歴史を踏みしめる【ムカサリ絵馬】その一
皆様、お変わりございませんでしょうか。二月に入り旧暦の正月を迎えた頃合いですが、関東では積雪の影響で交通機関が乱れたりしていると、七日の天気予報で知りました。今後も充分にお気をつけください。
noteを始めて一年が経過したが、昨年は「怪異を訪ねる」と「日本酒記」の二大シリーズを更新し続けた年であった。どちらも想像以上に読者の皆様に読んで頂けているようで、改めて、感謝申し上げます。
「怪異を訪ねる。歴史を踏みしめる。」
当noteのタイトルの前半の趣旨は、ある程度、昨年に公開した記事でお伝えすることができたかと思う。そこで、今年からは新たなシリーズを更新していくつもりである。タイトルはずばり「歴史を踏みしめる」だ。
「怪異を訪ねる」が「不思議」全般と向き合うストレートな内容であれば、こちらは「歴史として嘗て存在した或いは継続している風習」について述べていく。
二つのシリーズはリンクしており、怪異を訪ねてその土地や事柄に関わる人を知れば、自ずと歴史を知り、踏みしめることになるからだ。逆もまた然り。それ故に、noteのタイトルとしている。我ながら誇りを持っている言葉だ。
記念すべき第一回は、「ムカサリ絵馬」についてである。山形県を中心に現在も残る風習であり、既に各メディアやYou Tubeで取り上げられている様子が散見されるので、ご存じの方も多いのではないだろうか。しかし、シリーズの第一回目ということで、敢えてメジャーな風習を取り上げてみたい。複数回に分けて、昨年、取材で山形県を訪れた様子を記す。
ムカサリ絵馬についての概要の詳述は次回の記事に譲るが、まずは簡単に説明してみたい。未婚のままで亡くなった家族や友人、知人の供養のために、遺族がせめてあの世では幸せになってほしいとの願いを込めて、絵馬に架空の配偶者と故人の絵を描き寺に奉納するというものだ。
二〇二三年六月下旬。私は朝一番の便で山形空港に降り立った。山形県には初めて訪れたが、これで東北六県すべてに足を踏み入れたことになる。大好きな酒と肴が豊富に揃っている地域への訪問を制覇することができて、朝から嬉しい気持ちが昂った。今回の旅の目的は、山形県の風習を巡ることである。
「『おいしい山形空港?』そんな呼び方してるのかこの空港は」
空港名に親しみを込めて、そのような形容詞を掲げているユニークな空港である。これから不思議な世界の旅へ進む私とは対照的に、観光アピールに力を入れている様子だ。
しかし、天気は生憎の雨。傘を差さなければならないほどの雨粒が私を迎えてくれた。まずは空港から最寄りのさくらんぼ東根駅へ向かう予定だが、空港から駅への交通手段はタクシーを予約していた。すぐにタクシー乗り場へ向かう。
ちなみに、さらっと書いたが駅名にも「さくらんぼ」と地元の名産を冠しており、山形県は遊び心があり、抜かりがない。
タクシー乗り場には、複数台が停車していた。到着便の時刻に合わせて予約していた、それらしきタクシーに近付き、ドライバーに声を掛ける。
「あーご予約の方ですね。助手席にどうぞ」
ベテラン風の男性ドライバーが案内した。後部座席を見ると、既にそこには年配の女性二人組が乗車していた。どうやら相乗りらしい。タクシーの助手席に乗るのは初めてである。
東根駅までは車で移動すれば十分と掛からない。初めて見る山形の景色を、タクシーの窓から観察するには短い時間だ。車中トークもできそうにない。
「たまにさくらんぼ狩りに来るんですよ」
後部座席の女性陣とドライバーとの会話が始まった。どうやらこの時期はさくらんぼの収穫時期であり、「一番良い時期ですよ」とドライバーが返答する。
実は、ターミナル出口で係員数名が、到着した乗客にプレゼントを配っていた。私もポケットティッシュを受け取るような感覚で受け取ったのだが、そこには簡易な観光パンフレットと共に試食用のさくらんぼが入っていた。当日はおもてなしの曜日だったらしい。少し得をした気分になった。
ふと、女性のイントネーションが関西弁のような気がしたが、同じ時刻に到着したのだからその可能性は高い。しかし、この流れで会話に混じる勇気もない私は、静観するのみであった。ここでいきなり、「心霊体験したことありますか」なんて質問をすれば「ヤバい奴」認定である。そんなことはしないのが私である。怪しい人ではございません。
窓から空港周辺を見渡す。辺り一帯がさくらんぼ畑である。
(こりゃ、『おいしい』とか『さくらんぼ』を名前に付けるだけのことはあるわあ)
若々しい実が成った収穫時を迎えたさくらんぼ。淡い赤色を纏った姿がそこら中に広がる。それほど広くない道路を抜けて、少しずつ背の高い建物がポツリと目に付くようになり、やがてタクシーは拓けた場所に出た。
「はいー着きましたよー」
まず女性二人組がお会計をする。空港から東根駅までは、「ワンコインライナー」という片道五〇〇円で乗車可能なタクシーが出ており、私たちが利用したのはその便だ。要予約なので、読者の皆様には注意頂きたい。
「すいません、このままタクシーで次の行き先までお願いできますか」
女性陣が降りるタイミングで私はドライバーに問うた。
「大丈夫ですけど、一旦、ワンコインの御精算はこちらでさせていただきますね」
ワンコインライナーを予約した時の電話で、事前に配車が可能かどうかの確認はしていたので、次の行き先を告げた。
「黒鳥観音さんまでお願いします」
「また、渋いとこ行きますねー(笑)」
言われてしまった。そうだ、記念すべき山形一発目の訪問先は黒鳥観音だ。(続く)