ドリーム・オヴ・エイプス
10人目の雑兵を刀で切り捨ててから、足利義輝はしゅっと息を吸い込んだ。十重二重に己を囲んだ程度で、腰の引ける、戦ばたらきもさして経験のない百姓風情に負ける気はまるでなかった。
二条御所のあちこちでは火の手が上がっており、明らかに勝てぬ戦だった。おそらく、残り半刻もすれば己が討ち死にすることは分かっていたが、弱兵に殺されるつもりはさらさらない。
怯える雑兵の1人が、裏返った甲高い声で叫びを上げつつ突きかかってくるのを、義輝はほんの僅か体を傾けて避け、相手が前進する勢いを利用して胴を薙ぎ、2つに切断する。三好はこの程度の兵しか用意できぬ小物でありながら、将軍を弑しようとしている。ただただ、義輝にはそれが口惜しかった。
「早う来い」
あまりの怯えようにうんざりしながら、後退りを始めた雑兵たちに声をかけたとき、義輝は甲高い叫びを聞いた。また、雑兵が恐怖から突きこんできたのか。せめて仲間と共に連携すれば、将軍に手傷を負わせられるものを。
違う。雑兵の誰も、口を動かしていない。凍りついたように、動きを止めている。それどころか、二条御所を貪っていた火も、あたかも凍りついたように動かない。
止まった風景の中で、1つだけ動くものがあった。それは、全身真っ黒な毛が生えた獣だった。概ね猿に似ているが、顔や尻は見知った猿のように赤くなく、体躯は遥かに大きい。「猿真似」とでも言う通り、猿は人間に似た表情を持つが、この大猿はそれより遥かに人間じみた面でにやにやと笑いを浮かべ、唇を突き出し、甲高い叫びを再び上げた。
呆気にとられた義輝の躯を激痛が貫いた。世界は再び動き始め、雑兵の突き出した槍が義輝の全身を滅多刺しにしていた。
急速に世界が遠くなる中で、義輝は最後に考えた。
「一体、あの猿が最後に、まるで人間のように上げた『しみゅれいしょんおわり』という叫び声はなんだったのだ……」
と。
【続く】