近い|遠い|浅い|深い
こんにちは!とけつだいこんです。インターネットで大喜利をやっています。最近は生大喜利もやっちゃってます。
随分と記事を書いていなくて、それもそのはず、大喜利のプレイヤーとしてはもう全盛期を過ぎちゃったかなと思っています。
でも記録として、何か定点的に残しておきたいなとふと思い、絞り出して書きます。あまり長く書くつもりはありません。
はじめに
初めてネット大喜利をしたのが2019年の夏ごろだった気がするので丸4年も大喜利をしていたことになります。
悲しいことですが、投票をする中で面白くないなーと思うことが増えてきています。
面白くない人が増えたというわけではなく、面白いと思う対象と、それを面白いと判定できる能力が向上した結果です。
どうして面白いのか、どうして面白くないのか、が自分の中でハッキリするにつれ、今まで「面白いのか面白くないのか分からなかったモノ」と「特に何も思わなかったモノ」を判別するようになりました。
「浅い」とか「近い」と言われる回答があります。
自分がある回答を「面白くない」と思う時、確かにそのような判定をしています。
でも、こういう表現ってピンとこない人からしたら言ったもん勝ちだと思われるし、ましてやプレイヤーとして終わりつつあるやつが抽象的な批判を繰り返すとただの老害と思われかねない。
なので、少しでも老害化を緩和するために私の中で「浅い」「深い(?)」「近い」「遠い」を定義することで、何か言われた時に言い訳できるようにしておこう!という記事です。
巷で言われているモノと同じとは限らないし、みんながそこまで抽象的な概念を言語化できているとは思っていないので、これから書くのは自分なりの考えです。悪しからず!
近い|遠い
大喜利の文脈でいう「近い」とか「遠い」とかは、そのまんま、お題に対する距離感を意味する形容表現です。
お題に対する距離感は、回答に使用するワードで決まることが多いと思います。お題の持っている要素と回答で使用しているワードの結びつきが強ければ強いほど「近い」と言われ、弱ければ「遠い」と言われているでしょう。
以前、お題に対する距離感については記事を書いたことがあります。
このお題に対する距離感についての考え方は当時とあまり変わっていません。
引用した記事では、さらにクリア率という勝手に自分が考えた概念でお題と回答との距離感を図る指標を定義しているのでもし興味があれば読んでみてください。
何が重要かというと、「近い」「遠い」というのはお題の要素と回答に使用されているワードの関連度を示しているに過ぎず、これは面白さと直接的な関係は持っていないと私は考えています。
浅い|深い(?)
では、「浅い」「深い」について考えてみます。
その前に、「深い」という言葉を使っているものの、「浅い」の反対が「深い」だから使っているだけです。「深い」のイメージって「奥深い」とか「興味深い」に引っ張られてやや神妙になってると思うのですが、それとはちょっと違います。ここで私がいう「深い」は「浅くない」くらいの意味で捉えてほしいです。
じゃあ「浅い」とか「深い」とは何か、結論からいうと、お題と突き合わせた時に初めて面白くなる回答かどうかです。
これを「お題に返っている」と表現している人も見たことがあります。
お題があってこそ面白いというのは、お題の要素を「近い」ところで拾っているかどうかでは決定できません。お題の要素と遠いワードを回答に使っていたとしても、お題と合わせると面白くなる回答はいくらでもあります。
超、感覚的なことを言いますが、このお題があってこそ面白い(=深い)回答は、お題見て、回答見て、もう一回お題見て、面白い!となるやつです。(一発で面白いと感じられるやつももちろんあります)
逆に、お題見て、回答見て、もう一回お題見て、面白くな!って思う回答もあって、それは押し並べて「浅い」回答だと思っています。
本来、これだけ書いて終わりにしたいんですが、老害と思われたくないので具体的な回答も一応示しておきます。
深い(=お題に返ってる)(と思う)回答
浅い回答
まとめ
ちょっと別の軸として、遠い回答は文体と相まって何言ってるのか分からないという状態になっている時があります。これを解釈できる程度は完全に人それぞれだと思うし、自分はそういう回答は面白くないとは思わないけど、評価はしないというふうにしています。
つまり、まとめるとこんな感じです。
お題に返るような回答を出せたら本望!と思って最近は大喜利をやっています。
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