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LanLanRuミュージカル紀行|王様と私

舞台:19世紀半ば /シャム(タイ)

ブロードウェイの大ヒットミュージカル「王様と私」。
きっと誰でも一度は聞いたことがあるにちがいない「Shall we dance?」 などのヒットナンバー、また1951年の初演以来歴代の個性豊かな俳優の演技が印象的な、ロジャース&ハマースタインの作品である。
最近ではケリー・オハラと渡辺謙の共演が記憶に新しい。ミュージカル黄金期につくられた名作にふさわしく、舞台美術も衣装も華やかに工夫が凝らされている。叶うならば、いつかは是非本場のブロードウェイで見てみたい作品の一つだ。


「王様と私」はシャム(タイ)の国王と、その子供たちの家庭教師であるアンナの交流を描いた物語。もとはといえば実在のイギリス人家庭教師(アンナ=レオノーウェンス)の体験談を本にしたマーガレット=ランドンの小説『アンナとシャム王』が原作となる。
西洋と東洋、はじめは価値観の相違から対立していたアンナと王様(ラーマ4世)だが、様々な経験を共にするなかで友情とほのかな愛が生まれていくというお話。もっとも作中のエピソードは、史実というより創作が多く含まれているようなので、タイ王室への不敬罪に当たるとして、タイ本国では今も上演が認められていないと聞いたことがある。実際のところはアンナは単なる雇われ教師に過ぎず、ラーマ4世とはそれほど親密でもなかったようだ。

タイの近代化につとめたラーマ4世

「王様」ことラーマ4世(モンクット王)。ミュージカルでは近代化を口にしつつも、タイの旧時代的な考え方や慣習からはまだまだ抜け出せていない人物として描かれている。しかし実際には学識豊かで、東洋、西洋どちらの文化にも通じた開明的な人物だったようである。
即位前に僧門に入っていたこともあり、サンスクリット語やパーリ語を習得する一方、宣教師からラテン語や英語を学ぶなど、当時のアジアの王室では稀な才人であった。
即位後は清への朝貢をやめて西洋との関係を重視。1855年、ボーリング条約によって開国後、英仏米と相次いで外交関係を結ぶ。そのほか西欧諸国から先進技術を導入し、タイの近代化の基礎をつくった。子供たちの家庭教師にイギリス人を招いたのもその一環であっただろう。

そのかいあってか、続くラーマ5世(チュラロンコーン王)は特に名君として名高い。タイの近代化に努め、イギリスとフランスの対立を利用して独立を維持した。彼がタイの近代化のために行った一連の改革は、チャクリー改革と呼ばれている。

チャクリー改革の内容
・中央集権体制の確立
・奴隷制の廃止
・行政、司法、軍事の西欧化
・鉄道敷設、教育制度の近代化など

タイ近代化の時代背景

だが、ラーマ4世にしてもラーマ5世にしても、なぜ近代化をこれほどまでに急速に進めなければならなかったのか。それを知るには当時の世界情勢を知る必要がある。

資源豊かな東南アジアは16世紀以降、西欧列強の植民地政策に脅かされてきた。20世紀初めまでには東南アジアの国々のほとんどが欧米の植民地とされている。タイ周辺の国を見てみよう。

・マレーシア:1895年にイギリスがマレー連合州を設立。
・ミャンマー:ビルマ戦争の末、1886年にイギリス領インドシナ帝国に。
・ラオス:シャム・仏条約により1893年にフランスの植民地に。
・ベトナム:1887年にフランス領インドシナ連邦に組み込まれる。
・カンボジア:1887年にフランス領インドシナ連邦に組み込まれる。

19世紀後半、世界は西欧諸国によって分割されつつあった。その中で、ラーマ5世はイギリスとフランスの対立を利用することで巧みに独立を維持することに成功したのだった。当時どこかの国の植民地とならずに独立を保つことができたのは、欧米諸国を除けばタイと日本の2国だけである。どちらの国も開国後は近代化(西洋化)を急いだ。西欧諸国から対等の扱いをうけるためには、ヨーロッパと同じく法制度や政治制度の整った近代国家に生まれ変わる必要があったのである。不平等条約改正への願いがその原動力となっていた。

日本の場合はタイよりも2年早い1853年、ペリー来航によって開国せざるをえなかったのであるが、開国をきっかけに200年続いた幕府政権は崩壊し、明治維新のもとで半ば強制的に近代化が始まった。学制発布、国民皆兵、地租改正、殖産興業、富国強兵、帝国憲法発布、帝国議会開設など、明治政府は僅か40数年の間に猛烈な勢いで近代化を成し遂げていく。

さいごに

このような歴史を知ると「王様と私」もまた違ったように見えてくる。けれども純粋にミュージカルとして見れば、見どころも多く楽しい作品であることは間違いない。
『アンナとシャム王』のお話は、3度にわたって映画化されているが、このうち1956年の「王様と私」は今回取り上げたミュージカルの映画化になる。幾度か見たが、これはこれで思い入れがあるので、またいつか別稿にまとめることにしたいと思う。



〈参考文献〉
・『世界史用語集』(山川出版社, 2014)全国歴史教育研究協議会 編
・『ナビゲーター世界史B』(山川出版社, 2016)鈴木敏彦 著 


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