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令和4年度、司法試験憲法は「訴訟型」から「交渉型」へ

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静かなる地殻変動

令和4年度司法試験の憲法は、多くの受験生を悩ませました。
出題形式が三者間に戻ったかと思えば、設問1が私人(違憲主張)側ではなく公権力(合憲主張)側からの主張になってるし、三段階審査論や違憲審査基準論などを用いたお決まりパターンでは処理しづらい事案だし、人によっては手薄な学問の自由からの出題だったし。
このような令和4年憲法の難しさは、予備校の解答速報やツイッターなどで既に多く語られてきました。しかし、もっと大きな地殻変動が起きていることに、多くの人は気付いていません。

設問の問われ方が「訴訟型」から「交渉型」に移行したのです。今年の受験生だけでなく、予備校講師でさえ見落としている人がほとんどです(辰巳の速報で参考文献を挙げた人は気付いてる?)。
(なお、この型のネーミングは、バベル先生の以下のツイートから拝借しました。ハイローヤーの対談でも同趣旨の発言をされています。)

「交渉型」が一体何なのか分からない方も多いと思います。
「訴訟型」と「交渉型」ついて説明するため、まず、これまでの司法試験憲法の出題形式をおさらいさせてください。

三者間形式に戻った……だけ?

新司法試験が始まった平成18年度から平成29年度まで一貫して、いわゆる三者対立という形式で問いが立てられていました。出題年度ごとに問われ方の細かな違いはありましたが、違憲主張→合憲主張→私見という流れで憲法論を展開させるという点では共通しています。
しかし、三者対立で答案を書くのは難易度が高く、そのために受験テクニック的なものが(主に)予備校の手によって広まってしまったこともあり、三者対立による出題形式をネガティヴに評価する見方もありました。
そのような中、平成30年度から登場したのが、所謂リーガルオピニオン型という出題形式です。これは、成立前の法律案の内容に対して、立法者サイドから依頼を受けた弁護士が(中立の立場から)憲法適合性についてリーガルチェックを行うというものです。設問文では、私見のほかに想定される反論を記載するよう求められていたことから、二者対立型の出題形式と呼ばれることもあります。このリーガルオピニオン型は、平成30年度から令和3年度まで、4年もの間、連続して採用されていました。

三者対立型とリーガルオピニオン型、論じるべき立場が三者から二者に変わったという意味での出題形式の変化があり、当時の受験生を騒がせていましたが、逆にいえば、それくらいしか変化はなかったのです(※違憲主張適格云々の話はさておき)。

うってかわって、令和4年度は、リーガルオピニオン型から三者対立形式の出題に戻ったわけですが、この変化は単なる先祖返りではありません。
大きな地殻変動を、司法試験憲法は静かに起こしていたのです。
それが、「訴訟型」から「交渉型」への移行です。

リーガルオピニオン型が招いた歪

ゲンシ三者対立型を採用していた平成18年度から平成29年度までの場面設定を見てみると、すべての事案で訴訟が提起され(または提起予定)、その訴訟の中での憲法上の主張が問われています
私は、そのような点を捉えて、ゲンシ三者対立型の問題を「訴訟型」と呼んでいます。

さて、リーガルオピニオン型はどうでしょうか。
場面設定は、成立前の法律案に対するリーガルチェックすることになったというもので、具体的な紛争に発展したという事情もありません。問題文には、ステークホルダーが登場しますが、訴訟の提起を予定しているという事情はありません。
それでも、リーガルオピニオン型は「訴訟型」の出題でした。
H30~R3年の出題趣旨・採点実感によると、これらの問題で問われていたのは、仮に裁判所が法律案に対し違憲審査をした場合に、違憲無効となるかという意味での憲法論だったのです。
そんなこと問題文のどこにも書かれていません(H30の問題文が不適切だったとして言いようがない)。現実の実務で行われている予防法務的なリーガルチェックとはかけ離れたものです。
それにもかかわらず、多くの考査委員や受験生はその問題に気付かないまま、訴訟型の問題であるという前提でリーガルオピニオン型の問題が4年も続いていたのです。

この不適切な点に(はじめて?)言及したのが、木下昌彦「法律案の違憲審査において審査基準の定立は必要か-2020年度司法試験論文式試験【憲法】における出題形式の問題点」(法学セミナー (797号) 48頁-55頁、2021年6月)です。
こちらの文献は、成立前の法律案審査の場面で訴訟型の答案を書かせることに対する歪さについて詳しく説明しており、受験生的にも非常に勉強になるので、目を通してみることをおすすめします。

さて、有力な中堅憲法学者から、有名な法学雑誌上において、ここまで堂々とダメ出しされてしまった以上、この文献が出た当時の私としては、「これ以上リーガルオピニオン型で訴訟型の問題は出ないだろう」と考えていました。出るとすれば、訴訟が提起された事案で訴訟型の答案を書かせるだろうと。
しかし、令和4年度司法試験憲法は、想像の斜め上の行き、訴訟型であることを捨てることで、令和3年度までの不適切な点を克服しようと試みたのです。

事件は裁判所に係属しているんじゃない!現場で(ry

令和4年度司法試験憲法は、「訴訟型」であることを辞め、「交渉型」の出題形式を採用しました。おそらく司法試験史上初です。
本稿冒頭に載せた設問文の記載ぶりを見れば、設問レベルで場面設定が交渉(話合い)になっていることがわかります。(この問題が交渉型に舵を切ったといえる根拠は他にもありますので、次節で説明します。)

では、交渉型になって何が変わったというのでしょうか。
前述の木下先生の玉稿を読めばその点は自ずからわかるようになりますが、要するに、”裁判所による”違憲審査を問題としていた従来の判例学説が使えなくなった(のではないか)ということです。

例えば、アメリカ由来の違憲審査基準論というものは、裁判官の恣意を抑制しつつ、どこまで国会等による立法に踏み込んで違憲審査をすればよいかを明らかにする点に、その意義があったわけです。
しかし、「交渉型」には、そのような裁判所の目線というのがない。(究極的には折り合いがつかなければ裁判所に持ち込まれるということもあり得ますが、)交渉型では、結局は両当事者を納得させられるかどうかという憲法論が問題になっていると考えられます。そういう意味で非常にファジーであり、掴みどころがなく、難しさを感じる人もいるでしょう。

ただ、三段階審査論など、一定の範囲で援用可能な判例学説があるので、これに基づいて論述することは可能ですし、むしろ求められていると思われます。交渉型の問題において、どのような判例学説を武器とするかの選別をするには、それらの内在的理解が必要となるので、表面的な暗記等では対処できないかもしれませんね。

では、令和4年度の問題では、どのような点に気をつけるべきだったのでしょうか。
私は、この問題で(行政)裁量論を使うことには慎重になるべきだったのではないかと考えています。裁量論というのは、裁判所が行政の判断にどこまで踏み込んでいいのかという緊張関係の下にある理論ですので、交渉の場面には不適切ではないかということです。問題文に裁量という単語が出てきますが、これは講学上の裁量を指していないのではないかというのが私の意見です。(予備校の解答速報を見ていると、裁量論に基づいて解説するところもありますね)

考査委員からの匂わせ

こんなに大きな地殻変動に、ほとんどの受験生は気付きませんでした。
不意打ち的な出題傾向の変化としか思えないのですが、問題文をよ〜く読んでみると、訴訟型から交渉型への移行を匂わせる要素が盛り込まれていたのです。

まず、既に説明しましたが、設問文にて、交渉の場面を想定して憲法論を論じるように指示されています。
これまでの過去問における設問文と見比べると、令和4年度の設問文が異色であることがよくわかります。H29年度より前のゲンシ三者対立型では、設問文において、訴訟における憲法上の主張を述べなさいと書かれていました。そのこととパラレルに考えると、令和4年度の設問文によって、訴訟型から交渉型に移行したということを感じさせられます。
しかし、令和3年度までのリーガルオピニオン型において、特段の指示もなしに訴訟型で答案を書かせていた考査委員共が、具体的な誘導なしに訴訟型の出題を変えるとは、私は夢にも思いませんでした。「交渉といいつつ、仮にこの事案が訴訟になった場合を想定して、訴訟型の憲法論を書かせたいんでしょう」と、私だけでなく多くの受験生はそう感じたはずです。
なので正直、設問文の記載だけで訴訟型を捨てたのだと断言するのは難しいと私は思っています。

ただ、設問文には、それ以上の誘導が隠されていたのです。
例えば、三者対立コートチェンジの点が挙げられます。
既に説明したとおり、ゲンシ三者対立では、

原告(違憲主張側)→ 被告(合憲主張側)→ 私見

という流れでの論述が求められていたのに対し、令和4年度の設問文は、

X大学(合憲主張側)→ Y教授(違憲主張側)→ 私見

という流れによる論述を求めていました。
普通、訴訟を想定するのであれば、訴訟を提起する原告側が訴状等で請求原因となる主張を展開し、それに対して被告が反論や新たな主張を加えるという流れが自然ですが、令和4年度の出題形式はこれに逆行しているのです。要するに、これは訴訟型を捨てたということへの表明なのではないでしょうか。

次に、設問文の下部には「司法権の限界については、論じる必要がない。」という記述がありますが、私はこの記述の意味を「司法権の限界については、(本件は訴訟の場面ではないため、)論じる必要がない。」というように読みます。
これは若干強引な読み方だという方もいらっしゃるでしょう。
でもですよ、そもそも決定②は単位認定段階の話ですし、また、問題文では単位不認定のみならず不自然な最高評価も問題とされており、司法権の限界を超えないことが前提になっているとは考え難いです。
そうじゃなくて、むしろ司法権の限界を超えている場面をあえて出題したという可能性が……

どうしてこうなった

このような地殻変動は、どのような意図の下でなされたのか、はたまた、KNST先生への意趣返しなのか
その理由について、私なりに考察してみました。

まず、令和4年度の問題で交渉型が採用されたのは、予防法務的な(訴訟前の)場面で、訴訟における思考様式にとらわれず、柔軟に憲法論を考えてみようというメッセージではないかと考えています。
柔軟な憲法論といわれても、これにより憲法の答案の書き方が難しくなったと感じる受験生もいらっしゃるでしょう。

また、令和4年度の出題者は、訴訟型ではない問題だからこそ、受験生に問うことのできる問題があると、考えていたのかもしれません。
前節にて、設問文の交渉段階で決定②について訴訟で争うのは司法権の限界からして微妙だということを言いましたが、交渉型だからこそ出せる切り口の問題であるといえますね。

さらに、出題形式において、合憲主張→違憲主張のコートチェンジをしたことは、交渉型への移行を匂わせるためだけになされたものではなく、それ自体にメッセージ性があるように感じます。
要するに、憲法上の権利を規制する(ように思われる)公権力側に対し、その規制が許容される合理的説明をさせるアカウンタビリティを負わせるべきだというようなことを、出題者は言いたかったのではないでしょうか。

はてはて、この記事を投稿したのは令和4年度司法試験の合格発表前日になってしまいましたが、早ければ合格発表日には公表される出題趣旨にはどのようなことが書かれているのか、答え合わせが楽しみですね。
間違ってたら恥ずかしいのでこの記事消します。

ちなみに、私が書いた答案例は以下のツイートに残してあります。
答案は途中までしかありませんが、気力がなくてかけませんでした。ごめんちゃい。

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