苦しい
自分には兄がひとり居る
その兄が4月から新社会人となるのでこの間、スーツを買いに行った時の話。わざわざ兄の買い物に付いて行ったのはほんの興味で別に深い意味はなかった。なんとなく「あ、自分も行く」と。
店に入ると、オシャレなBGMとたくさんのスーツが目に飛び込んできた。自分は絵を描くことが好きでよくスーツの男性を描くこともあるくらい割とスーツが好きだ。
クールで落ち着いた印象を受ける、大人なイメージ。スーツを着こなしバリバリ仕事をこなす人は単純にかっこいい。
店には本当に色んな種類があって参考資料になるなと軽い気持ちで店内を歩き回ったりした。
その後、店員の方に寸法してもらって色々スーツを選んでいる時、兄の体型の話を聞いた。
兄は身長が高くとにかく細い。また、身長に比べて肩幅が約4cm弱広い、所謂、逆三角形型らしく「スーツが良く似合うスタイルですね」と店員の方が兄に向かって言っていた。その時、自分の心にほんの少し黒い靄がかかったような気がした。
会計時に、母が自分を指して「今度娘のスーツも購入を考えている」と店員の方に伝えた時ぶわっと自分の脳裏にレディーススーツを着ている自分が浮かんだ。
とても苦しく、泣きそうだった。
自分は今、学生だが制服はあえてスカートではなくスラックスを選び、リボンではなくネクタイをして登校している。
元々女という自分の性別に違和感があった訳ではない。ただ、思春期が来て大人になるにつれ、自分のしたい格好がはっきりしてくるようになった。
「自分は、スカートは好きじゃない。かっこいい服が着たい。」
「かっこよくなりたい」
その想いが日に日に強くなっていた。
しかし、自分は思春期真っ只中で絶賛成長中。
当たり前だが、体つきが女性に変わってゆく。声が低くなる声変わりなんて一生待っても来ないし、身長も男の子に比べたら全然足りなくて。
そんな理想とのギャップに心がついてゆけなかった。そのうち、入学当初はなんとも思っていなかった制服のスカートにさえ吐き気がした。
自分は、制服が着れなくなった。そして学校に行くことを辞めた。
その後、すぐに制服が選択できる学校を探した。
自分の好きな格好をしたかった。
自分で自分の理想を殺してしまいたくなかった。
幸いにも、今は好きな格好をして毎日生きている。けれど、あと少しで新社会人だ。
いくら社会的に多様化が進んでいるとは言え、大体の様式・形式的なものは何も変わっていないし、実際上司にあたる人に認められなければ、そんな多様化は許されない。
自分は、レディーススーツではなくて兄と同じようにかっこよくメンズスーツを着たい。
しかし、自分のこの理想が社会的に理解されにくいことである事もましてや自分の体型が圧倒的にメンズスーツに合わない事もよく知っている。
でも今回、兄を通してはっきりと知ってしまった。あえて見ないようにしていた現実の輪郭が、わざとぼかして誤魔化していた自分の気持ちが分かってしまった。
そして、自分が自分の理想になることは無理だということも。
それが、苦しかった。性別が男か女か、それだけの違いでこんなにも自分の理想と掛け離れることが。
もしも自分が男で生まれていたら、兄と同じようにスーツの似合う体型になれたかもしれない、そう思ってしまうことが。
数kg痩せるとか、身長を盛るとか、もうそういうレベルの話では無い。
女性ならではの丸みが、柔らかさが、小ささが、自分にとっては全てデメリットでしかなくて、嫌いだ。でも、もっと嫌いなのは自分の体さえまともに愛せない自分で。
あったかもしれない今のことばかり考えて、勝手に兄と自分の理想を比べてしまう。
単純に凹む、自分がなりたいのになれていない理想の姿。兄は叶えている。
兄は知らない、自分の理想の姿なんて。
それすらも自分の心の靄を増殖させる。
苦しい、苦しい、苦しい、
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