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LanLanRuドラマ紀行|哲仁王后~俺がクイーン!?

舞台:1851年 /  韓国(李氏朝鮮)

タイムスリップものは好きではないし、普段あまり見ないのだが、このドラマには、思い切りハマってしまった。
現代の大統領官邸専属シェフが、李氏朝鮮時代の王妃の体に入り込んでしまうという奇想天外のコメディ時代劇なのだが…。

「哲仁王后~俺がクイーン!?」 そのあらすじ

チャン・ボンファンは、最年少で大統領官邸“青瓦台”の料理長になった、自信満々で怖い物知らず、超がつくほど女たらしのプレイボーイ。ところがひょんな事故からタイムスリップしてしまい、目を覚ますと、そこはなんと朝鮮時代の王宮だった!しかも、よりによって、王との婚礼を翌日に控えた、キム・ソヨンという女性の体に入り込んでしまう。

キム・ソヨンは、当時宮廷で勢力を誇っていた、安松キム家の一族の娘だった。家門の力もあって、かねてから心を寄せていた王様の、念願の王妃となれたはいいが、夫である哲宗は、自身の家族を殺したキム一族の者だからと冷たい態度をとるばかり。一族からの重圧と、満たされぬ想いに耐えかねて、ある日、宮中の池に身を投げてしまうのだった。
ところが、そんなソヨンの体に入り込んだボンファンは、彼女のつらい立場など全く気にせず、権謀渦巻く宮中もなんのその。自由奔放で大胆な言動を繰り返して、宮中の秩序をかき乱していく。

存在感が強烈! シン・ヘソン演じる哲仁王后

このドラマ、何より魅力はシン・ヘソン演じるキム・ソヨンの存在だった。立場の上では皇后ながら、中身は全く中年男のボンファンというので、王宮内をがさつに走り回ったり、座るときは大股広き、言葉遣いは横柄で、唾を吐いたり、なんと王様にビンタを食らわせたりもしていた。
さらには男装して妓楼で豪遊したり、本来ならば哲宗を巡ってドロドロのライバル関係になるはずの側室の宜嬪ファジンを口説こうとしてみたり、しまいには王様の側室選びの名目で、自分のハーレムを作り上げようとする始末。
全く皇后にあるまじき、立ち居振る舞い、奇行の数々。我が道をゆくソヨンならぬ”ソボン”(ボンファン版ソヨン)には、哲宗も、純元王后も、宮中の人々はずっと振り回されっぱなし。だが、自由奔放な彼女の魅力に、なぜかみんなハマっていってしまうのだった。

ボンファンがタイムスリップしてしまったドラマの舞台は?

さて、歴史好きとしては、ボンファンがタイムスリップしてきてしまった時代が、まず何よりも気になるところ。ボンファンの推理によると、彼が来たのは1851年、哲宗が李氏朝鮮の第25代国王として即位して2年目のことらしい。しかし哲宗とは誰だろう。今まであまり聞いたことのない名前の気がする。

「一族の罪で江華島に流されたが、愚鈍から王になったシンデレラ・ボーイ。操り人形のごとく無能な王で民を苦しめ即位して14年で病死。」

ドラマの中ではこのように説明されていたが、調べてみると、実際あまり良い評判は残っていない。哲宗の治世には、役人の不正による三政(田政、軍政、還政)の乱れがはなはだしく、農民の負担は大変なものになっていた。水災や疫病もはやり、1862年には壬戌民乱とよばれる全国的な民衆反乱も起きたらしい。不安な世相を背景に、崔済愚によって朝鮮の民衆宗教ともいうべき東学が生み出されたのも、この時代だ。

もともと哲宗は、前王の憲宗に後継ぎがないというので、突然ソウルによび戻されて19歳で即位した王だった。兄の獄事に連座して江華島に流されて、農民として暮らしていたので、国王としての正規の教育などは受けていないし、王となっても外戚の安東キム氏(ドラマでは安松キム氏)のなすがままであったという。自ら改革を行おうとしたこともあったようだが、結局は無力を悟り、次第に酒色にふけるようになり、そして1863年、わずか33歳で逝去してしまう。哲宗が取り除こうと思ってもできなかった安東キム氏の勢道政治を止めるには、次の高宗の時代まで待たなければならなかった。

一味違う、ドラマの中の哲宗は

こう聞くと、終始安東キム氏に頭を押さえつけられていた哲宗という人は、ちょっと気の毒なようにも思えてくるのだが、ドラマの方では少し様子が違うようだ。こちらでは、キム・ジョンヒョンが、表向きはとぼけた王だが、実は頭脳明晰な改革者、という2面性を持つ哲宗を演じている。宮廷に蔓延する不正を糺そうとして、その根源である安東キム氏の純元王后や金左根(キム・ジャグン)と影で丁丁発止の渡り合いを繰り広げていくのだが…。

はじめは現代に帰ることしか考えていなくて、権力闘争などどこ吹く風だったソボンも、やがてこの争いに巻き込まれていくことになる。けれども21世紀の知識や処世術、シェフの腕前を活かして、哲宗と2人で危機を乗り越えていく様子も、見ていて痛快なのだった。

恋愛コメディードラマとしても見どころがいっぱい!

そしてもう一つ、目が離せないのは、ソヨンと哲宗の恋模様。
ソヨンの場合は複雑だ。男になんか抱かれてたまるかと思っている、ボンファンとしてのソボンと、哲宗に惹かれて切ない想いのソヨンも中にいる。まるで別人格の二人だが、そのソボンがソヨンに次第に同化していってしまうので、意に反してときめいてしまったり、いや、ちがうと抵抗したり、ころころ変わる表情から、ますます目を離すことができなくなってしまうのだった。それにしても、ソボンとソヨンはまるで別人。ソボンは何をしでかすかわからない、悪い笑顔がキュートだし、ソヨンは可憐で守りたくなるしで、二人をそれぞれ演じ分けているシン・ヘソンという人は、本当にすごいと思う…!

また哲宗は哲宗で、はじめは嫌っていたものの、ソボンの意味不明な行動に振り回されているうちに興味が出てきたらしく、理解したいと「中殿辞典」を作り出したりしているのが微笑ましかった。すれ違いを重ねながらも、次第に戦友のような絆も生まれてきたようで、互いの人格を尊重しながら、少しずつ距離を縮めていく2人の姿は、見ていて気持ちのいいものだった。

さいごに

こんな具合で、歴史ドラマあり、宮廷の愛憎劇あり、恋愛コメディーあり、見どころいっぱいの「哲仁王后~俺がクイーン!?」。結局ボンファンは現代に戻れるのか?歴史は変えることができるのか?ソヨンと哲宗は結ばれるのか?色々結末が気になるところ。
個人的には全20話、一気に見終わってしまったので、既に少しロス気味なのだが、そんな人のために作られた「哲仁王后 竹の森」。哲宗やソヨン、脇を固める女官らキャラクターたちの"秘密"を描くオムニバスのアナザーストーリー集だというが、ソボンが何かしでかすたびに、困った諦め顔のチェ尚宮、ソヨンを慕うあまり暴走するキム・ビョンイン、ソボンが水刺間(スラッカン)に来るたびにイライラさせられる、水刺間のお頭のマンボクなどなど、ソボンと哲宗を取り巻く人々も、それぞれにいい味だったので、こちらを見るのも楽しみである。


■ 補足_ドラマを見て知った豆知識

「哲仁王后~俺がクイーン!?」には、ちょっとした豆知識がドラマの中に織り込まれているのも面白かった。
チマチョゴリの宮廷服は意外に何枚も重ね着していて大変なんだとか、歴代の韓国皇帝を覚える覚え歌があるらしいとか。ちなみにその覚え歌は下記。

太定太世文端世(テ~ジョンテ~セムンダンセ~)
睿成燕中仁明宣(イェ~ソンヨンジュンインミョンソン~)
光仁孝顕粛景英(クァ~インヒョヨンスッキョンヨン~)
正純憲高(ジョンスンホンチョルコ)

こうしてみると、哲宗は朝鮮王朝の最後から2番目の王なのだ。
他にも、王の被る冠の、冠の簾(旒)が目を、耳玉(充耳)が耳を隠すのは、「王は臣下の言葉を聞け」という意味を表しているのだということも言っていた。なるほど。
こんな、ちょっとした小ネタがあちこちに挿入されているので、探して見てみるのも面白かろうと思う。

■ 補足_東学について

ドラマの中でも度々話題になっていた、東匪(東学)は、この時代、1860年に、没落した両班出身の崔済愚が創始した宗教だ。儒教・仏教・道教を融合させた教えで、西学(カトリック)に対して東学と名付けられた。崔済愚自身は哲宗の次の高宗の時代に処刑されたが、後に東学の地方幹部の一人、全琫準が農民の蜂起を指導し、甲午農民戦争(東学の乱)を起こし、それが導火線となって日清戦争へとつながっていくこととなる。
ちなみに「哲仁王后~俺がクイーン!?」では、哲宗が大胆にも、国を憂う一介の両班と身分を偽って東学運動に参加していた。

■「哲仁王后〜俺がクイーン!?」関連作品
・「風雲」(1982年、韓国ドラマ)
・「Dr.JIN」(2012年、韓国ドラマ)
・「風と雲と雨」(2020年、韓国ドラマ)


〈参考文献〉
・『朝鮮王朝史 下』(株式会社 日本評論社,2006)李成茂著、金容権訳
・『世界史用語集』(山川出版社, 2014)全国歴史教育研究協議会 編


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