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シロクマ文芸部|ガラス玉のある風景

#シロクマ文芸部 『ハチミツは』からはじまるお遊び企画     1194字

ハチミツは眼の色をはかるガラス玉、そんなイメージがボクの記憶にあった。

真夜中に観たドキュメンタリーに『人種を振り分けるための測定器』としてガラス玉が登場していた。背丈を測るモノサシのように、色のついたガラス玉を、子供たちの判別道具としていたのだ。

そのときボクは、長い列に並ばされた子供たちが、神妙な表情でひとりずつ判定人の前に進み出て、背筋を伸ばし、眼を見開くという場面に釘づけになった。

判定人は人差し指と親指を使って、うやうやしくガラス玉をつまむ。子供たちの眼球にガラス玉を近づけ、どの色に1番近いか測定する。
もちろん、そこになんの科学的根拠はないのは明白だった。狂気じみた再現フィルムだった。

ボクの興味を惹きつけたのは、ガラス玉の色彩だった。
眼の色に造られたガラス玉は、縦横細かく区切った木の箱に宝物のように収められていた。
ブルー系の濃い色から淡い色、ブラウン系、グリーンの濃淡、鮮やかな色から黒に混じって、〈ハチミツ色〉としか表現し難い甘い太陽のような輝きのガラス玉があった。

のちに、あれはナチスドイツの歴史に関する映像だと気づいた。
その途端、たまらなくなった。
色分けされた子供たちがその後どうなったのか。想像するだけで胸がしめつけられた。

彼ら、彼女らについて、どれだけ祈りを捧げても薄っぺらく、傍観者でしかないボクは無力しか感じない。だから、その映像を目撃したことは記憶の棚の奥深くに押しこんでいた。

その記憶を引き戻させたのは、恋人のコンタクトレンズだった。

──東洋人だから、ブルーとかグリーンよりも、黄色味がかったハチミツ色の方がしっくり来るの。ねえ、かわいい? 

見て見てとはしゃぎながら、新しいカラコンを披露する彼女の屈託のなさにボクは

──そうだね。かわいいね。

木霊こだまのように答えていた。
本当は、あのゾッとする測定器を想い出して直視できなかったのだ。

彼女は、上の空のボクにコンタクトとおそろいの色のピアスを見せてくれた。それは、髪をかきあげた彼女の白い耳によく似合っていた。
大きさも、質感も、まるで眼球測定の木箱から取り出されたハチミツ色のガラス玉そっくりで、ボクはひどく切なくなった。

あの破壊的な映像を目撃してから十年近く経っていた。
いつかあの映像について考えるときが来るだろうと、薄々感じてはいた。
忘れることができない。

覚悟をして彼女の眼を見つめた。
ハチミツ色のまなざしは、ぜったいに人に懐かない高貴な猫みたいに神々しく映った。

ボクはもう、自分の無力さや傷つきやすさを巧みに回避するために、負の歴史を追いやることはしたくなかった。
むしろ、ずっと憶えていようと想った。

肌や眼の色で差別され、迫害され、仲間が逝ってしまうのを見届けた子供たちをの無念さを、甘い太陽を浴びることなく散ってしまった若い命を、純粋な眼とガラス玉のある風景を、いつまでも憶えていよう。



#シロクマ文芸部  参加させていただきました。


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