怪異を訪ねる【菅原別館】その四
居酒屋でのひと時を終えて夜八時前。ほろ酔いで菅原別館に戻った。
改めて部屋に辿り着くと、壁一面に飾られた名刺をじっくりと観察した。出世祈願や幸せが訪れるようになどと願いを込めて、宿泊者が残した跡だ。日本中から予約を取って念願叶った宿泊者が多数いること、自分もそんななかの一人なのだと、嬉々として検証を楽しむ心持になった。
さて、まったりする前に風呂場に向かう。入浴はチェックイン時に女将さんが希望の時間帯を聞いてくださり、女将さんが時間を考慮、調整をして宿泊者は風呂場へ通してもらう。風呂場は一階にある。私はアバウトな時間帯で九時頃までには夕飯から戻ると伝えてしまったので、少し早いが、風呂場の様子を窺うと人気がなかったのでそのまま入浴を済ませた。
風呂上がりに一階の廊下を見学していると、スタッフルームから出てきた女将さんとばったり遭遇。
「あら、お帰りなさいませー。お風呂行かれてたんですねー。九時に入浴だと思ってまして」
察するに入浴希望の時間になると、女将さんが部屋へ声を掛けに行き、風呂場まで案内する手順だったのかもしれない。空いていたので早めに先に入ってしまったのだが、段取りを私が理解してしなかったようで、これは失礼だった。女将さんは間違っておりません。今後、宿泊予定の皆様は、入浴時間についてしっかり確認をされたほうがスムーズに迷惑が掛からなくて良いかと思うので、お気をつけください。
「風邪ひかないようにしてくだいねー」
お気遣いの一言も掛けて頂いて、身体も心も温まった私は部屋へ戻った。
時刻は九時前。座布団に腰かけて、後は不思議な夜を満喫するだけ。一応、テレビを点けてはいるが、それはあくまで生活感を出すことと時間帯を把握する為であり、音量を絞り、不思議な音が聞こえるかなど検証してみた。
特に変化はない様子。テレビの上部にはモービルが吊り下げられており、風も振動もないのに動くと評判だ。観察していると、確かに回転したり揺れたりしている。ただ、このような細い糸のようなもので吊られた物体は、この部屋でなくても動くことはよくある。単なる重力のせいなのかは不明だが、現象としては不思議だ。
添えられた人形は二十五番のこちらの部屋ですら、数多い。テレビの検証では人形が動いたとか、勝手に落ちてきたとか、興味深い現象が起きたこともある。今のところ、部屋は静寂だ。一日に受け入れる宿泊者数は緑風荘に比べて少ないので、廊下から聞こえる足音なども、あまり出入りが少ないことからほとんど聞こえない。夜が深くなると、御手洗いに行くぐらいしか用はないであろう。だからこそ、少しの音にも敏感になれるわけだ。
「わらしちゃーん」
時折、囁いてみたり、心の中で呼びかけてみる。しばらく本を読み進めながら菓子類を食べてみたりしたが、特に変化はない。人形で覆われた室内なので、視線を感じる錯覚を覚える。不気味だとか怖いと思い人もいるかもしれない。だが、宿泊に漕ぎつけるレベルの人間にはそんな感情はない。高揚感を抱く空間だ。
そうこうしているうちに、時間は過ぎていく。時刻は十一時半を回った。ここで、写真を数枚撮ってみると、やはりお馴染みのオーブが写った。
物音一つせず大きな風も吹かない部屋で、オーブが画面で確認できた。オーブについての私の見解は以前にも示したが(怪異を訪ねる【緑風荘】その二)、私はオーブの正体はほとんどが埃だと考えている。それ故に、大騒ぎすることもないのだが、他にオーブが写らず、単体で大きなものが確認できたので、これについてはやや不思議ではあった。埃と直ちに断定するのは難しい一枚だ。
続いて、せっかくなので、部屋の明かりを消して、人工的にオーブというか埃を大量発生させてみた。布団を叩いてみるとわかりやすいので、皆様も実践してみては如何だろうか。簡単に自宅でも検証は可能だ。
この後、電気を点けたり消したりしながら検証をしてみたが、何かを感じたり、事が起こることはなかった。いよいよ電気を消して、布団に入って横になりながら感覚を研ぎ澄ませて朝を待った。(続く)