LanLanRu文学紀行|風と共に去りぬ
マーガレット・ミッチェル著
舞台:1860年代/アメリカ
子供のころは恋愛小説として読んでいた。レッド・バトラーの愛に気が付かず、アシュレーにばかり気にしている主人公、スカーレット・オハラをもどかしく思ったものだった。高校生になって南北戦争について習うと、リアルな戦争描写に驚いた。
『風と共に去りぬ』に描かれる南北戦争
『風と共に去りぬ』はアメリカ南部の大農園の娘、スカーレット・オハラが南北戦争を強く生き抜いていくさまを描いている。
南北戦争は、市民を巻き込んだ初めての総力戦と言われている。それまで職業軍人がするものだった戦争は、ここでは人員・物資などあらゆる国力を動員した国同士のぶつかり合いに姿を変える。
父親・夫・息子、身近な人たちが志願兵となり、前線へと戦いに行く。男たちばかりではない。南部夫人たちも、負傷兵の看護やチャリティーの開催など、後方支援に励む姿が描かれている。
戦争による国土の荒廃の様子も克明である。スカーレットの愛したアトランタは炎上して北軍に陥落する。故郷のタラは北軍の駐屯地となり、美しかった大農園は荒れ果てて今や耕す人もいない。スカーレットが畑の土を握りしめて、「もう決して飢えはしない」と誓うシーンは印象的だ。その後彼女はアトランタに移り、戦後の「再建」ブームにのって実業家として成功を遂げる。けれども全てが変わってしまい、もう古き良き南部は戻ってこない。
黒人奴隷制度の描かれ方
南北戦争において、北部と南部の対立軸の一つに黒人奴隷制度があった。商業的な発展を求める北部に対して、農業経済を基盤とした南部はプランテーションを維持するために奴隷制度を望んだ。そうした南部の白人視点から描かれたからか、「風と共に去りぬ」の中では奴隷制度は批判されない。純朴な黒人奴隷は、教え導かなければならない子供のように描かれているので、しばしば問題視されてきた。白人を襲撃した黒人に対して復讐をする秘密結社の暗躍も描かれている。今から思うとKKK(ク・クラックス・クラン)のことだろうと思う。
関連作品
同じく南北戦争の頃のアメリカを描いたものに、オルコット著「若草物語」があげられる。こちらは北軍に従軍する牧師の4人の娘たちが女性として成長をしていく物語である。
映画「風と共に去りぬ」
映画にも触れたい。1939年のハリウッドの超大作だ。雄大な音楽と美しい色彩の映像が印象的。当時はまだ珍しいカラー映画。猫のような目をしたヴィヴィアン・リーとニヒルな笑顔のクラーク・ゲーブルは、まさにぴったりのはまり役だった。クラーク・ゲーブルについてはそもそも「風と共に去りぬ」の原作者、マーガレット・ミッチェルが彼をイメージしてレット・バトラーを描いたので当然といえば当然であるが、一方まだ無名だったヴィアン・リーはスカーレット・オハラのイメージから抜け出すのに苦労したようだ。
1939年公開というと、世界では第二次世界大戦がはじまったころ、日本では日中戦争の最中である。日本のはじめてのカラー長編映画は1951年の「カルメン故郷に帰る」なので、こんなところにもアメリカの国力をうかがうことができる。この映画を見た日本軍関係者が「こんな映画を作る国と戦争しても勝てない」と衝撃をうけたという逸話がある。
日本での公開は1952年、戦後の復興期である。戦火から力強く立ち上がっていくヒロイン、スカーレットの姿に、ちょうど復興の途上にある日本人は自らを重ね合わせていったのではないだろうか。