山とともに ~自家製の家とパンと~(前編)
“やるなら今しかねぇ…”
長渕剛さんの曲のワンフレーズだが、ドラマ「北の国から」で主人公 黒板五郎役の故 田中邦衛さんが口ずさんだことから一躍有名になったセリフだ。
富良野市を舞台にした倉本聰監督の「北の国から」は道外のファンも多く、このドラマに感化され北海道に移住したという声も良く耳にする。北星3区の小高い山の中に住居を構える林さん一家もドラマの影響を受け11年前、北海道当麻町に移住した。大黒柱の翼(たすく)さん、妻の紗弥子さん、小学生のお子さん2人、そして1歳になる柴犬の5人家族が、なんと翼さん自身が基礎工事から手掛けた住宅で生活している。翼さんは京都生まれ。室蘭で生まれ育った紗弥子さんに“北の国から”のビデオを見せられ「北海道はいいよ~」と刷り込まれた結果、北の大地に憧れを抱くようになったという。
山のある生活は必然だった。“ロッククライミングのメッカ”と言われるアメリカカリフォルニア州ヨセミテに19歳の頃から毎年2回ほど訪れ、クライミングを楽しんでいた翼さん。山が好きで山小屋で働いていた紗弥子さん。2人が出会ったのも立山連峰の剣岳だった。山が無ければ生活できないという2人が新たな生活をスタートさせたのは富士山や八ヶ岳、南アルプスに囲まれた山梨県だった。しかし意外と都会で、住んだ場所は日当たりが悪く、土地も狭く高額でイメージと大きく違った。日光を遮るものが無く、広大な大地が広がる北海道への願望を徐々に募らせていったという。
北海道生活の第1歩は上富良野町だった。ここで長男を授かったが、富良野市に助産院が無かったため、旭川市永山の助産院に通っていた。院長のご主人から“当麻にある山を手放したい”という話があったことがきっかけで、憧れだった山の所有者となり当麻に近づくことになる。
翼さんのもう一つの憧れが五郎さんのように自身で家を建てることだった。しかし日曜大工の経験はほとんどなかった。「トンカチすらなくて…。持っている工具はクライミング用のハンマーぐらいだったんですよ」と翼さんは笑う。しかし古本屋で“100万円で家を建てよう”という内容の本を手に入れたことで経験が無くても家を建てられるのではないかと考えるようになったという。当麻町の公営住宅に移住し、会社勤めの傍ら、週末作業で荒れた山を整備しながらの家作りが始まった。まずは丸ノコ、それから少しづつ工具を揃えていった。基礎工事には二夏を要した。住宅は平屋だが足場を設置しない工事は危険が伴う。梁に登ったり、高所で作業するのはクライミングで培った技術が役に立ったという。怪我がなかったのは運が良かっただけと翼さんは振り返る。だから“自分も家を建てたい”という相談があるが簡単におすすめはしないという。「工具の危険、落下の危険があって、材料も業者が購入するより、ずっと高い。100万円だけでは全然完成しなかったですね(笑)。同じ夢を見て途中で挫折した人も多いと思います。リターンが大きい分、リスクもかなり大きいですね」。
マイホームに着工した時、生後8カ月だった長女は、完成した頃には小学1年生になっていた。しかし住宅建築に要した7年間はさまざまな技術や知識を身に着けさせてくれたという。自宅の前にはしっかりと基礎を打った立派なガレージがあるが、これは昨年の夏休みに子どもたちと自由研究の課題で建てたものだという。(後編へ続く)