!」
ふりふりふり。
「だからいたいって!」
ふりふりふりふりふり。
「いつまでやってんだ!」
しびれをきらして、カラスが風の子をふりおとします。
風の子が雪の地面にふりおとされたひょうしに、ポーンと氷のかたまりがわれました。
「やっととれたぁ!」
風の妖精の子どもは大よろこびして、ぴゅんぴゅんとカラスのまわりを飛びまわります。
「あんた、ひとりだけか?」
カラスはたずねます。
風の妖精は世界中に季節を届ける運び屋です。
春のあたたかさも、冬のつめたさも、ぜんぶ風の妖精たちが運んできます。
その風の妖精は、ひとりではなく、集団で旅をしているはずです。
ですがこの子の他に、風の妖精はみあたりません。
「さっき君にぶつかったときに、みんなにおいていかれたみたい」
さきほどの北風をおこした妖精たちといっしょにいたのですが、はぐれたようです。
「きっと別の風の妖精たちがきたら、ボクをひろってくれるさ」
風の子はあっけらかんとしています。
「だからそれまであそぼうよ! ボク、こんなに雪がいっぱいあるところはじめて!」
風の子は「あそぼ、あそぼ」とカラスの目の前で、ぷよぷよ浮かびながら、リズミカルにはねています。
なんだかんだカラスも退屈していたので
「まぁ、巣へのかえり道でいいなら、つきあってやる」
と風の子のさそいにのることにしました。
「やったぁ!」
風の子はバンザイしたいきおいで、背中からうしろむきに一回転しました。
「いくぞ」
カラスはテトテトと歩きはじめます。
「飛んでいかないの?」
カラスのあとをついてきた風の子はたずねました。
「飛ぶとさむいからな」
カラスはそっけなくこたえます。
「ふーん、きもちいいのに」
風の子はさもさもきもちよさそうに宙を舞うと、おもしろいものが目に入りました。
「わぁっ! 君にそっくり!」
風の子がいきおいよく飛んでいった先をみてみると、雪だるまがありました。
ひょうたんのかたちをしていて、細長いあたまに、くちばしのような枝が一本ささっています。
そして目には大きな黒い石がらんらんとかがやいていました。
カラスは雪だるまをみて
「オレのほうがイケメンだろ」
といい、そのまま歩きつづけました。
また少しばかり歩いていったところで
「わぁ! みてみて!」
とまた風の子はなにかみつけたようです。
「もえてるみたいにまっ赤っか!」
風の子が飛んでいった先には、大きな木がありました。
木の幹は、空に近くなればなるほど、夕やけにそまった大地のような、力づよい赤色をしています。
そして木の枝は太陽になりたいといわんばかりに、太い枝をうねらせながら、大きく枝葉をひろげています。
「どうしてあの木はあんなに赤いんだろう?」
風の子は首をかしげます。
「あれはアカマツだな」
カラスは足をとめてこたえます。
「アカマツが赤いのは元気な証拠だ。でかくなってる部分が赤くなってるんだ」
カラスのいうように、大枝のすこし下のほうから木の皮が赤くなっている部分がふえて、大枝より上の小枝たちはすべて、すみずみまで血液がいきわたった血管のように赤くなっているのでした。
「冬でも大きくなろうとしてるんだ」
風の子はアカマツの赤い木の皮にみとれながら、こういいました。
「生きてるんだね。すごいね」
そしてアカマツの木をなでなでしました。
アカマツのもえたぎる炎のような赤は、つよいつよい生命力を感じるものでした。
虫たちや動物たちが眠ろうと、他の木々が葉をおとそうと、たくましく生きています。
「雪のなかでも南のジャングルみたいな赤色にあえるとは思わなかったよ」
そういいながら、風の子は地上にいるカラスのところにもどってきました。
「おう。満足したか?」
カラスは自分のことをほめられたわけでもないのに、なんだか得意げです。
「うん。いこうか」
風の子はふよふよと、カラスはテトテトと、また雪のなかを歩きはじめました。
カラスはなにげなく歩いていきますが、風の子はあっちをチラチラ、こっちをチョロチョロと動きまわっています。
目にうつるものすべてが新鮮なようで、とてもたのしそうです。
そんな風の子が悲鳴をあげました。
「たいへんだ! ネズミさんがうもれてる!」
カラスは目をぎらつかせます。
ひさしぶりに新鮮な肉を食べられると思ったのです。
「どこだ!?」
カラスは必死にあたりをみまわします。
「こっち!」
飛んでいく風の子をカラスは追いかけます。
「ここだよ!」
風の子はネズミの真上でちいさな氷のような手をふります。
動く気配がありません。おそらくもう死んでいます。
「でかした!」
カラスにとってはとてもラッキーなことです。なにもしなくてもネズミの肉にありつけるのですから。
「いただきまーす!」
ネズミにかぶりつくと、とてもチクチクしました。乾いていて、味気ないなにかが、口のなかでゴロゴロします。
あわてて口に入れたものをはきだしてみると、枯れて木からおっこちたマツの葉でした。
「ネズミじゃないじゃないか!」
カラスは風の子に抗議します。
「みまちがえたみたい」
てへへ、と風の子は自分のあたまをぺしっとかるくたたきました。
あまり反省していないようです。
カラスは肩をおとしました。
「けっきょく、なんもなしかよ」
そして風の子にたずねます。
「冬がはじめてとはいえ、そんなにたのしいもんかよ? なんもないだろ」
カラスのしつもんに風の子はきょとんとしています。
「なんもないって、どうして?」
カラスは顔をしかめます。
「食うものも、花もないだろ」
食べものは風の子にとって重要なことではなさそうですが、花がないのはなんともさみしい気がします。
「花? 花ならあるじゃない」
風の子はふわりと浮きあがりました。
「これは花じゃないの?」
といってマツの木のはしっこのまるいものにぶらさがりました。まつぼっくりです。
「そいつはまつぼっくり。花というより、実だな」
カラスはこたえます。でもじつはカラスもよくわかっていません。
木の実であるまつぼっくりですが、実はかたくてぶあつい茶色の花びらがたくさんついている花だといわれたら、そうかもしれないと信じてしまいそうです。
「花じゃなくても、まつぼっくりはかわいいねぇ」
風の子はまつぼっくりによじのぼって、そのままだっこしています。
「マツの葉だってきれいだよ。春の緑に負けないくらい」
たしかに木の幹もなんとなく覇気をうしなって単調にみえる風景のなかで、マツの葉だけが鮮やかで安定した緑色をしています。
「それによくみてごらんよ」
風の子はまつぼっくりからはなれて、マツの幹のほうへ飛んでいきます。
「木の幹だってこっちはこげ茶色ぽかったり、この木はちょっと橙色ぽかったり」
あっちの幹へ、こっちの幹へと、飛びまわります。
「みんなちがって、おもしろいじゃないか!」
今の風の子の目には、なんでも新鮮にうつるようですが、カラスにとってはみなれた景色で、心おどるような発見にはなりません。
「みんなちがうといっても、みんな似たようなものだろ」
カラスは歩きだします。
「こっちにはマジでなんにもないぜ。雪と枯木立だけだ」
カラスが自分の巣にかえるときに必ず通らなければならないところですが、この場所の冬の光景がすきではありません。
すべて吸いこまれて、なにもかも消えてしまうような気がするからです。
普段は羽で飛ばないと、大枝の分かれ目にのることはできません。ですがこの時期はひょいとジャンプすれば、大枝の分かれ目にのることができるくらい、雪が高くつもっています。
雪が音を吸っているのか、音を出すものがいないのか。なんであれ静かすぎるほど静かです。
木の肌も、どれだけ炭を体にぬりたくったらそんな風になれるのかと思うほど、みんな重たい色をしています。
そして、雲が空を隠しています。
そんな日はこの場所から、色が消えるのです。
おそろしく平面的な光景に、カラスは不安になります。
自分も空間に切りとられて、この世界から消されてしまうんじゃないか。
あるいは自分もこの光景の一部になってしまって、今いる世界にかえってこられなくなるんじゃないかと。
そんなこと、あるはずがない。
カラスもあたまではわかっているのですが、心のざわざわは止められず、足取りも重くなります。
木と木の間をぬうように飛んでいた風の子がカラスに追いつきました。
すると風の子は両の目がくっついてしまうのではないかと思うほど、大きくみひらいて
「まっ白だ……!」
と感激しました。
「こんな白みたことないよ! すごい! すごい!」
風の子はビュンビュンと平面的な雪野を飛びまわります。
「ここにボクしかいないみたい!」
飛びまわることに満足すると、めいいっぱい大きく体をひろげていいました。
「ここはぜんぶボクのものだ!」
と新雪にダイブ! なにをしても自由だといわんばかりのいきおいです。
「とうっ!」
風の子がバク転しながら飛びあがると、やわらかな雪がぶわあっと舞いあがります。
ふわりふらりとした雪のダンスがおわるのを待たずに、風の子はまた新雪にダイブ。
こんどは雪にもぐってから真上にバーン!
打ち上げ花火のように飛びあがります。同時に雪も間欠泉のように大噴射。
おやおやなにがはじまったかと、空にいるだれかさんたちも気になりはじめたのでしょうか。
雲をわって、太陽の光がさしこみはじめます。
舞う雪が光にこたえて、各々にかがやきます。
おどる雪は薄紅梅。
花火のよう舞い散る雪は中黄。
間欠泉からふきだした雪は水浅葱。
風の子が縦横無尽に動きまわるたび、雪の色がふえていきます。
カラスはちょっと目がチカチカしてきました。でもカラフルに光る雪から目がはなせません。
「やわらかーい! つめたーい! きもちいー!」
風の子は雪の上を転げまわっています。
雪の上に轍をつくると同時に、まわりの雪をまきあげます。
それはまるで雪でできた高波です。ビックウェーブです。手ごろな板をさがして、のってみたくなります。
風の子がピタリととまりました。
つぶらな瞳が空と雲をうつしています。
「ここならどんな風をおこしても、おこられない!」
急に風の子はぴょいんと飛びあがりました。
そして自分のしっぽを鞭のようにしならせ、パンと空気をたたきはじめます。
パン! パン!
風の子が空気をたたくたび、疾風がかけぬけます。
体にあたったらそれだけ傷ができそうな風です。
カラスはちょっと逃げたくなりました。
「わっ」
いきおいあまって風の子の体が一回転しましたが、動じません。
「これはどうだ!」
いきおいそのままにグルグルとまわりはじめました。
雪も風の子を包みこみます。
木々も巻きこまれるように、枝をゆらしはじめます。
「おい! 風の子!」
いやな予感がしたカラスは声をあげますが、風の子にはきこえていません。
そうこうしていると、風の子を中心に竜巻ができあがりました。
竜巻は近くにある、ありとあらゆるものをふきとばします。
雪だけではなく、氷のかたまりまでふきとばしはじめました。
竜巻がかたい雪をけずりとっているのです。
このまま竜巻が大きくなれば、土の地面がみえてしまうのではないでしょうか。
木々がこれでもかと枝をふっています。大枝も小枝も関係なく、それはもうブンブンと。
ちょっと熱狂しているみたいです。
竜巻にアツくなりすぎたのか、木の枝がバキィと一本、折れました。
カラスも飛ばされそうです。
近くの木につかまりながら、さっき逃げておけばよかったとひどく後悔しました。
声ももう、だせません。
ああ! だれかあいつをとめてくれ!
カラスが切に願ったとき
「おーい! なにやってるんだ!」
と東のほうから声がしました。
「ここでつむじ風をおこす予定があるとはきいてないぞ!」 
とてもとてもよく通る、澄んだ声がひびきわたります。
風の妖精たちです。
風の子も回転するのをやめ、声のほうをむきます。
「あっ、みんなー!」
なにごともなかったかのように、ちいさな手をふります。
カラスは安心して、その場にたおれこみました。
風の子のもとに、風の妖精たちが集まってきます。
風の妖精の大人は、それぞれちがう姿をしています。
てるてる坊主ような風の妖精もいるし、クラゲのような風の妖精もいるのです。
風の妖精は自分の得意な風のスタイルにあわせて、自分の姿を変えているのでした。
「ひとりでどうした? はぐれたのか?」
オオハクチョウの姿をした風の妖精が、風の子にといかけます。
「うん。でもカラスくんといっしょだったから、さみしくなかったよ!」
風の子がカラスのほうに手をむけました。
風の妖精はすぐさまカラスのとなりにいき
「うちのが手加減なしにすまかったね。大丈夫かい?」
とカラスの顔をのぞきこみました。
げんなりしていたカラスですが、のそのそとおきあがります。
「ああ……なんとかな……」
カラスは体についた雪をはらい
「まぁ、迎えにきてくれて、よかったぜ」
とすこしくたびれた笑顔でいいました。
なんだかんだ大丈夫そうなカラスをみて、風の妖精も胸をなでおろします。
「ここには東風をふかせにきたんだ。きびしい冬をおわらせて、あたたかい春をはじめるためにね」
そういうと風の妖精はオオハクチョウの羽をひろげて飛びあがりました。
「わるいがちょっとおくれ気味でね。すぐにいかなければならないのだ」
他の風の妖精たちも、オオハクチョウの姿をした風の妖精につづきます。
「おチビちゃんも、もういくよ」
声をかけられた風の子も、かれらと空へ舞いあがります。
「きょうはありがとう! またあおうね!」
そういって風の子は、風の妖精たちといっしょに、快晴の空のむこうにいってしまいました。
雪も木もなにもなかったかのように、とまっています。
カラスのまわりはまた、静かになりました。
なにもない光景にもどったはずです。
でもカラスはそう感じませんでした。
カラスは風の子が竜巻をおこしていた場所に近づきました。
雪に大穴があいています。カラスが背中からおっこちたら、でてこられなくなりそうです。
風の子一匹だけでも、この大穴。なんとパワフルだったのでしょうか。
カラスは風の妖精にはわるさをしまいと、心にちかいます。
そうしてカラスはしばらく大穴をのぞいていましたが、あるときフフッと笑いました。
「おもしろいもの、つくってくれたな」
雪にできた竜巻の大穴なんて、そうそうみれるものではありません。
カラスは満足して大穴からはなれると、ザッと雪をけりあげました。
放射状に雪が舞います。
雪が光をうけて、よりいっそう白くまぶしくかがやきます。
なんどか雪をけってみますが、風の子がとばした雪のように、カラフルにはなりませんでした。
白以外にどんな色になってくれるのか、もう一度みたかったのですが、仕方ありません。
いつかまた、めぐりめぐって風の子にあえたら、どうやって雪の色を変えるのかきいてみたいものです。
 とはいえ、いつくるかもわからない風の子を待ちつづけるだけではおもしろくありません。
雪の色を変える方法を、研究しよう。
カラスはそう考えはじめました。
せっかく研究をするんだ。風の子とはちがう方法で、雪の色を変えられないだろうか。
雪の色を変える新しい方法を探すために、ちょっと視点を変えてみよう。
そう思ったカラスは、両の羽をひろげて飛びたちます。
頬にあたる空気のつめたさは変わりませんが、自分の羽で飛んでいると案外きもちのいいものでした。
凛と澄みきった青空を、悠々と飛んでいきます。
空の青はどこまでもつづいていて、カラスにも世界一周ができそうな気がしてきました。
ふと地上に目をやると、カラスはハッとしました。
雪が青く染まっています。
山の影をうつして、宵の空のような色をしていました。
この色は、風の子もまだ知らないでしょう。
カラスの瞳が、黒曜石にオーロラをうつしたかのようにかがやきました。

もう冬に、退屈することはなさそうです。

おわり

〈あとがき〉
某児童文学賞に出して箸にも棒にも掛からなかった作品。
ただひたすら冬の光景の美しさを書いてましたね。
近所に一人吟行に行って撮ったふくら鴉の写真だけでこれ一本書いた記憶があります。

俳句をモチーフにした少年ドラマを書こうとしたのですが、どうにもこうにも折り合いがつかず挫折して、テーマを一気に絞り込んでこっちを書き上げた記憶もあります。

大賞は取れなくてもいいから「絵本にしましょう!」とか他の提案がこないか、みたいなあざといことを考えて書いてましたね(笑)

今回、放出するか迷ったのですが、二次加工とかコラボはあとでもできるなと。
今は数書いて腕を磨いて球数を増やす方が大事な気がしています。

実際、1回公募に出してからそれがクリアになるまでって結構かかりますしね。

そんなこんなで今年の投稿はおそらく今日で最後になります。
年末は中の人のリアルが忙しかったので、明日は少しお休みさせてください。
ではでは、よいお年を。

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