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変人の同業者

 
 嶺上自摸のnoteの記事には、さまざまな常識はずれの人が出てきておもしろい。本当は困っているのだろうが、それをおもしろく文章のカタチにする嶺上自摸さんの才能が、その困る存在によって発揮されてしまうのだ。
 
 常識はずれの人は、どこの世界にもたくさんいる。ずっと前のことだが、1人モツ業者の男から電話があった。その男とは、当時通っていた屠場の前の屠場での知り合いだった。気難しくて愛想がなく、周囲から「変人」と呼ばれ、敬遠される存在だったが、作業場が近くだったので多少の付き合いはあった。
 
 電話の内容は、通っていた屠場が閉鎖されてモツが仕入れられなくなったので、モツを売ってくれというものだった。
 どれくらいかと聞けば、3頭分。なんとも少ない。こんなに少ないから、閉鎖後に、どこの豚屋にも入り込めなかったのだろう。
 気難しい人間と関係を持つのも煩わしかったが、同じ一人業者ということでちょっとだけ同情心も沸き、仕方なく受けた。いつもぶっきらぼうな口調だが、この時ばかりは遜っていた。
 もうひとつ、受けた理由は、屠場に直接取りに来ると言う。まぁ配達してくれなんて言われたら、即座に断っていた。
 
 その取りに来るという当日、ぼくは3頭分を大きなビニールに詰めて準備した。業者の気持ちも分かるので、待たせては悪いと思ったからだ。
 相手はかなり困っていたようで、時間前に来た。そしてこちらの手渡す3頭分を車に積んだ。そして財布を出して4000円を差し出した。
 
 こう書くと、普通だ。商品を渡して、代金をもらう。流れとしてはおかしくない。しかしぼくと男では、金額のやり取りをしていないのだ。
 「えっ」と思わず声が出た。男は、自分の言い値で買おうとしているのだ。
 男は、ぼくにモツを売っている豚屋から、1頭の値段を聞いた。それが1300円だったので、3頭で3900円。それで4000円出してきたのだ。
 品物を渡すまで金額交渉をしないのも、一般には問題だろうが、けっこう業者間では細々と決めないで作業を進めてしまうことが多い。このときもそうだった。電話を受けたときも、金額の話は出なかった。
 
 受け取らないぼくに、男は「釣りはいいよ」とぶっきらぼうに言う。しらばっくれてるのか、それとも本当に気がまわらないのか……。
 
 原価では、まとめる手間賃が抜けている。ザッとだが、一応は洗って袋詰めする。ビニール袋だってただではない。
 
「まだ値段決めてないじゃん」
 
 こうまでくると、はっきり言うしかない。
 
「だって、1頭1300円だろ?」
 
 男が言う。
 
「それは、ぼくが買う値段だから。その値段でって言うなら、売れない」
 
 当時、日々30頭くらい取っていたが、その1割に当たる3頭は貴重だった。いつも足りなくて、余ったことなどないからだ。足りなくて、もうちょっと高値で、他の業者から回してもらうこともあった。
 また、ざっくりだが、1頭を加工すると、倍の価格で売れることになる。
 それを、同情心から、回そうと思ったのだ。
 
 そう説明して、1頭2300円だったら売ると伝えた。本当は、配達する手間もないし1800円でいいと思っていたが、恩を仇で返すような男の態度に腹を立ててイロを付けた。
 
「それじゃあ儲けが出ねぇよ」
 
 男が言う。どうやら、自分の儲けのためにはこちらの儲けはいいらしい。
 いや、実際のところ、その価格でも男は十分に利益が出ると、ぼくは知っていた。焼き鳥小屋を持っていて、自分自身で、エンドユーザーから利益を得られるからだ。
 また、屠場に直接入っていなければ、組合費、畜霊祭費などの細かい出費もなく、会議や講習にも出ないで済む。シンプルに仕入れ価格だけだ。
 
「じゃあ、直接、○○畜産から買えばいいでしょ。それなら1300円だから」
 
 ぼくの仕入れ先から直接買えばいいといった。まぁ、これはムリなことだ。3頭なんて少ない頭数、面倒くさくて相手してくれない。それに、仕入れ先でもこの男のことを知っていて、嫌っているのだ。
 ぼくは一応報告しておこうと思って、男に3頭売ることを○○畜産に伝えた。すると笑いながら、
 
「あの変人か! また面倒なのと付き合いだしたじゃんかよぉ」
 
 と言われた。
 
 結局男はチッと舌打ちしながら、「しょうがねぇなぁ。いいよそれで」と7000円出した。
 
 この男の舌打ちと言いぐさに反応すれば、心の満足を得られる。また、聞き流せば、サイフの満足を得られる。ちょっと考えたが、ぼくは商売人なので聞き流した。
 
 それにしても、相手の手間も考えずに原価を当然のように渡してくる。よくそんなことできるものだ。
 もっともそのツケで、仕入れ価格が上がって損することになる。ただ男は、ぼくが当初決めていた1800円という数字は知らないので、感情を逆なでしたことで損することになったとは思っていないだろう。
 

 
 

駄文ですが、奇特な方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いいたします。