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湯治場で、年を越す⑬<最終話>【高東を発つ日、また逢う日まで】

<前回はこちら>

 私が高東旅館を発つ前日、湯治の達人Sさんご夫婦が一足先に宿を出る。
健康娯楽室でストレッチをしていると、ご主人が私の元にお見えになった。2週間毎日会話をしたご夫婦。別れ際に再会を誓う。

私  「長く、お世話になりました」
   「今日、本当に出られるのですか?ものすごい雪ですが、、」
S氏 「小さいけど四駆なんだ、表通りまで出れば何てことないよ」
私  「どうぞお気をつけて、また一年後お会いしましょう」
S氏 「そうだね。身体に気を付けて。仕事頑張ってください」

 ここ数日は蒼天が広がった鳴子地域。一転この日は朝から猛吹雪となり、娯楽室の窓から見える景色も氷原と化した。

 
 昼前に去っていくご夫妻。荷積みを手伝い、館主と女将さんと三人で見送った。湯治歴80年の達人。お孫さんも私の年齢とさほど変わらないそうだ。
わざわざ2階の部屋を予約し、颯爽と階段を昇降するお二人。小指の先ほどだが、その奥義に触れることができた。

 
 見送りをした後、一人の女性が続いて宿を発つ。
前日からこちらに宿泊しているようで、何度か館内ですれ違い会釈をした。帰り際にバッタリ入口で遭遇し、初めて会話をした。


女性 「あの、ヨシタカさんですよね?」
私  「はい、、どうして?」
女性 「ブログたまに見てます」
   「着いた時から多分そうだと思ってました」
私  「あ、ありがとうございます(苦笑)」
 
 この方もリピーターで、度々高東旅館を訪ねるという。「痛みにはここが効く」、とか。結局1時間ほど話し込み、またいつか会おうと約束をした。2週間もいると様々な邂逅があるものだ。


 滞在期間中、時々館主と2人になり娯楽室で温泉談義をすることがあった。私は以前から気になっていた疑問をぶつけてみた。これはこちらで出会った方々も同様に抱く疑問でもあった。

 「暖房費を取らないのですか??」

 通常湯治場は、冬季は暖房費(燃料代、数百円程度)を徴収する。
事前に本体価格に含まれていることもあれば、別途現地で知らされることもある。これは運営上仕方ないことであり、異見を唱える湯治客はいない。
 だが高東旅館は冬期であっても一切値段を変えない。

 
 客の多寡に関わらず、いつも廊下はストーブが炊かれており、一日に何度も女将さんが燃料の補給に回る。風呂も水回りも、必ずご主人と息子さんが決まった時間に清掃をする。これを毎日、365日休みなしで続けることは、さぞかし肝胆を砕くことだろう。

 「湯治場というのはね、生活する場所なんですよ」
 「だから使いやすくて、みんなが帰って来やすい空間じゃないといけないんです」

 観光・旅行とは一線を画す「湯治」に、執拗なまでに拘る好漢。
西洋医学の伝播と共に、予防医療へと姿を変えた守るべき湯治文化。それを伝相せんとするご主人の姿勢に、私は何度も共鳴し頷いた。
 

 出発の日


 この日も早朝から源泉に浸かる。一日5回の入浴を約2週間、70回近く浸かったことになる。湯の顔色は、見事に毎日違うから不思議だ。

 粉のような白い湯花がタイルの目地に沈殿する日もあれば、卵スープのように糸を引く時も。湯花がなく褐色になる日もあった。こればかりは大自然の所産に依るもので、湯守と言えどコントロールは出来ない。

 確実に効用を発揮した源泉。針を刺すような痛みを全身に抱えこちらに来たが、今回も随分と治まった。


 身体が温まったところで部屋に戻り、今度は荷物を引き上げる。
自分仕様にカスタマイズしてしまった配置。到着時に撮影した写真を確認し、元のレイアウトに戻す。冷蔵庫の中も忘れずに。

 この部屋にはまた違う湯治客が訪れ、そして自分が帰ってくる場所でもある。何度か経験のある長期間の湯治。旅の終わりを前に、いつもこの片付けの瞬間は何とも言えない寂寞の念に駆られる。


 しかし今回は違った。旧年から一緒だった湯治仲間が徐々にいなくなり、寂しさに慣れてきたのだろうか。そしてご主人女将さんを始め、M夫妻やS夫妻、酒屋のおじさんにも必ずここで再会する。そんな思量があるからだろう。不思議と晴れやかだった。

私  「お世話になりました」
主人 「また来てください。Mさんもまた春に来るようだから」
女将 「運転気を付けて帰ってね。風邪ひかないように」
私  「ええ。ではまた」

 
 来た時よりも多い荷物。高東旅館を愛する湯治客のお裾分けの品々を乗せ、南へと車を走らせる。

 僭越至極も甚だしいが、高東旅館には【誠意に勝るものなし】という言葉が良く似合う。

 ありがとう高東旅館。また、逢う日まで。

                
                           令和4年1月8日
                  『湯治場で、年を越す』 おしまい

また来ます ありがとうございました
清潔な玄関
いつもネコがいますが お隣さんのネコです
春の写真 裏の田圃にもネコが この時期はカエルや蛇もいます 

<※本編、長くなりました。スキやコメントを下さった皆さま、改めて感謝申し上げます。本当にありがとうございました>

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ヨシタカ
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