私が人を殺したかったころ 小田急線電車内切りつけ事件を受けて #トイアンナマガジン
小田急線 電車内切りつけ事件の犯人が
「幸せそうな女性を見ると殺したいと思うようになった。誰でもよかった」
と述べているのを鵜呑みにして、「女性が人生イージーだから恨んだんだろう」とのんきなコメントをしている人がいるので書いています。
ちがうよ。この犯人の気持ちを代弁するなんて、大それたことはできないけれど。ただ、「みんな憎い」と思う構造なら、私もよく知っている。
世界全部を恨みたくなる環境がある
私は、誰でもいいから殺してやりたいと思っていた。12歳だった。ネグレクトなうえに、お酒を飲むと暴れる親を持っていた。学校では支援学級の生徒や、貧乏な家の子をターゲットにしたイジメが蔓延していて、バカ正直に彼らをかばった私もいじめられていた。
「やり方はバカだったけど、守ったのは正しかったよ」と、今の私なら言えるけれど、当時の私はわけもわからず戦っていた。くたびれ果てて、傷ついていた。物理的にも、精神的にも。
人って、直接殴られるよりも石を投げつけられる方が痛い。飛んできた角椅子の角が当たったときは「これ以上痛いことってあるんかいな」と思った。実際、そのあと人生はいろいろあったけれど、あれより痛いことはなかった。とか、そういう知りたくもないことを知った。
私がかばった相手も傷だらけだった。イジメの精神的なショックで、口をほとんどきけなくなった子もいる。そんな中、先生は率先してイジメに参加していた。転校生だった私は、前の学校との差にショックを受けて「そんなことある?」と思ったけれど、そんなことはあるのだった。
もう全員殺して死のう。最初はいじめっ子を一族郎党ぶっ殺してやる、くらいの気持ちだった。けれど、半年も経つとそういう元気はわかなくなった。毎日毎日いじめられていると、強く立ち向かう勇気、復讐心も萎えていくのだ。無力感に苛まれた私がやったことは、より苛烈にいじめられている弱者を軽蔑することだった。
「この人たちはなぜ抵抗しないのか」
「あなたたちが弱者のままでいるから、こんな状況になったんだよ?」
「いじめられている子には、家が裕福な子もいる。本当は強いくせになぜこんな立場に甘んじているんだ」
本来なら一緒に組んで立ち向かえるはずの仲間を、心底軽蔑した。そして、この子達を私もいじめれば、自分は彼ら彼女らよりマシに思えるのではないかと思った。最下層に石をぶつけていれば、自分は少なくともそれより少しキレイでいられる、気がした。
加害者もまた弱者だった
いま思うと、加害者の子たちの心境だって、似たようなものだっただろう。先生がイジメを止めなかった理由のひとつに、加害者の家庭環境があった。後日、加害者家庭の事情を聞いた。それは、もし「悲惨な家庭の美術展」が開催されるなら、全て展示できそうなくらい、ひどい家庭ばかりだった。悲しいね。
だから彼らは帰り道、私達へ石を投げる。そうすれば自分のみじめな家庭環境から目をそむけられるから。そして私はさらに下を見る。そうすれば自分のしんどい家庭とイジメから目を背けられるから。私が軽蔑する誰かも、一番下に見られないよう、他の子をイジメている。地獄のフラフープが、ゆらゆらと回っていた。
虐げられた弱者は、もっと弱そうな方へ目を向けたくなる。そうすれば自分が少しだけマシに見えるから。弱者は弱者の目をしない。助けてくれる人なんてないからだ。弱者は声をあげられない。声をあげる先を知らないからだ。
そして、ときに恨みの矛先は「誰でもいい」方へ向かっていく。世界全部がクソったれだと感じるとき、復讐したいのは世界全部へなんだ、だから誰でもいいんだ。でも自分より強いものに立ち向かう力はない。
だから自分より弱い相手がいい。そして幸せそうな、つまりこのクソったれな世界が私から幸せを奪っていた期間、のうのうと生きてきた弱いやつがいい。だってこれは、世界への復讐なのだから。
私が12歳当時、誰かを狙うのだったらもっと小さな子どもだっだだろう。そして男性が通り魔をするなら、女性や子どもを狙うだろう。本人の中では、自分は被害者で、これは復讐劇だ。
しかし、長年抵抗することがいかに無意味かを思い知らされた復讐者は、本当に自分を傷つけた決定的な相手である、いじめの犯人や、親を狙うことはない。そいつらは自分より強いから。弱者はいつだって、もっと弱い者を狙う。
ちょうど、兄が妹を殺してしまったニュースがあった。
加害者の母親はネグレクトで不在。父親は最初からいない。兄は施設で育ちった。それなのに、兄は高校進学できるタイミングでなぜか親と同居させられ、高校進学を諦めさせられた。そして中卒のまま、一緒に育ってもいない妹の子育てを任されて3ヶ月。兄は妹を殺してしまった。
きっとこのとき、加害者の兄が殺せるのは妹しかいなかった。だって世間全部を恨んでも、父親を探し当てて復讐したり、母親へ向かう力は、彼には残されていなかったんだろうから。世界に復讐したくなったとき、刃はより弱いものへ向かう。
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?