【FGO SS】時告げ鳥と夜半の月【二次創作】3/4

はじめに:注意/WARNING

・本エントリは、「Fate / Grand Order」(以下「原作」)を原作とし、同好者の間だけで楽しむために作られた二次創作です。原作者様、他関係者各位とは一切関係ありません。
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・なお、本エントリでは原作のネタバレ要素を含みます(本編、各イベントおよび各キャラクター「幕間の物語」を含む)。ネタバレを好まない場合は閲覧をご遠慮ください。
・要素として「なぎかお」を含みます。苦手な方は閲覧をご遠慮ください。
・また、歴史上解釈が異なる事項について、筆者独自の解釈を加え創作しています。よって、歴史的な事実と相違する可能性があります。予めご了承ください。
 
・本編は短編小説ですが、約26,000字のボリュームであり、noteの表示性質上、エントリを分割し記事を作成します。

前回までの話は下記リンクからどうぞ。

■Chapter:06

 図書館は開かれた場所であるべきだ。司書であれば誰しも、そうした信念を持っている。自らの不在という些事で、誰かが書物を求める好奇心に応えられない、そんなことがあってはならない。そんなポリシーの下、紫式部は自らの不在時も図書館を開放している。半ば常駐している作家勢がガードマン代わりになってくれている事も、ひそかに心強い。忙しくしているようで、原稿に集中していない時間が非常に長い、ということでもあるのだが。

 紫式部はそんな図書館の状況を頭に思い描きながら、図書館の扉を潜った。図書館中央のロビーは閑散としているのが常だが、今日に限っては珍しい先客が、司書室前の机で厚い書物を紐解いていた。

「マンドリカルド様……?」

 図書館に戻った紫式部は開口一番、その来客の背中に声をかけた。ビクッ、と小動物のように反応すると、書物を持ったまま立ち上がり、声の主から距離を取る。

「あっ、さっきはその……いや、ちょっと調べ物を、と思ったッス」

 悪いことは何一つしていないが、それでも決まりが悪いように、悪事が明るみに出たときの言い訳をするような口調で彼は答えた。逆に周りが気を遣うパターンである。

「驚かせて申し訳ございません! どうぞそのまま、ごゆるりと」

 まさしく小心者同士の会話、というやりとりが行なわれると、紫式部は自席に戻り、しばしの静寂がその場を支配した。

 マンドリカルドはちら、ちらと横目に図書館の主を見ながら、話しかけようと口を開きかけ、と思えば、一言目にかける言葉に詰まって目線を本に戻し、やがて意を決して手を伸ばそうとして、いやこんな感じで話しかけても反応しづらいっすよね、と自問自答の末に手を引っ込める、という葛藤をしばし繰り返した。コミュ力、という言葉が頭に何度も浮かんでは、砂上の楼閣さながら、風に溶けて消えていく。

「ぁ……ぁっ」

 それでも勇気を振り絞り――彼にとって他者とのコミュニケーションは高い高いハードルなのである――、これにならない声を発し、紫式部を振り向かせることに成功した。ありがとう、世界はまだ温かい。

「どうかなさいましたか?」

 それ以上絞り出そうとしても続かない声の代わりに、右の手を差し出す。伸ばされた手を紫式部が見やると――思わず驚きの声を上げた。

「……それは」

 赤子の掌ほどの札が一枚、その手に握られていた。

「……あの、置いてったんすよ」

 主語も修飾語もすべて取り払われて、そのままでは意味が理解できないが、「彼が主語にしたくない相手」が誰なのかを想像すれば、自ずと相手が誰なのか、そしてどういう状況なのかは、かろうじて理解できた。なるほど、彼女は本当に、過剰なほど嫌われていることだ。

「ありがとうございます……!」

 紫式部はおずおずと札を受け取る。安堵の吐息が漏れる。そういえば、数だけ数えて、どの歌の札がなくなっていたのかを気に留めていなかったことに、彼女はそこで初めて気付いた。

「いや、その……いい、歌、ッス、ね」

 その言葉に思わず札を見やり――そして、感情が沸騰する。

「な、ななななな、何を!?」

 くもかくれ
 にしよはの
 つきかな

 札に書かれた下の句には、そうあった。

  めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に
   雲隠れにし 夜半の月かな

 紫式部の遺した三十一文字である。

 顔が一気に紅潮するのが、自分でも判った。冷や汗と震えが止まらない。寒気さえ覚えている。感冒薬はどこにあっただろうか、などと無駄なことを考えてしまう程度には錯乱している。ふぅ、ふぅと呼吸を落ち着けたが、それでも全身が火照ったままだ。

「……そうなんすよ、結局、本当に思っていることなんて、伝えられないっすよ」

 目線を合わせないせいで、彼女が赤面した様子に気付かないまま、彼は話し出す。そこで初めて、彼女は彼が何を熱心に読んでいたのかを見止めた。

 タイトルには、「全解説 小倉百人一首」とあった。

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 京都、平安京中宮。

 ある日。紫式部は、宮の近くに久々に幼馴染が訪ねてくるとあって、興奮気味にその日を迎えた。宮中に無理をいって、特製のお茶をこしらえ、普段自分では口にしないような菓子まで用意するなど、もてなしの準備には余念がなかった。

 久しぶりの幼馴染は、昔と変わらぬ笑顔で屈託なく話しかけてくれた。紫式部女は中宮彰子という主に仕え、そのこと自体は幸せではあったが、中宮での生活に多大な心労を抱えていたこともまた事実であった。現代においては明らかに「根暗」と断定されるであろう彼女の性格上、元来、生粋の友と呼べる存在も少なく、彼女――紫式部としてではなく、「香子」にとって、幼馴染との逢瀬がいかに待ち遠しかったかは、想像に難くないだろう。

 それなのに。

「ごめん、私はそろそろ行かなきゃ」

「えっ……」

 会って数刻も経たないうちに幼馴染から発された言葉に、香子は言葉を失った。今来たばかりじゃない、もっとゆっくりしていけばいいのに! と、ふっと沸き立った不の感情を、彼女はたってのところで飲み込んだ。

「ごめんなさいね、ゆっくりできなくて。話したいことはたくさんあるんだけど……」

「そう……なの……」

 引きとめることなど、彼女にはできなかった。いや、本当は引き留めて、時間を忘れるほど話したかった。そんなことを言えるほど、彼女は自分の気持ちに素直になれなかった。

 楽しみにしていた時間は、本当にあっさりと、あっけなく過ぎてしまった。

 もう少し、もう少しだけでも、話したかった。
 
 もしその気持ちを、素直に伝えられたら。
 
 ――きっと、なんて面倒な女だ、と思われたでしょうね。

 その時の思いを、彼女は歌に詠んだ。彼女の本質は、まるで蛇の如く、常に心の内を深く掘り下げ、深く掘り下げ、本当の気持ちを仕舞っておく。素直な気持ちにも封をして、その行き所のない思いを何かに逃がすため、歌を詠んだ。

 彼女にとって歌は、壺のように何かを閉じ込め、しまい込む道具であったのかもしれない。そうすることでしか感情の逃げ場を作れない、不器用な自分が恥ずかしかった。

 あの子に私の気持ちは伝えられない。それでいい。こんな汚い感情なんて、夜の帳に消えてしまえばいい。

 香子がその後、幼馴染に再び会えたかは定かではない。

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 すべてが正しい記録ではない。記憶との齟齬はある。しかし、そこに表した感情は、後世の書物に克明なまでに示されていて、その時封じた思いとの差異はごくわずかだった。自身では、そう感じている。

 誰にも見られたくなかったかもしれない感情。それを封じ込めたはずの歌が、後世になり、天才歌人と謳われた藤原定家に見初められ、世に広まった、というのは、いささか皮肉が過ぎはしないか。

「俺には、大それた文才も、センスもないッスけど」

 そんな思いに気付いていないのか、眼前の彼、マンドリカルドは続ける。

「気持ちをそのままぶつけられたら、と思うことは、そりゃ、たまにはあるっすよ。でもそんなの無理。絶対、無理っす。ストレートに感情を吐き出したところで、めんどくせぇ、って思われるのがオチっすからね」

 そう。その通り。それこそ、私が歌に封じ込めた感情だ。

「……でもまぁ、なんとなく、言いたいことは分かったッス」

 マンドリカルドがふと目線を外し、虚空を見つめた。最後の言葉だけは、確かに、別の誰かに向けられていた。マンドリカルドはその札を彼女の手から取り上げ、俯き震える彼女の視界の端にそっと置くと、目の前の本をそっと閉じ、立ち上がる。

「じゃ、自分の用事、これだけなんで。これ、借りてきますよ。自室のほうが、捗るんで……」

 そんな彼女を直視せずに、彼は本を小脇に抱え、おずおずと図書館の出口へ向かった。時々歩を止めて、ちらりと肩越しに彼女に目を遣ること二、三回の後、ふぅ、という溜息と共に出口のドアを開ける。ドアの動く音が、静かな館内にかすかに響いた気がした。足音は、聞こえなかった。

 図書館から出た彼は、いつもの癖で頭を掻いたが、今ばかりはいつもよりもむず痒い、気がした。

■Chapter:07

 もう少し、もう少しだけでも、話したかった。
 
 もしその気持ちを、素直に伝えられたら。
 
 ――きっと、なんて面倒な女だ、と思われたでしょうね。

「……さん? 紫式部さん? どうかしましたか?」

 はっ、と意識を開く。視線を低く落とすと、子どもたちが心配そうに、彼女を見上げている。具合でも悪いの、誰か呼んでくる、と口々に気遣う子どもたちに向かって、大丈夫です、と笑みを返す。それがかえって滑稽なほどぎこちない表情であろうことは、鏡を見ずとも理解できた。

「調子が悪いのかしら? お暇したほうがよい?」

「……そんな、そんなことはありませんよ、皆さんをお待ちしておりました」

 慌ててかぶりを振ったが、居場所はここにもあります、とアピールしているようにさえ見える自分が、どこか情けなかった。

 不意に。

「こけこっこぉーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 入口のかなり手前から、鶏の鳴き声が聞こえた。いや、正確には、誰がどう聞いても鶏の鳴き声には聞こえない、童でももう少しまともな物真似ができるのではないか、という次元で下手極まりない、ただの叫び声が聞こえた。あと、やたら甲高い。これほど図書館にそぐわない類の音声もない。評はこの程度にして、その場の全員に、声の主が誰なのか、心当たりがあった。

「なぎこ、さん……?」

 思わず、声の正体が紫式部の口から漏れる。次の瞬間、衝動的に入口へ駆け出す彼女がいた――が、小さな影に行く手を阻まれる。

「お待ちください、紫式部さん。……すみません、最初にお伝えすべきことを、言い忘れていました」

 リリィが四人組を代表して、前に出る。心なしか得意げな表情を浮かべている。さすがに子供を押しのけて外へ向かうほどの気概はなく、歩みを止める。

「言伝です。誰から預かったかは言わなくていいと、なぎこさんが言っていました」

 台無しである。が、このメンバーの中で彼女が比較的適任だったことは疑いようがない。

「この入り口は、ええと、オオサカ、なんだそうです、あと――」

 オオサカ……? 様々な選択肢が浮かぶが、普通に考えると――

「あら、あら? 『あたしちゃんは月だから。そういうことで』とも、言っていましたわよ?」

 リリィが言い淀んでいた内容を、ナーサリーが補足する。

 オオサカ、月、オオサカ、月――

 ぐるぐると思考が渦巻く。

 彼女が結論を出せない中、子供たちは勝手に百人一首の札を持ち出し、準備をしよう、次は負けないぞ、と床に並べ始めた。そんな姿も気にせず、紫式部は考えた。考えて――

 ――不意に。

「ぷっ……」

 ある結論に至った瞬間、堪え切れなくなって、思わず噴き出した。それどころではない。おかしくて笑いが止まらない。思わず大きな笑い声が漏れる。

 一方で、お腹を押さえて急に笑い出した彼女を、子供たちは入ってきたときと同様、訝しげな眼で見つめた。並べるために手に持っていた札を思わず手から落とす程度には、皆呆然としている。

「ふふふっ……、……あっ、失礼しました。では皆さん、先ほどの続きを始めましょうか」

 そこには、先ほどの憂いはどこへやら、いつも通り柔和な笑みを浮かべる紫式部の姿があった。笑い過ぎたのか、うっすらと涙が浮かんでいる。

「だ、大丈夫ですか」

「はい、大丈夫ですよ。さあ、どの札から詠みましょうか――」

 その後、いつもと変わらない図書館の一角で、いつものように子供たちは、疲れ果てて眠くなるまで遊んでいたという。

■Chapter:08

「紫式部さんに会わなくて、よかったんですか?」

 マシュが素直な疑問を口にすると、清少納言は至極大げさに手をひらひらさせて、首を横に振った。

「おう、いいのさ! 今のあたしちゃんはニワトリちゃんだから! むしろ都合の悪いことはすぐ忘れるヒヨコちゃんだから! ピヨピヨ、卵を産むぞっ☆」

 雛は卵を産めません!とマシュが生真面目すぎるツッコミを入れようとしたが、思いのほか立香が真剣な眼差しで彼女を見ていたため、さすがに赤面して自重した。そんな空気を察したか、清少納言は笑顔を珍しく崩し、力なく笑う。

「本当に、いいの。……かおるっちは、本当は、私のこと、苦手なんだから」

「紫式部日記のことですか? アレはツンデレっていうんだ、といつぞやおっしゃっていませんでしたか?」

 過去にその話をしたか、よく覚えているなぁ、と感心しながら、ああ、いずみっちが見せに来てくれたアレね、と力なく相槌を打つ。

「かおるっちの立場からすればさ、あたしちゃんは本当に、悪いことをしちゃったんだよ」

 言って、彼女は背中を廊下の壁にもたれかけて、下を向く。綺麗に掃除が行き届いた廊下には石ひとつ落ちていないが、足元の何かを軽く蹴り飛ばす仕草をはさみ、彼女は続けた。壁は嫌なぐらい無機質で、触れるだけで凍り付くように冷たい。

「タイミングが、悪かったのかな。あたしちゃんは、定子様があんな風になって、それでもキラキラしてた時期はあって、それを伝えたくて、自分のすべてを振り絞って書いたんだ。ここにいる私が出涸らしになるぐらい、必死に、書き切った。そのこと自体に後悔はないんだよ。ただ――」

 窓から空を見上げる。窓の外はいつも暗い。

「その記録自体が、後に残された人たちからすれば、邪魔でしょうがないものになる、なんて、上梓した時は想像もしなかった。それに、彰子様が定子様のお子様をお育てになられる決断をするなんて、夢にも思わなかったし、さ。みんな、きっと苦労したと思うんだ。特に、彰子様が頼りにしようとした人は、さ」

 歴史的背景を知るからこそ、マシュは何も否定できない。立香もまた、じっと聞き入っている。

「あたしちゃんが、あけすけにありのままを書いたせいで、苦しめてしまった。あたしちゃんはね、それを悪いとは思っていないんだ。だけど、そのことで誰かが傷ついたなら、それはすごく悲しいことなんだ」

 言葉は難しい。

 それでも――あれが、あの時の、素直な気持ち。

「……って、はい、やめやめ! 二人までおセンチになっちゃうと、なぎこさん悲しいぞぅ! ウェイウェーイ!」

 彼女はそう茶化したが、こんな話を「笑い話にしておくれよ」と頼まれたら、どんな顔をすればいいのだろう。

「それに、いいんだ。あたしちゃんのほうは、会いたい、って気持ちは伝えたから」

「鶏の鳴き真似をしただけではないでしょうか!?」

 マシュが今度こそ冷静なツッコミを入れることに成功した。事実その指摘通りであり、それ以外の行動を起こした様子もない。清少納言はえへっ☆と右手のゲンコツを右額の上に当て、不器用にウィンクまでしてみせた。

「ほとばしるパッションを発散するには、あれしかなかったんだぞ、ホントだぞ!」

 そんな適度にくだらない会話に戻ると、下手だったね、下手でしたね、と立香とマシュが鳴き声批評を始めてしまい、清少納言は言い訳に追われながら、長い廊下を歩き始めた。

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とけいまわり
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