安易に歯は抜かない ー歯槽骨の保存を求めてー (その1)
歯が歯槽骨から一度除去されたならば、顎堤の高さの喪失は生涯を通して免れない。歯を脱落したりあるいは抜歯した場合、歯槽骨は廃用委縮を起こし、吸収は大部分ときには全部の歯槽支持骨が基底部まで波及して行くものと考えられる。歯槽骨に自律的な再増殖が認められない以上、歯槽骨の吸収は慢性的に、しかも進行性に継続してゆくものと考えられ、欠損部抜歯窩は長期間にわたって治癒機転を持続しながらも、組織形態的に安定した状態を見ることは困難である。歯欠損によって生ずる病変を理解し、進行を阻止することはこれからの歯学における課題である。
歯槽骨の吸収現象のメカニズムは、分子生物学の急速な進歩にともなって次第に解明されつつあるが、1973年GoldmanとCohenは臨床的立場から歯槽頂あるいは歯間水平線維がひとたび破壊された場合、歯槽頂はもはや機能がなくなり歯槽骨の吸収が始まることを明らかにした。機能しない組織はいずれ退廃してしまう。機能が骨の形態を決定することは、骨の性状を知る上で重要であろう。このことは、咬合の機能を果している健康な歯が存在して、はじめて健全な歯槽骨が保存されることを意味している。つまり、歯槽突起に健康な歯根が残っているかぎり、その周囲の歯槽骨はいつまでも保存されることになる。
臨床学的にも歯根を失った歯槽骨の吸収は義歯を装着するか否かにかかわらず、必然的に起こるものであることが知られている。ゆえに抜歯をする場合には、歯槽骨の吸収を予測した補綴の設計が必要となり、しかも欠損部補綴による歯槽骨の経時的変化に対応することが臨床的にいかに困難であるかは、臨床家ならば常に経験しているところである。最近歯科材料の進歩に伴いインプラントの研究が進んでいるにもかかわらず、天然歯根に代わって骨吸収を抑える有効な方法が見い出されていないのが実状であり、患者に苦痛を与えず歯槽骨を保全するためには、可能な限り歯根を残すことが最良であるといえる。
歯槽骨の吸収を促進する因子としては、新陳代謝の因子と機械的な因子とが考えられるが、特に影響を受けやすいのは機械的因子であり、その中でも義歯を介して加えられる咬合圧が最大の原因とされている。加齢に伴う歯槽骨の吸収によってひき起こされる補綴処置上の問題を克服するには、歯をいかに健康な状態に保ち、その結果健康な歯槽骨をできる限り長く保持させる以外に方法はない。
しかし、不幸にして多数の歯を失うことになり、残存している歯も歯周疾患による動揺のため、固定あるいは可撤性義歯によって機能回復をすることが不可能な場合には、臨床家は残存歯を抜去するか、あるいは歯冠歯根比の改善と歯周疾患処置によって歯(歯根)の保存に努めるのかの二者択一を迫られる。