記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

LanLanRu漫画紀行|ベルサイユのばら外伝 ~黒衣の伯爵夫人

池田理代子 著

以前『ベルサイユのばら』を取り上げたが、いつか『ベルサイユのばら 外伝』にも触れられたらと思っていた。今回紹介するのは『黒衣の伯爵夫人』。ベルばら連載が終了した翌年の1974年に発表された短編である。オスカルやアンドレが元気に活躍している姿をまた見られるのが嬉しいのだが、こちらは本編とうってかわって、怪奇的なサスペンス風。

『ベルサイユのばら外伝 ~黒衣の伯爵夫人』

オスカルが、アンドレやロザリーと共に、姉のオルタンスのところを訪ねた折の話である。森の中で、道に迷ったオスカルとアンドレたちは、モンテクレール伯爵夫人の屋敷に誘われて、恐ろしい猟奇事件に巻き込まれてしまう。
このモンテクレール伯爵夫人が美しい。全身の血が凍りつくような、とオスカルは言っているが、妖しい美しさを湛えていて、リオネルという、これまた、人間とは思えないほど美しいひとりの青年と暮らしている。

集英社文庫『ベルサイユのばら』第5巻 p262より

ところが、どうもその伯爵夫人の美しさには、恐ろしい秘密があるようだ。その一帯では村の若い娘たちがつぎつぎと姿を消してしまっているらしく、吸血鬼が出るという噂まである・・・とまあ、ぞくりとするような話ではあるが、さらにぞくっとするのが、この黒衣の伯爵夫人、現実にモデルがいるというのである。作者自身が注釈で記している通り、16世紀末ハンガリーに実在した、エリザベート・バートリの事件をもとにしているということなのだ。

集英社文庫『ベルサイユのばら』第5巻 p248より

実在した 「血の伯爵夫人」 エリザベート・バートリ

私はこの話で「血の伯爵夫人」と恐れられたエリザベート・バートリ(バートリ・エルジェーベトとも)の存在をはじめて知った。そして戦慄した。
彼女はハンガリーの伯爵夫人であるが、伝承によると、処女の血に自分の体を浸すことで永遠の若さを保つことができると信じていたという。それで数百人の若い女性を拷問にかけ、殺害したと言われている。史上名高い連続殺人者だ。

中世ヨーロッパの世界というのは、今では考えられないほど暴力に満ちていたようなのだが、それにしても、彼女の所業は群を抜いているように思える。この残虐性は、一体どこからきたものなのだろうか。
あるいは、それは生来のものだったかもしれない。エリザベート・バートリ(1560-1614年)は現在はルーマニアの一部となっているトランシルバニアの富裕な名家の生まれであるが、このバートリ家は歴代の枢機卿やトランシルヴァニア公など、有力者を輩出する一方、血族同士の結婚を繰り返してきたためだろうか、悪魔崇拝者や色情狂と噂されるような、性格異常者も多くいたという。
また、もしかしたら、夫の影響もあったかもしれない。エリザベートの夫のナダシュディ伯爵はハンガリーの英雄だが、敵に対する極めて厳しい処罰方法を好んだことで有名だった。
ともあれ、エリザベートの残虐行為がエスカレートしたのは夫と死別後、彼女が領内に大きな権力を持つようになってからのことだったらしい。彼女についての残忍な逸話が数多く残っている。例えば裁縫に落ち度があった召使女の爪の間に針を差し込んだとか、アイロンで衣服を焦がせば、焼きごてを肌にあてたとか、はちみつを盗みなめすれば舌を切り取ったとか…。
それでもはじめは召使に対する残虐行為に止まっていたのだが、そのうち領内の農奴の娘を誘拐したりして惨殺したり、やがて下級貴族の娘を「礼儀作法を習わせる」と誘い出すなど、彼女の魔の手は貴族の娘にも及ぶようになったという。内側に鋭い棘を生やした球形の狭い檻の中に娘達を入れて天井から吊るしたとか、「鉄の処女」という内側に鋭くとがった釘を植えた、人間の外形を模した鉄の棺に犠牲者を入れて採血をしたとか、聞くだに恐ろしい話も残っている。
しかしとうとう1610年、いけにえの娘の一人が脱走し、当局に彼女の所業を訴え出たところから、彼女の所業が明るみに出た。エリザベートの所有する、その広大な領地に野心を抱いていたハンガリー国王はただちに彼女の逮捕を命じ、エリザベートは裁判にかけられた。捜査された城内からは、身体の各部に小さな穴を開けられ、血を搾り取られた娘たちの死体や、地下室に監禁されていた娘たちが数多く発見されたという。エリザベートは自分の所業を全て認め、チェイテ城に終身監禁されたとのことである。

さいごに

さて、池田理代子氏の『ベルサイユのばら外伝 ~黒衣の伯爵夫人』は、このエリザベート・バートリの事件をモデルにしているわけなのだが、ただの怖いホラー話にならないのが、この作者の話作りの上手いところ。
伯爵夫人の美への執着を恐ろしくも耽美的に描いているのだが、面白いのは、永遠の美を求める伯爵夫人に対して、
「永遠が存在するとでも思うのか。花はやがてちるからこそ美しいものを」
とオスカルに言い切らせているのである。革命に命を燃やし切ったオスカルの生き様を、こんなところでも感じられるのだった。
それにしても、伯爵夫人といい、ロザリーをいじめるカロリーヌといい、やはりこの人は、女性の愛憎の恐ろしさを描くのが上手いなと思うのだが、そんな中で、ほっと一息つかせてくれるのが、この作品ではじめて登場する、オスカルの姪っ子のル・ルーちゃんだ。登場シーンも口をあんぐりと開けてかわいらしい。

集英社文庫『ベルサイユのばら』第5巻 p244より

6歳児というが、おませで、機転がきいて、ちゃかりしていて、愛用の香水は「ジャン・デスプレーのバラベルサイユ」。オスカルやアンドレに負けず劣らずの活躍ぶりで、黒衣の伯爵夫人をやっつけるのに、しっかり一役買っているのだった。

エリザベート・バートリ関連作品

・「血の伯爵夫人」(2009年,ドイツ・フランス合作映画)
・『血の伯爵夫人―エリザベート・バートリ』(桐生操 著)

◼︎ 補足
最近では、エリザベート・バートリについて、彼女の財産を狙う家族や敵対者によって罪を着せられた犠牲者という見方もあるようである。ただし、証言が誇張された可能性はあるにしても、彼女の犯罪行為は、全くの事実無根ではないだろうというのが一般的な見方のようだ。


〈参考文献〉
・『ドラキュラ誕生』(講談社,1995)、仁賀克雄著
・「若い女性600人を殺害「血の伯爵夫人」バートリ・エルジェーベト」
(NATIONAL GEOGRAPHIC、2022.11.13)
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/22/102500492/

いいなと思ったら応援しよう!