勇者と魔王の麻雀教室

ヒナタ「やっと会えたわね、魔王ヒサト」
ヒサト「会ってどうするつもりなのだ?」
ヒナタ「あなたを倒す」
ヒサト「私を倒すことに、何の意味があると言うのだ?」
ヒナタ「意味?意味があるかどうかはわからない。でも、私は元の世界に戻りたいだけなの」
ヒナタは魔王ヒサトに切りかかる。激しい闘いを繰り広げながらも、ヒナタはどこか上の空だ。

ヒナタ
≪この世界に来て、もう1年にもなる。でも、元の世界に帰る方法が見つからないの。私の少ない知識では、魔王を倒すことしか思いつかないの・・・≫

ヒナタ「お願い。私に倒されてよ!!」
__ヒナタの会心の一撃__
ヒサト「ぐぅ!!」
__ヒサトは崩れ落ちた__

タキ「ヒサトぉー!!」
隣の部屋で闘っていた四天王の一人、タキがヒサトの亡骸に駆け寄る。
女勇者ヒナタは、その傍らで呆然と立ち尽くす。
ヒナタ「なんで?なんで?何も起きないの?帰れないの?これじゃ、麻雀が打てない・・・」

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ヒナタは、前の世界ではプロ雀士であった。
人気だけでなく実力もあり、所属する団体でのA2リーグへの昇級は目前だった。A2リーグへの昇格をかけた対局当日、ふと気が付くと、この剣と魔法の世界にいたのだ。
狼狽するが、多少なりとも異世界転生の知識があったヒナタは、遠くに見える街を訪れることにした。

街の名は、【商業都市ベマ】。
そこでヒナタは、とても良くしゃべる商人【オーイ】と出会う。オーイはヒナタにとても親切だった。自称・最速最強の商人オーイは、珍しい衣類を見に付けているヒナタから金銭の匂いを嗅ぎ付けたのだろう。が、見知らぬ世界に飛ばされたヒナタにとっては、神にも等しい存在だった。

オーイは色々なことを教えてくれた。しかし、ヒナタのように突然この世界にやってきた人の話などは聞いたことが無いという。そして、この世界には商業都市ベマのような都市や集落が8つあり、そこには様々な文化がある、と。その8箇所を巡って情報収集をするのはどうか?と提案を受ける。

ヒナタは旅に出ることにした。
オーイの薦めでギルドに行き、冒険者登録をしてステータスを確認する。
__勇者__
ヒナタは勇者だった。
ギルドで旅をする仲間を募る。
盗賊・【ショウ】と戦士・【モッティ】が仲間になった。そして、商人・オーイ。この4人で、まずは【学園都市リブン】を目指す。

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巡った都市も、7つ目を数えた。一向に元の世界にもどる方法が見つからない。

ヒナタにも、諦めかけた時期があった。魔物こそ出るが、勇者として様々な恩恵を受けるヒナタにとっては脅威にもならない。いっそのこと、この世界の住人としてみんなと麻雀を打って過ごす日々も悪くない、と。
【妖精の里カザン】のドワーフに頼めば、嬉々として麻雀牌を作ってくれそうだ。電気どころかコンピューターも制御する【工業都市イレーツ】に行けば、全自動卓すら簡単に作るだろう。

しかし、道具が揃うだけではダメなのだ。この世界では麻雀を打つことができない。正確に言うと、「ヒナタの望む麻雀は打てない」だ。

旅をしているうちに、ヒナタはあることに気付いた。この世界には「ゲーム」という娯楽が無いのだ。トランプも無ければチェスや囲碁・将棋の類も無い。その答えはオーイがすぐに導き出した。
オーイ「そういうのは、真剣勝負になればなるほど、結局は魔法の腕前勝負になっちゃいそうだよね」

ヒナタはハッとした。
この世界にはアイテムを異空間から取り出したり収納したりする魔法や、念じるだけで会話ができる便利な魔法などがある。牌を違う種類のものに擬態させたり、対局者の心を読み取ることなどもできるだろう。それでは、麻雀の競技性が失われてしまう。私の大好きな競技麻雀が、この世界では打てないのだ・・・

だめだ。
元の世界に戻るしかない。
どんなことをしてでも。

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四天王・タキ「ヒサトぉー!!」
ヒナタ「・・・こうするしか、無かったの・・・」
タキ「ふざけるな!なんでこいつがこんな目に会わなければならないんだよ!」
ヒナタ「魔王を倒すしか、方法が思いつかなかったの!!」
タキ「魔王?魔王だからなのか?昨日、魔王になったばかりのこいつが、何をしたって言うんだよ!!」
ヒナタ「・・・・・・・・・・・え?」
長考するヒナタ。

タキ「あぁ。『いつまでも魔王が空席なのはまずい』から、四天王のジャンケンで決めただけの魔王だぞ?」
ヒナタ「ジャンケン?」
タキ「ヒサトはジャンケンで敗けたから魔王になっただけなんだ・・・俺やマリ、アリッサが魔王になってたとしても殺されなきゃいけなかったのかよ???なぁ、答えろよ!!!」
ヒナタ「【魔王】って、ただの役職・・・なの?」
タキ「ああ。給料も俺たち四天王と変わらないし役職手当もない。ただの肩書だ」
ヒナタ「え?え?え?」
再度長考するヒナタ。

ヒナタ
≪確かに『魔王を倒す=クリア』って安直に考えてしまっていた・・・。魔王がいるかどうかもわからずに【魔王城トクラ】に来たけど。この魔王の玉座の間に通してくれた魔族も、みんな紳士的だった。魔族の情報が全くなかったとはいえ、剣を抜いたのは私だけ・・・≫

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ヒナタ「あなた、ちょっと下がって」
魔法を詠唱するヒナタ
タキ「こ、これは」

神々しい光が、魔王ヒサトを包む。

ヒサト「う・・・」
タキ「ヒサト?ヒサトぉー!!」
ヒサト「なんだ、お前。気持ち悪ぃ」
タキ「うるせぇ、ばかやろう。死んだと思ったじゃねーかよ」
タキの涙が止まらない。

ヒサト「死んだ?そうか、死んだよな。これは、お前の魔法なのか?」
ヒナタ「ええ。パーティに魔法の得意なメンバーがいないから、回復魔法ばっかり得意になってしまったわ。蘇生魔法を使うことがあるとは思わなかったけど」
ヒサト「そうか。世話になった。恩に着る」
ヒナタ「いいえ。頭を下げなければならないのは私の方よ。本当にごめんなさい」

ヒナタは自分の境遇を話した。焦燥感から正しい判断ができていなかったことを素直に詫びた。

ヒサト「そうか。魔王とは、君の世界ではそんなに悪者なのか」
ヒナタ「いいえ。本当に悪者なのかどうかは私も分からないわ。でもまさか、ただの役職だとは思わなかった」
ヒサト「魔王になった翌日に、こんな目に会うとはな。ジャンケンでは、いつも敗けてばかりだ」
ヒナタ「いつも敗けてばかり?それは魔法を使われているんじゃないの?」
ヒサト「いや。それはありえない。私は魔法を一切使えなくする能力を持っているし、ジャンケンをする時は必ず使っている」
タキ「そりゃ、あの変なチョキばっかりだしてれば、ジャンケンも敗けるだろ」
ヒナタ「変なチョキ?」

魔王がおでこに2本指を付けている。これが、『変なチョキ』の正体だろうか。和やかに談笑しているが、急にヒナタの動きが止まる。

ヒナタ「ちょっと魔王!!あなた『魔法を一切使えなくする』って言った???」
ヒサト「ああ。【魔法無効化】、これが私の固有能力だ」

(終)

※この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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