【FGO SS】時告げ鳥と夜半の月【二次創作】2/4
はじめに:注意/WARNING
・本エントリは、「Fate / Grand Order」(以下「原作」)を原作とし、同好者の間だけで楽しむために作られた二次創作です。原作者様、他関係者各位とは一切関係ありません。
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・要素として「なぎかお」を含みます。苦手な方は閲覧をご遠慮ください。
・また、歴史上解釈が異なる事項について、筆者独自の解釈を加え創作しています。よって、歴史的な事実と相違する可能性があります。予めご了承ください。
・本編は短編小説ですが、約26,000字のボリュームであり、noteの表示性質上、エントリを分割し記事を作成します。
前回の話はこちら。
■Chapter:04
カルデア内の通路を歩きながら、一通りの事情を立香とともに聞いたマシュは、現状を整理した。
「つまり、その札を子供たちが持っている可能性が高い、ということですね?」
マシュの言葉に紫式部がゆっくりと首肯する。
「皆さん、最近は足繁く図書館に通っていただいていますし、急いで回収する必要もないのですが……」
紫式部はそこで言葉に詰まる。焦燥感の正体は未だにつかめない。漠然とした不安があるのみである。
幸運なことに、バレンタインやタコパ事件の時のように、魔術的な何かが悪さをする可能性は、今回に限ってはない。遊びに使った札は、魔力的な何かを籠めた呪符というわけではなく、ただのありふれた紙製の札でしかない。そうしたトラブルとは無縁。……なのに、不安の正体が自分でも分からない。気が付くと、歩みを止めてしまった自分がいた。
「考え込むより、早速探しに行きましょう、香子さん!」
マシュはそんな彼女の気持ちを察したか、あえて本名で呼びかける。立香は笑顔のまま彼女の手を握り、強引に歩き出す。ちょっと待ってください、という言葉は不安の少しばかりとともに、すとんと飲み込まれ、喉元を通過した、気がした。触れた手のぬくもりが心地よい。
それならまずは、と向かう先は半ば決まっているようで、そのまま手を引かれる。
「それにしても、百人一首の札ですか。私も実物を見たことはないのですが、図書館にあったのですね」
とはマシュの言。紫式部は、そうでしたか、後ほど図書館でぜひご覧ください、と目を細めた。
百人一首――正確には小倉百人一首、と呼ばれる。西洋ではカード、ポルトガルではカルタなどと呼ばれる形状の札は、読み札、取り札で一対となっている。読み札と同じ取り札を相手より早く取るという競技で、読み札には三十一文字すべてが書かれているが、取り札には前半十七文字が書かれていない。つまり取り札を素早く取るには、三十一文字すべてを覚えておかなければならない。記憶力、加えて瞬発力を競う遊戯として、日本古来より親しまれている歴史的なゲーム、とマシュは記憶していた。
「百人一首の素晴らしいところは、ナーサリー・ライムさんの言う通り、詩と組み合わせられていること、だと思います」
マシュは――やや興奮気味に――立香に語りかけた。立香は百人一首発祥の地・日本出身ではあるが、そこまで詳しいか、と問われるとそうでもない。自分の知識の浅さに少し恥ずかしさを覚えながらも、素直な気持ちでマシュの講釈に聞き入った。マシュ曰く、簡単に言えば「古代から、概ね12世紀までの日本の和歌ベスト100」といって過言ではない、とのこと。そして――
「そのベスト100の中に――紫式部さんの詩も、入っているんですよね?」
「!?」
急な角度から飛んできた攻撃に胸を撃ち抜かれ、声にならない声を上げ、今度こそ、紫式部はその場に崩れ落ちた。
「あっ、紫式部さん? どうしました? 私が何か間違った知識を? 思い違いでしたらすみません!」
マシュの悪意のない追撃に、今度こそ地面に倒れ伏しそうになる。
「い、いえ……その通り、です……」
紫式部はなんとか立ち上がると、ぎこちない笑みを浮かべてマシュの言葉を肯定した。コホン、と咳払いをひとつして、息を整えると、
「謙遜するわけではないのですが……、定家様が歌をお選びになった経緯は、必ずしも「歌そのものの素晴らしさ」を重視したかどうか、というのには一考の余地があるそうです」
「えっ、そうなんですか?」
マシュの驚きに、再度深く首を縦に振る。
小倉百人一首の選者である藤原定家は、自身も歌のプロフェッショナルとして名歌の数々を遺している。その定家ほどの人物が選んだにしては、単純で分かりやすい歌も少なくない、という点が、確かに引っかかるのだという。では「歌の完成度、素晴らしさ」以外の基準は何か。それは、季節や時刻、そうした風景の移ろいを対にして――つまり二首をセットにして対照させ、五十の組を選んだのではないか。そう主張する向きもあるのだという。
「なるほど、勉強になります。……それでも、たった百の歌ですから、当然、選者の審美眼に留まる詩しか採用されていないんですよね? さすが紫式部さんです」
紫式部が再び赤面すると、立香は思わず噴き出した。マシュは彼女自身の純粋さゆえ、決して追撃を緩めない。そこに悪意は微塵もない。こうなると意見を変えさせるのは至難の業だ。二人のやり取りをほほえましく見つつも、俯き身じろぐ紫式部を見て、そろそろ助け船を出そう、と立香は一度考えたが、マシュの好奇心を優先させた。結果、紫式部は話せば話すほど、恥ずかしさに頬を赤く染めることになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……いや、事情は大体分かったっすけど。なんで俺のところに……?」
立香が最初に子供たちの行方の情報提供を求めた相手は、左手をポケットに手を突っ込んだまま、最後まで話を聞くと、上記のように返した。話は聞いていたものの、目線はほとんど合わせず、時折、頭を掻きながら、視線を泳がせている。
「最近、マンドリカルドがなぎこさん達と「タコパ」をしたと伺いました。なので、何かご存知かと思いまして」
タコパ、の単語が出た瞬間に、目の前の人物――マンドリカルドの表情が引きつるのを、その場の全員が見逃さなかった。タコパ、すなわちタコ焼きパーティーの一件自体は知る人ぞ知る話である。清少納言の他数名の英霊が食堂でタコ焼きを作り食すだけの会だったはずが、「ストレスサーヴァント」が発生、カルデアのシミュレーターを使用して収拾させる事態になった。なお、次回が計画されているらしく、企画概要を風の噂で聞いた人もいるようだ。
「アレ、俺は隅っこでひとりで座ってただけッスよ……」
もう思い出したくないっす、という嫌気のさした表情は崩さず、それでも律義に好青年は答えてくれた。猫アレルギーがひどい人に猫カフェの話をしたら、こんなリアクションをするかもしれない。ブリリアドーロがあれば今すぐここから逃げ出してえ……。そんな彼の気持ちを察することなく、紫式部の焦りは彼にぶつかってしまう。
「どこかで彼女たちに会っていませんか?」
「いや、まぁ、……さっき廊下でバッタリ逢ったっすけどね、あの集団」
それを先に言え、と言わんばかりの表情が三人に一致した。マンドリカルドはその剣幕に思わず後ずさり、そっと廊下の奥を指さす。あの方角には――
「……普通にひねりもなく、食堂に向かったと思いますよ。イマイチ自信ないっすけど」
立香はありがとう、と言いながら強引にマンドリカルドの手を取り握手をしたかと思えば、その反対の手でマシュを連れて駆け出した。待ってください、といいかけて紫式部が後に続こうとする。
即断即決の様子を見たマンドリカルドは、あの、そういえば――、と呼びかけたが、すぐに遠ざかっていく三人の背中を見やると、追いかけるのを諦めた。そして、なにやら一言ぼやくと、彼らと反対の方向へとぼとぼ歩きだした。左手をポケットに突っこんだまま、急に頭がむず痒くなり、空いている右手で髪を乱した。
■Chapter:05
立香を先頭に食堂に入ると、様子を確認する間もなく、脱兎のごとき人影が、奥からこちらに一直線に向かってきた。
「ちゃんマス! ちゃんマスじゃん! 助かった! じゃあ、あとはよろしく――」
兎のように近づいてきた清少納言ははしゃぐ少しの暇も与えられず、兎のごとく首根っこを掴まれた。
「まだ話は終わっていないぞ……」
怒りの眼差しで脱兎を狩った褐色肌の青年は、コック服にフライパンという出で立ちから想像できない野性味で、いともたやすく彼女を持ち上げ、元居た場所へ連行した。立香たちがそちらを見れば、観念した様子で正座している少女たちの姿があった。
「もう一度問おう。お前たちが何をしたのか、一から説明してみせろ」
彼、エミヤの剣幕に圧され気付かなかったが――キッチンが、荒れている。
ところどころにまるで銃撃戦か討ち入りでも行われたようなおびただしい数の刃傷が見られた。そして一部の壁に穴が開いていたり、それを小さな誰かが直していたり。明らかな争いの跡であり、現在の状況と照らし合わせてみれば、何が起こったのかは何となく想像がつくし、誰が悪いのかは一目瞭然であった。
「はい、反省してまぁーす……」
「語尾を伸ばすな! そして質問の答えになっていない!」
もはや理不尽なレベルでの怒号に、兎、もとい、清少納言は珍しく神妙な面持ちでうなだれていた。当然、子供たちの模範のような美しい正座を強いられている。育ちの良さが垣間見えるが、そもそも育ちが良ければこんなことをするのか?とも思う。
「え、えーっと。ちょっと、いろいろ考え事をしていたら、あたしちゃんのお腹が減ったので、ちゃんかわのみんなと「おやつ食べたくなーい?」という話をして、……で、まぁ食事と言えば食堂だよね、ということでキッチンまで皆で行ってプチャハンザッ!と思ったんだけどさー」
「なかなかどうして最低ですね」
どこまでいっても擁護できる理由には聞こえず、さすがのマシュも辛辣な言葉を掛けざるを得なかった。
エミヤの説教はその後数分ほど続いたが、主犯も含め全員に確固たる反省の念が見られたため、子供たちに免じて早めの解放となった。特に清少納言については、キッチンを出るその瞬間まで睨まれていたとあって、辟易ここに極まれり、といった感情を隠すこともなく、戦場を離脱した。廊下の風は透き通っていて、ひんやりと冷たい。
「はぁ……あたしちゃん、ツイてなくない? それにさぁ、あそこまで怒る必要、なくない? 学校の先生じゃないんだからさぁ」
エミヤから解放された開口一番、清少納言は半眼で呻いた。ただ、彼女の反応を見るに、これはまぁ、自分が悪いと思っているかな、と判断した立香は、それ以上咎めることはなかった。悪意も悪気も反省もなく暴れたがるサーヴァントも一定数いる中で、彼女の聡明さは有り難い類のものではあった。
現状に対する不満を一通り漏らし終わった彼女は、でもあれ、んん?とつぶやくと、やおら腕を組み、人差し指と親指を顎に当て、何か考えるようなポーズを大げさにしてみせた。そして、次の瞬間にはぱあっ、嬉しそうな表情を浮かべた。そう、彼女は常にエモーショナルなエンジンがフルドライブである。
「もしかして、もしかして! ちゃんマス、あたしちゃんのことを心配して食堂に来てくれたの? やだー☆ そうならそうって早く言ってよ! んもぅ、なぎこさん、その優しさが超超超嬉しいゾッ☆」
抱きつこうとする彼女を押しのける形ではっきりと否定の意を示すと、本来の要件を伝えるべきタイミングがようやくやってきた――はずだったが。
「じゃ、あたしちゃんはこれにて! 甘いもの食べたら歯を磨けよー! ビバノンノーン♪」
タイミングが訪れたと思ったのは自分の錯覚でしたごめんなさい。呼び止める間もなく猛スピードでその場を立ち去った嵐を遠目で見送りながら、立香は誰にともなく胸中で謝った。
傍らで、しばしお通夜ムードにあった子どもたちは、マスターの連れ添いに紫式部の姿を認めると、そのテンションのまま口々に謝った。
「まあ、まあ、紫式部。先程は悪い事をしたわ。お部屋が散らかったまま、お暇してしまったわ」
しっかりと口に出して謝ったのはナーサリー・ライム。子どもたちに囲まれた紫式部は、そんな、謝らなくてもいいのですよ、と笑顔で返した。その様子を見て、マシュがすかさず助け船を出す。
「皆さん、そのことでお伺いしたいのですが……、図書館で遊んでいた札、百人一首の取り札を、まだ持ったままの方、いらっしゃいますか?」
子どもたちは一斉に顔を見合わせると、ポケットの中を確認したり、自分の身体を手でまさぐったりしたが、ほどなくして、全員が首を横に振った。
「そうですか……。ありがとうございます、皆さん。また遊びに来てくださいね」
困ったようなそぶりは見せず、あくまで柔和な笑みを浮かべながら、紫式部は子どもたちに、気兼ねなく図書館への再来を促した。子どもたちの沈痛な表情はようやく晴れ、このあとまた行くねー、と言いながら、揃って元気に廊下を走り去って行った。廊下を走るな、と食堂から教師の怒号が飛んだが、おそらく耳に入ってはいないだろう。
「あてが外れてしまいましたね……」
子どもたちを見送ると、マシュは話題を戻した。見ると、先程の穏やかな表情はどこへやら、紫式部は不安そうに辺りを見回している。できる後輩は、こんなときにすかさずフォローを入れることを欠かさない。
「あ、でも、子どもたちが持っていない、それが確認できただけでも収穫です、捜査は進んでいます。私たちもお手伝いしますので、食堂と、そこになければもう一度、図書館を探してみましょう」
紫式部は沈痛な面持ちで精一杯の感謝を伝えると、それでしたら、と返す。
「図書館の中でしたら、構造的にも私の方が詳しいですから、書棚の整理も兼ねてあの周辺を探してみます。大変申し訳ないのですが、食堂のほうはお任せできますか?」
マシュと立香は顔を見合わせると、笑顔とグーサインでそれぞれ答えてみせた。快諾に対し深々と頭を下げると、紫式部は気持ち足早に図書館へと向かった。二人は、彼女の髪飾りが忙しなく揺れる様を見えなくなるまで見送ると、踵を返し食堂へ向かった。
「そういえば、会話、一言もなかったですね」
すっかり人の気配のなくなった廊下を歩きながら、マシュが指摘した。確かに、短い時間の中ではあったけれど、同じ時代に生きたはずの二人――清少納言、紫式部の間に会話はなかった。
紫式部といえば「源氏物語」が有名であるが、彼女が宮中での生活の様子を記した書物「紫式部日記」において、名指しで清少納言を批判したことは有名な話である。しかし生前においてお互いの面識はなく、いつかの特異点において、紫式部のイメージする人物像とはまったく正反対の存在だったことが認められたはずだ。紫式部が従前イメージしていた清少納言は、彼女の負の側面「ロクジョウ」として現出し、彼女自身に斃された。
その一件で、二人の間のわだかまりは解消したのではないか、と捉えていたし、事実その後、「かおるっち」「なぎこさん」と互いを呼び合う仲になっていた。それでも、当人同士の今の心の内までは推し量れないのも世の常。気持ちを昇華させるツールとして、彼女たちの時代、気持ちを三十一文字に込める和歌が発達し、今なおこうして文化として脈付いているのかもしれない。
まぁ、そんな暇もなかったしね、と立香はフォローを入れる。マシュも、私の考え過ぎかもしれませんね、と苦笑する。
食堂の扉をくぐり、料理長に事情を説明する。食堂の片付けを交換条件に協力を要請し、三人は掃除も兼ねて、札を探し始めた。
「あっ、そういえば。百人一首には、清少納言さんの歌も収録されているんですよ」
目的物を探す最中、思い出したように、マシュは立香に先刻の話の続きを始めた。さすがに本の虫だなぁ、と感心することしきりである。そういえば、紫式部の歌がどんな内容だったのかも、聞きそびれてしまっていた。思い立ったが吉日、マシュが知り得る限りの内容を教えてほしい、とリクエストしてみると、彼女は案の定、興奮気味に話し始めた。
「お二人とも、それはもう、素晴らしい歌を遺していらっしゃるんです! まず、紫式部さんの歌ですが――」
マシュの講義は、食堂を探す間に終わらなかった。なお、立香が自らの失態に気が付くころには、赤い服のシェフはどこかに消えていた。
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