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「偉くなったら不義理をしなさい」という教え

私は30代前半の時にお客様から言われたある言葉が、還暦を過ぎたこの年になってとても理解できるようになった。

90年代の初め、横浜営業所に勤務していた私は、地域の最大手のお得意先の創業者の方に随分と可愛がっていただいた。
その方は当時、すでにご子息に経営を任せていて、年齢は喜寿を迎えたくらいだったと記憶している。

よく中華街に連れて行っていただいて、その方が行きつけの有名店でご馳走になった。
その方と行くと必ず王(ワン)さんという料理長が挨拶に出てきて、とても美味しい料理を振舞ってくれた。
なので、休みの日に家族連れで行き、高級コースではなくあの日食べた炒飯とかエビチリなどを注文して食べるのだが、何故かあまり美味しくなくて、こんなはずじゃなかったのにおかしいなと思い、その次にまたご馳走になるとまた王さんが挨拶に来て、それはそれは美味しいい料理が出てくる。

中華街というところは、とても不思議なところだという体験をしたことをよく覚えている。

その方が私にこう聞いてきたことがある。

「会社で偉くなっていくにはどうしたらいいと思う」。

若い私は間髪入れずに
「いつも目の前のことに一生懸命努力することです」
と答えると、うれしそうな顔をして

「その通りだ、だから人一倍努力しなさい」
と言った後に
「では偉くなったらどうするのがいいと思う」
と聞いてきた。

これにはまだ32歳くらいの偉くもなっていない私には答えられずはず
もなく、考えるふりをして黙っているとこう言った。

「偉くなったら不義理をしなさい」

言っている意味が全く分からずにポカンとしていると

「トップは自分の健康が一番大切だ。健康にまさるものはない。
トップが健康を失うようなことがあったら、会社そのものがおかしくなる。だから健康に少しでも不安や不調があると思ったときには、たとえ大事な
約束事でも平気でキャンセルし不義理をしなさい。
もし、体調不良を押して仕事をしたとしても何一ついいことはない。
だから偉くなったら不義理をしなさい。」

この時のその方の口調やその時のシチュエーションは、30年たった
今でもはっきりと私の脳裏に焼き付いている。

この言葉はその後の私にとって非常に役に立つ言葉となり、だんだんと会社
での役職が上がり、偉くはないけれども重要なポジションに就いていく過程で少しでも体調不良を感じた時には、結構重要な約束事でもキャンセルして病院に行ったり休んだりする根拠として思い出すようにしていた。

その方はこうも言った。

「酒には気をつけなさい。俺より先に死んだ仲間たちは全員俺より酒飲み
だった。勝負に勝つには長生きすることだ。」

これは何とも難しい投げかけだったが、その後60代前半で亡くなられた
お客様が何人かいらしたが、確かに皆さん大酒飲みだった。

私はというとお陰様で年とともに自然と酒が弱くなって、今では毎日お酒を飲まなくても過ごせるようになったので、この教えはどうやら全うできるかもしれない。

そしてこの年になって、別にひとつも偉くなったりはしていないが、自分が快適に過ごすためには無理せずに不義理するという術をすっかり覚えてしまった。

というわけで、今週はずっと胃腸の調子がよくないで、今晩のひとり飲みの予約をキャンセルし、自宅で過ごすことにした。

ひとり飲みなのだからキャンセルしたところで何も不義理じゃないじゃないかと思われるかもしれないが、コロナ禍で苦しむ居酒屋経営者を助けたい
一心で予約したのを断るのは、何にもまして心の痛む不義理だ。

無理せず生きていきたい。


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