ミカ・ヴァルタリの見た太陽 〜 『エジプト人 シヌヘ』 読書会
夏の夕ぐれどき、太陽のひかりが部屋じゅうをオレンジ色に染めていく。それまでの暑さをやさしく癒してくれるような気持ちになる。
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フィンランドを代表する歴史長編小説『エジプト人 シヌヘ』(ミカ・ヴァルタリ著/セルボ貴子訳/みずいろブックス)。その読書会がオンラインで行われました。セルボ貴子さんによると『エジプト人 シヌヘ』は、フィンランド独立100周年の際に行われたアンケートで第1位に選ばれたことがあるということで、文字通りフィンランドを代表する一冊だといえるのではないでしょうか。
読書会では、かつて抄訳で出版された経緯、それぞれ好きな登場人物、翻訳時のエピソードなどいろいろな話を聴かせてもらうことができました。最初に英語版を読んだという、みずいろブックスの岡村さんですが、原書からは思っていた以上にカットされていたそうです(その文量は5分の1以上にもなるとか)。
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そもそもなぜフィンランドの作家が古代エジプトを舞台とした小説を書いたのか、というのがいちばんの疑問でした。もちろんその真実を知るのは著者ヴァルタリだけではありますが、セルボ貴子さんのツイートや解説からその理由を想像しながら、読書会を聴いていました。
1908年生まれのヴァルタリが10代の頃、ルクソール近郊の王家の谷でツタンカーメンの墓が発見されました。世紀の大発見といわれ、当時世界中でニュースとなったようです。博覧強記であったというヴァルタリ。きっとその衝撃を忘れられず、ずっとあたためていたアイデアだったのではないか、と。
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またフィンランドでは、終戦直後の1945年に出版されたという『エジプト人 シヌヘ』。その内容には、第2次大戦のアレゴリー(寓意)も含まれていたのではないかとセルボ貴子さん。理想と現実、集団心理の恐ろしさ、虐げられる者たち、虚無感・・・・。
さらに父親と伯父の影響で神学を学ぶことになったヴァルタリ。文学への夢を捨てきれず、途中で路線変更しますが、神と自己とのかかわりをずっと考え続けていたそうです。ヴァルタリには、それまでの多神教から一神教を目指した王アクエンアテンという存在に対しておもうところもあったのかもしれません。
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古代エジプトと聞くと、やはり太陽神への信仰が思い浮かびます。そして太陽への希求ということでいえば、暗く長い冬の季節をもつフィンランドのことを思わずにはいられません(冗談かもしれませんが、夏至の日をすぎると寂しくなると聞いて驚いたことがあります)。
この本がベストセラーになったのは、フィンランドで暮らす人たちの深層心理にかくれた太陽への熱い想いもあったのかもしれません。そうして、フィンランドやミカ・ヴァルタリのことを想像しながら『エジプト人 シヌヘ』を読んでみるのもおもしろいと思います。
ミカ・ヴァルタリの見た太陽はいったいどんな色をしていたのだろう?
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『エジプト人 シヌヘ』については、Moiのウェブサイトで公開している記事もあわせてごらんください。
また、セルボ貴子さんによる北欧語書籍翻訳者の会のnoteもご参考に。
追記:みずいろブックスがこうしてフィンランドの書籍を出版してくれることは本当に貴重なことだと思っています。実際本を読んでフィンランドのことをより深く知ることができるように感じています。また本記事の公開後、セルボ貴子さんよりアドバイスをいただき、事実関係を若干修正しています。ありがとうございます!(2024年8月6日)