遠野物語116
昔々あるところにこれもトトとガガとあり。娘を一人持っていた。娘を置いて町へ行くといって、誰がきても戸を明けるなと戒しめ、鍵を掛けて出でたり。娘は恐ろしくて一人炉にあたりすくんでいたところ、真っ昼間に戸を叩いてここを開けと呼ぶ者あり。開かずば蹴破るぞと脅すので、しょうがなく戸を明けたれば入ってきたのはヤマハハであった。炉の横座に踏ん張って火にあたり、飯を炊いて食わせろという。その言葉に従い膳を支度してヤマハハに食わせ、その間に家を逃げ出したところ、ヤマハハは飯を食い終って娘を追いかけてきた、だんだんその間隔が近くなり今にも背中に手が触れそうになった時、山の蔭で柴を刈る翁に遭遇した。おれはヤマハハにおっかけられている、隠してくれよと頼み、刈り置いた柴の中に隠れた。ヤマハハは尋ねて来て、どこに隠れたかと柴の束をどかそうとして柴を抱かかえたまま山より滑り落ちた。その隙にここをまた萱かやを苅る翁に逢う。おれはヤマハハにぼっかけられてあるなり、隠してくれよと頼み、苅り置きたる萱の中に隠れたり。ヤマハハはまた尋ね来たりて、どこに隠れたかと萱の束をどけようとして、萱を抱えたるまま山より滑り落ちたり。その隙にまたここを逃げ出して大きなる沼の岸に出た。これよりは行ける方向もないので、沼の岸の大木の梢に登った。ヤマハハは「どこへ行った、逃がすものか」といって、沼の水に娘の影の映るのを見てすぐに沼の中に飛びこんだ。この間に再びここを走り出て、笹小屋があるのを見つけ、中に入って見ると若き女がいた。此にも同じことを告げて石の唐櫃(からうど)のある中へ隠してもらったところへ、ヤマハハはまた飛び来んできて娘の居場所をきいたが隠して知らないと答えたので、「いいや来ないはずはない、人くさい香りがするもの」という。「それは今、雀を炙って食ったからでしょう」と言えば、ヤマハハも納得して「そんなら少し寝る、石のからうどの中にしようか、木のからうどの中がよいか、石はつめたいし木のからうどの中にしよう」と言って、木の唐櫃の中に入って寝た。家の女はこれに鍵を下し、娘を石のからうどより連れ出し、おれもヤマハハに連れて来られた者だから一緒にこれを殺して里へ帰ろうといって、錐を紅く焼いて木の唐櫃の中に差し通したのに、ヤマハハはそうとも知らず、ただ二十日鼠がきたと言った。それから湯を煮立てて焼錐やききりの穴より注そそぎ込んで、ついにそのヤマハハを殺し二人ともに親々の家に帰った。昔々の話の終りはいずれもコレデドンドハレという語をもって結ぶなり。