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できない文系院生の悲惨な末路(1)

昨今,18歳人口の60%が大学あるいはそれに類する学校に進学するようになった.筆者が18歳の頃はまだ大学に進学する割合は20%そこそこだったのでずいぶんと状況が変わったものである.今では理系については全員とは言わないがかなりの学部生が大学院の修士課程まで進むようになった.

大学側も先細る18歳人口を見据え,文科省の大学院大学化の旗振りのもと積極的に大学院に学生を受け入れてきた.かつて大学院と言えば,事実上,大学等に就職する研究職を前提に進学する学生がほとんどであったが,モラトリアム的に大学院に進学する院生が現れ始めた.大学の進学率は上がったというものの大学院の進学率はそこまで上がっていないため大学院を開設した大学は定員を埋めるためほぼフリーパスで合格させていった.特に地方国立大学はステイタス的な意味も込めて大学院を作ったはいいが生徒が集まらないため,まともに日本語ができない留学生(もちろん分野の基礎学力などない)や一昔であれば大学院に進学する学生など皆無であった.ところが,定員を割ってしまうと文部科学省からお叱りをうけ,さらには職場の定員削減につながるためとにかく何度も試験をして学生をかき集めきてきた.

進学してくる学生の方も学問を真剣にしたいと思っている学生ならば受け入れる教員も大歓迎だが残念ながら現実はそれほど甘くない.一番やっかいなのは中途半端にプライドがある学生である.特に高校時代は進学校に通っていて受験でいわゆる一流校と言われる大学に入学できなかった学生である.夏休み,関東や関西の大きな大学に進学した友人たちと会うたびに学歴というコンプレックに苛まれる.学歴という人生で消すことのできない「入れ墨」を必死に隠そう,消そうとするのである.そのような類の人にとって大学院は学問を探求する場ではなく,単なるファミコンのリセットボタンにすぎない.こういうタイプの人は就職活動でもまわりが一流大手を受けているので自分も同じ土俵で話がしたいという欲求のため自分もやたら身の丈に合わない大手を受けたがる.自己分析もまともにできない人間であるから当然のごとく採用されない訳だが,そうすると自分の本質に劣っていると考えるのではなく,「就職が上手くいかなかったのも自分の母校がいわゆる偏差値の低い大学だからだ」とか「高校時代,俺より下のカーストにいたくせに有名企業に入社できたのは〇〇大学のおかげだ」などと考えてしまうののある.

とはいうものの,だったらそうした大学に入り直せばと思うのだが,いまさら受験勉強して所謂一流大学と呼ばれる大学に入ろうという気概もない.そこで彼らが目を付けたのが「学歴ロンダリング」と嘲られる大学院進学なのである.


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