ドキュメンタリー映像を制作する
わたしたちの暮らしを取り巻く数々のスクリーンに、絶え間なく流れる「映像」。ドキュメンタリーを制作する、という方法で、「映像」の可能性や問題に迫るワークショップがあります。ご担当の稲垣秀人先生に寄稿いただきました。
**********************************
コミュニケーション学部には「メディアデザインワークショップ」という少人数の受講生によるメディア制作実践授業があり、複数の先生方がそれぞれの専門を活かした授業を担当されています。今回はこの授業で私が行っている「ドキュメンタリー映像の制作」を紹介します。ドキュメンタリー映像とは、端的にいえば、映像を通して事実、そして事実の背後にある真実を伝えることを目的とする映像作品です。
授業は、私の解説を交えたドキュメンタリー映像の視聴から始まります。製作者は何をどのように表現しようとしているかを、受講生が意見を出し合いながら話し合い、自分たちがこれからどのような映像作品を制作するのかを理解します。次に、制作のためのツールの使い方や具体的な方法、つまりビデオカメラ、マイク、三脚等の撮影機材を使用した映像撮影と音声記録の方法、企画書の書き方、インタビューの技法、取材対象者への依頼の方法、ロケーションで行うべきこととは何か、本格的なソフトウェアを使用した映像編集の方法、ナレーション入れ等、制作に必要な数多くの知識とスキルを習得します。こうした知識とスキルを習得しつつ、全受講生による企画案の中から採用されたいくつかの企画の中から、自分が希望する企画に参加する形でチームを構成して制作を開始します。授業時間外で、企画の実現に必要な事柄を考え、適切な取材対象者を探し、取材を依頼し取材する作業は受講生自身が行ないます(スケジュールが合えば、私が取材に立ち会うこともあります)。授業開始当初は、自分たちにできるだろうかと不安げな様子の受講生も少なからず見受けられましたが、チーム内での企画の話し合いの段階から目の色が変わり、チーム内での活発な話し合いを通じて、作品制作への意欲を持ち始めたようです。
ただし、それですんなり事が進むわけではありません。企画を遂行するためには取材が不可欠、取材が成立するためには取材に応じていただける方々を自分たちで見つける必要があります。取材に適した人が自分の身近にいるとは限りません、というより身近にいないことがほとんどなので、様々なツテを頼る、あるいは調査により探し出して、取材を受けてもらえるようお願いする必要があります。そこで問題となるのは「取材依頼を承諾していただく」ことです。
取材依頼の具体的な方法として「礼節と誠意、取材趣旨の丁寧な説明、取材依頼書の提出」を細かく指導していますし、受講生も誠実に実行していますが、それでも「取材依頼を受けていただけないことも多い」のです。実際のところ、多くのチームでは取材依頼に応じていただけないことを経験しましたし、あるチームは、社会的に意義のある非常に良い企画を実行するために取材を開始しようと、何人かの方々に取材を依頼したのですが、残念ながら全員に応じてもらえませんでした。結局テーマ自体を変更して、新たな企画をたて作品を制作することになりました。取材依頼がうまく進まないということも、ドキュメンタリー制作における貴重な経験の1つなのです(受講生には「私だって数えきれないほど断られてきた」と説明しています)。
受講生たちは、こうした困難を乗り越えて、ドキュメンタリー映像の核となる重要な作業である、個人あるいは複数の方々へのインタビュー、そして活動の様子を撮影するロケーションを行うことになります。貴重な時間を割いて取材に応じていただいた方々から、どれだけ貴重な話をしていただけるかはインタビュアーの質問に大きく依存します。事前に質問を入念に準備・検討するだけではなく、話の流れの中で生じた疑問や感じたことをその場で聞くことも重要です。しかも、インタビュー撮影は基本的にやり直しが効きません。ミスなく記録できるように入念な事前準備が必要となります。ロケーションも同様に、何を撮影すべきかを理解するための事前の入念なリサーチ、チーム内での意思統一と役割分担、そのための丁寧な話し合いが不可欠です。さらに撮影の現場に出かけて初めて撮影すべきと理解できる対象もたくさんあります。現場でいかに、現場の様子に興味を持ちながら、注意深く状況を観察しながら撮影するという対応力も必要となります。
こうした数々のハードルを乗り越えて、撮影した映像をコンピュータで編集しナレーションを入れ、タイトルを決めて作品として仕上げることになります。今回は以下の7作品が完成しました。
「アナウンサー志望学生のコロナ禍の学生生活」
「オンライン授業の裏側」
「ギャンブルは悪いこと? 〜大学生のギャンブル事情」
「コロナ危機 留学生には今何が」
「教育者とは」
「好きなことで生きていく」
「男子大学生の日常」
本年度はコロナ禍の影響で、非常に厳しいスケジュール下での制作を余儀なくされました。前期はほぼオンライン授業だったため撮影機材に触ることもできず、対面の接触となる取材も憚られた結果、夏休み開始予定の取材は3ヶ月遅れのスタート。それでも受講生たちは柔軟に対応し、その時々にできることにベストを尽くして制作に取り組みました。受講生は奮闘しましたが、短時間での取材撮影と編集となったため、正直に言えば、ロケーションの映像が足りない、作品タイトルが甘い、編集が甘い作品が多かったことは事実です。受講生自身もそれは理解していて、「制作の時間が短くて残念」「時間が足りなくて思うところまで編集できずに悔しい」といった作品完成後のコメントが多かったです。それだけ受講生が熱心に取り組んでくれたという嬉しい気持ちと、コロナ禍という制約があったとはいえ、もっと時間を確保する方法があったのではという私自身の後悔がないまぜとなった、非常に複雑な気持ちになったというのが正直なところです。しかし、私の期待以上に、作品の核であるインタビュー内容がしっかりしていた作品が多かったのは非常に嬉しかったです。前期のオンライン授業期間中、ビデオ会議システムを通して受講生同士でインタビュー練習をしっかり行ったことが、作品に活きたのではないかと考えています。
このように書くと「ドキュメンタリー映像の制作って大変そうなことばかり」と思われてしまいそうですね。確かに大変なことは多いですし、「楽しい」事柄だけが作品のテーマになるわけではありません。しかし、取材を通じて自分たちがこれまで知らなかった事実に出会えたり、その事実について深く考えたり、取材という目的がなければ多分一生縁がなかったような場所に出かけたりすることは、とても「楽しい」ことでもあるのです。
下の写真は、ボートレースを趣味とするカップルへの撮影取材の様子。それまでボートレースには全く縁がなかった、私も含めた取材陣全員は、初めてボートレース場に足を踏み入れました。非常に新鮮な経験でした。
最後に
取材に応じていただいた方々に配布するDVDの制作をようやく終え、このブログを書いています。「オンラインのこの時代に、DVDですか」と疑問に思われるかもしれません。実は受講生が少しでも取材対象者を見つけやすいように「オンラインでは映像公開しない」という条件で取材対象者にインタビューに応じていただいています。取材対象者のプライベートに深く踏み込んで取材を行うため、不特定多数の人々に広く公開するという条件で取材に応じていただくことは簡単ではないという事情があるからです。それゆえ、残念ながら完成した映像作品をこちらでお見せすることができません。コロナ禍で中止せざるを得なかったのですが、時期が来たら学内外での上映会を企画して、受講生たちが奮闘して制作した作品を見てもらえたらと思います。
(稲垣秀人)