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性説

プロローグ

 私は夜の8時に仕事を終え、小田急快速急行に乗って帰宅途中だった。
去年2021年の夏に無差別刺傷があった路線。
リア充だった「対馬悠介」が成功率数%でも中高生をホテルへ…のナンパ師になり、落ちぶれて起こした最悪な通り魔事件もまだ新しい。
私は疲れているのに座れないのに不満を持ちながら、携帯に目を落とすと中学からの友人であるトクロウからLINEが入っていた。
「ホヤジってネットで検索してみ やばいで、あいつやりやがった」
どことなく嫌な予感がしつつ調べてみると…
「ホヤジ容疑者、小学生女児にわいせつ!」
Yahoo!ニュースにとびこんできたのは衝撃の内容だった。
「マジかよ…」
ネットの反応も「こんな人間は許せない」という言葉で溢れかえっていた。
 犯行が行われたのは平日の昼間だったそうだ。ホヤジは実家住みで、大学を中退後、最寄り駅のスーパーでしばらくバイトをしていた。
それからIT業界へ就職し、5年が経過していた。コロナ渦になってからはリモートでほぼ出社はない状態だった。
リモートになったことによって人との関係が薄れ、精神がおかしくなり、時間ができるようになったので魔が差したのか?当初はそう思っていた。
ホヤジは仮想サーバーを構築するとかITの専門用語を得意気に語っていたが、資格を取ったことはなかった。
資格試験1回で受からなきゃ時間と金をドブに捨てるようなもんじゃん?だから受けないんだよねとか言ってたっけ。
 就職していたばかりの頃は情熱をたぎらせていた気がする。
部下に慕われているとかも聞いたが、トクロウには「子供部屋おじさん、通称こどおじじゃなっすか」と若い男に揶揄されたことによって傷ついたことを吐露していたようだ。
若い男は何の悪気もなく言ったことだったのだろうが、最終的にその矛先が小さい子供に向かったと考えると人生の恐怖を感じてしまう。

1章

 ホヤジとは地元、小・中学校は同じだった。生意気で斜に構えた顔をしてはいたが、特段変わったところはなかった。
上級生に「お前むかつくな」と腹パンされても反撃せず笑っていたらしい。
そもそも変わったところが分かるほど当時私は関わっていなかった。恥ずかしながら荒れており、不登校でもあったのだ。
高校は都内へ通っていたし、卒業後は就職して一人暮らしをはじめた。しかし私は就職先で上手くいかずに1年で実家に戻ってきてしまった。
これからどうしようかと思ってプー太郎状態が続いた。
そこでホヤジと再会したのである。
 当初は探り合っていたがはまっていたアニメの話(ひぐらしのなく頃に・フェイトとか)で盛り上がったのを覚えている。
ホヤジは偏差値が65~70ほどある高校を中退して塾に通っていた。(ほとんどサボっていたようだが)
何故中退したかというと女子生徒が一人の時にホヤジが人気のないところで襲い、抵抗されたことにより激昂。女子生徒は突き飛ばし頭はコンクリートの壁にぶつかった。
女子生徒は重傷を負ったが、命に別状はなかった。一生消えない傷を負うことになったが…その際引っ越したのはホヤジ一家ではなく、女子生徒の方だった。被害者が泣き寝入りをするケースは非常に多いという。
ネットでこの事件は匿名掲示板に書かれ、ホヤジは居場所を失った。その後はさすがに暗い影をおとしていたように思う。このときは反省の念というものがあったと信じたい。
しかし道端にタバコやペットボトルを平然と捨てる姿に「拾えよ」と言ったところ、「えっ何でキレてるの?」という顔をしていた。
結局のところ本人が拾わないので、私が拾った。ケーキが切れない非行少年のようなものなのかもしれない。
 実家で塾をサボってホヤジはネットサーフィンと文章を書くのに勤しんでいた。部屋はタバコの臭いが充満しており、いたるところにヤニが染みついていた。
部屋の住人がかなりの毛深さのため、縮れた毛が容易に視認できるくらい落ちている状態。美少女ゲーム、タペストリー、ライトノベル、漫画とゲームに囲まれていて、ふざけてPC内を覗くと小さい女の子のエロ漫画や画像が大量に発見された。
いつもは平然としているのにそのときは「やめろよ」と言ったきたのを思い出す。「ロリコン?」と聞いたこともあるが、本人は頑なに否定をしていた。
 いわゆるヲタクなのだが、硬派なサイトに文章を投稿していた。
優秀作品にも選ばれたと誇らしげにしていた。
読んでもよく分からなかったので、「相手に効かなきゃ意味が無い!」と言ってしまった気がする。
ホヤジはそのサイトで度々文章の批評をしていたようだ。ボロクソにこき下ろすと豪語していた通り、他の人の文章をバカにしていた。
小・中学校の同級生「シゲル」「クルト」と一緒に文章を批評し合っていたが、一方的にホヤジは二人の作品をバカにしていた。
私やトクロウにも「爆笑」「本当の文章っていうのはさ」と質の悪いクラシック・ジャズヲタみたいなことを言っていた。
その結果「シゲル」は引きこもりユーチューバー、「クルト」はゲームのエンジニアとして就職の道を歩むこととなる。
ホヤジは塾を辞め、大学には入ったもののすぐ中退することになる。理由は不明。その後はしばらくスーパーで働いていた。
文章を書くこともなくなり、自分の才能のなさに絶望したのか、ゲームに勤しみはじめた。
私とトクロウは実家から出ていくことになり、その後はあまり会うこともなかった。

2章

 ホヤジと再会した頃に関わるようになった人間にベンがいた。私らの顔合わせは昼下がりのファミレスだった。
第一印象は185cmあるイケメン、高校時代はかなりモテてており、中退はしていたが偏差値のかなり高い大学に通っていた。
私以外は皆哲学に興味があり、ショーペンハウワーやサルトルなんかについて語っていた。
ベンは普段寡黙だが酒が入ったり、興が乗ってくると「で!で!~なんですよ!」と唾をとばしながら喋った。
ホヤジはちょろっとニーチェを読んだくらいしかなく、話を聞いているフリをしてほぼついていけてなかった。
文章について厳しく語るも本を読んでいないのが露呈していた。
 そのとき隣のテーブル席に大学生4人組が座った。駅前の居酒屋で飲みサークルの一人が死んだ事件を起こしたS大学だ。
ガラが悪いという雰囲気はないがどことなく気持ち悪さを感じた。
「これこれ!こないだ撮ったやつ!」
「すっげぇ~」
「だろ?簡単だよな」
「この女ってあの講義にいなかった?」
「今度紹介してよ笑」
「いいよ。いいよ、俺だけが見たいとかテキトー言っときゃ撮らせてくれっから」
「おめぇ口うめぇ」
「な!世の中ちょれえよなw」
私はドリンクバーを取りに行くついでにショルダーハッキングで彼らの携帯内の画像を盗み見た。裸の若い女の子の写真が目に入る。
彼らはいわゆるヤリサーであり、仲間内で画像を共有しているんだろう。しかも同じ大学。
撮られた女の子はきっと知らないんだろう。知ってしまえば傷ついて、誰も信じることができなくなるのかもしれない。
「調子乗ってんじゃねぇよ」
私は当時、頭に血がのぼるとプツンと切れてしまう性質があった。止めることのできない衝動。
大学生4人組は?え?何何?みたいに顔を見合わせながら
「急に何でしょうか?」と妙に冷静でかしこまった返答をしたが、私は机を蹴っ飛ばした。
大学生は「え?やば笑」といったイキった笑いをかましたが、私が見えない速度で平手打ちを放つとみるみるうちに顔が青ざめた。
私は格闘技経験者であることを悟ったのだろう。急に大学生たちは「す、すみません」と言うとそそくさと席を立ち退散した。
気分が悪くなったので私らは店を出るとホヤジが「あそこまでやらなくても…女がバカなんだろ…」とこぼした後にベンが拾った。
「そうだね!ああいう男についていく女にも問題があるね!うん。こないだニュースでやってたベビーシッターの事件は相手が対抗する術がないから許せないけど、対抗する術があったらやっても問題ないと思うよ!うん。」
コンプレックス丸出し、男尊女卑な二人の会話を聞いていて、どれくらい世界にはこうゆう人たちがいるんだろうと思った。
人をモノとしか見ていない人、AIが人間に近付いてるんじゃなく、人間がAIに近付いてしまってる可能性がある世の中。倫理観の欠如。

3章

 ホヤジの判決には執行猶予が付き、保釈された。性犯罪に強い弁護士・被害者への慰謝料・ネット記事や報道の削除、とある会社の役員である母親が金を積んだのだ。そう、ホヤジは比較的裕福な家庭に育った。
実家を出たこともないので家賃・光熱費等を払ったことがない。生活費・お金に困ったことが一度もないのである。貧困を知らない。
給料はすべて自分のために使えるが貯金はなかった。趣味は麻雀やパチンコだからそうゆうことなのかもしれない。
 保釈後はT県の奥地にある犯罪者更生施設に入所した。刑務所のような場所を想像したら全く違う。
ホヤジは生活保護を受給し、その金を更生施設へ入金。朝から晩までゲームを続け、近くの有名ラーメン店で食事が日課となった。
SNS上でもゲームに関する発信し、ネットで知り合った「仲間」たちとチームを組み楽しく暮らしていた。1年半にも及び続くこととなる。
 ホヤジはいつの間にか死んでいた父親がいた。そこそこ有名なスポーツ選手だったが、怪我をして落ちぶれてクズになったという。
離婚後は日本各地を転々とし、最終的には人里離れた奥地で果てた。
ホヤジは犯行前にトクロウと父親の墓参りの旅行をした。そこで彼は涙を流していたという。その涙が何を意味するのかは知る由もない。
 私にもクズな実父がいるが、ホヤジと一度代官山のカフェで会っている。
実父であるヤザキはホヤジの文章に強い関心を示した。「彼は才能がある」ただそれは犯罪者同士の共鳴だったのではないかと今では思う。
ヤザキは高校中退後バンドをするためにF県から上京、10代でメジャーデビューするところまで行った。しかし大麻を栽培・運び屋をしていたことが発覚し少年院へぶちこまれる。反省が見られないため2年も入っていた。
ヤザキはそのとき未成年の女性ボーカルを引き連れていた。
ホヤジにとって憧れに映ったのかもしれない。
ヤザキは出所後も働くことはなくヒモ生活繰り返していたが、私が生まれたことによって渋々就職した。バブル時代に仕事は腐るほどあった。
はじめは良かったが何年かすると本性現れ、怒鳴り散らしたり、仕事も怠けるようになった。
別居となりアパートに一人で住んでいたが突然消える。SNSで知り合った女性のところへ転がり込んだのだ。
家庭裁判所もばっくれて、もうこちらに関わってこないかと思われたが、転がり込んだ女性が流産をしたことによって一変。
自分の後継者がいないことを悟り、一度は関係を絶った私らに接近してくるようになった。
「タカがトンビを産むこともある」「俺がいなかったらお前はいない」「お前がいたから俺は夢をあきらめた」
こんな言葉を出してくる人間とは離縁するに限るはずだが、世の中はクズに優しくできている。
 サイコパスタイプ。初見人当たりが良く社交的、しかし思い通りにいかないと激昂。それでも効かないときは泣き落としに入る。
良い人・嫌な奴・かわいそうを巧みに使いこなし、人の心の隙につけいるのが上手い人間がいる。
ホヤジも自身を「口が上手い」「人を嫌いにならない」を標榜していた。ホヤジは無意識で分かっていた。犯罪者が「普通の人」よりモテることを。
「人を嫌いにならない」それはつまり「人から嫌われたくない」の裏返しという皮肉。

4章

 月日が流れホヤジが更生施設から出ることになり、バイトをはじめたという情報が入った。
実家に戻れるというから驚きだ。私が親ならば離縁は間違いない。
ホヤジの母親は激甘だった。我が子可愛いの気持ちの尊重は必要だろうが…
一時期あれだけ熱心にしていたゲームも引退しており、SNSの更新頻度も下がっていた。
しかし以下のような不穏なポストが目立つようになる。

このまま飛び立てそうなくらい前向きなのに、鬱になってくる。
言い争いとかそうゆう土俵に俺は乗らないの!めっ!
お腹痛い…ストレスか…病院行ってくるわ!
駅のホームから足滑らしそうになるところだったわ

 自殺を考えているのではと心配したトクロウ、昔からの友人であったシゲル、クルトに連絡を取ったところ、釣りに行くことになった。
私は最後まで嫌な予感がして行きたくないと言ったが、もしかしたら反省の念や罪の告白が聞けるのではという期待もあり同行した。
 春の早朝にホヤジの実家に集まった。彼は私とトクロウのいる車に乗り込んだ。
「ひさし~ぶりだな」何事もなかったかのような面をして嗤っていた。
「ホヤジは小さい子供が好きなのか?」どストレートに聞いた。
「幅が~広いだけだ」まるでワンピースのドンッ!のような言い方だった。
「じゃあ風俗でも行ったほうがよかったんじゃね」
「私は~そうゆうところにはいかん、汚い」
…彼女は頭が悪いからという小説が頭をよぎった。何様のつもりなのか
「そう。友達がコンビニのオーナーなんだけど、深夜のバイト募集してる。どう?」
「コンビニなんか~さ、サルでもできんじゃん」
てめぇはサルみたいな見た目だろうがと言おうとしたとき、トクロウが質問した。
「今は何のバイトをしているんだ?」
「タイヤを~売ってる」
「それは整備士とかの道に進む感じなのか?」
「まぁそれも~あるな、ところでさ話変わるけど…ホヤジは~彼女ができました~」
私とトクロウは驚いた。絶句と言ってもいいかもしれない、急にウキウキ気分になったホヤジは後部座席から身を乗り出した。
「どこで知り合ったんだよ、ずっと更生施設だったんだろ?」
「ゲームのオフ会、SNSのときから若い女って分かってたんだけど、カラオケとか行ってガンガン俺からイったw」
見て見て~と若干おねぇ言葉になったホヤジは彼女の写真、LINE履歴を見せつけ、真実であることをアピール。
ホヤジは男尊女卑の思想を持っており、とことん女性に嫌われる要素で構成されていた。つまりモテなかった。
かつて女の子に言い寄ったことにより、大多数を敵に回すのを経験している。その反動のようだった。
「彼女には事件のことは言ったのか?」
「行ってない~わ、そんなん話せんだろw」
「親が知ったら黙ってないと思うぞ」
「大丈夫~だろ、母子家庭だし」
人間とはここまで醜悪なのか…自身の欲望のため、子供に毒牙をかけておいてここまで反省の念や罪の告白を聞くことはなかった。
むしろ犯罪しましたけど彼女できちゃいました~みたいな悪意。俺は得して生きてるぜと言い聞かせたいコンプレックスの塊。
 釣り場まで長距離のため、途中のコンビニで休憩になった。ホヤジがタバコを吸うのだ。顔が黒ずんでおり年齢よりも老けている。よく彼女できたな。コンビニでアイスを眺めて気持ちを落ち着けていると、ホヤジは身体をぶつけてきた。
「は?」一瞬キレそうになったが、ホヤジは「話せば分かる!話せば!」のポーズをして去っていった。
2発くらい殴って、その後の釣りなど破断させ、終わりにすれば良かった。何故ならばホヤジ以外つまらない会だったのだから。
 川に到着し、すでに暑かった。釣りなどしたとこがなかったから、嫌々ホヤジたちにセッティングしてもらった。
ニジマスが一匹釣れたが正直向いていなかったし、早く帰りたい気持ちだった。そうしているとすぐ近くにいたクルトがタメ息をつき、「ツマンネ…」とこぼしていた。
釣り終えたニジマスたちをまとめていた場所を鳥が狙って、ニジマスたちは傷付き血を流していた。くだらねぇ、くだらねぇ、こんなのに金がかる。
焼いて食べてもそんなに美味しくない。シゲル、クルトもほぼ喋らないので苦痛な時間だった。
シゲルはユーチューバーとして成功しはじめていたが浮かない顔、クルトはゲームのエンジニアとして10年選手フルリモートだったが浮かない顔。
幸せって何だろうな。
クルトは10年エンジニアをしているので、資格とか何取ったか気になって質問したが、「どうせ同じ繰り返しなんで…」としか答えなかった。
 帰りはホヤジが皆と別れたくないのか、本能的にこれが最後になることを悟ったのか、コンビニに計4回も寄ることになった。
「これタイヤ交換した~ほうがいいな」
物知り顔で指摘しはじめるが、以前も見たことのある光景だった。いかに自分が仕事熱心なのかを力説したところで、実が伴っていない。
シゲルとクルトは苦笑が張り付いていた。帰り道に彼女ができたことを聞かされたらしい。裏切られた気持ち。
「また~やろうな」とホヤジが言ったが、他の皆無言だったのが物語っていた。

5章

 ホヤジは案の定タイヤ販売の仕事を辞め、車で荷物を配送する仕事にチェンジしていた。彼女と同棲を考える旨やゲームの話がトクロウへ届いていた。世間では闇バイト(匿名・流動型犯罪グループ)と呼ばれる犯罪が横行していた。
SNSや求人サイトなどでメンバーを集め、犯行ごとにメンバーを入れ替えて犯罪を繰り返す形態だ。
私はホヤジの実家だったら心が痛まないのにと本気で思っていた。そんなときだ。トクロウにホヤジから連絡があった。
「助けてくれ…今、新宿の漫画喫茶に隠れてる…」
急に金髪の男に絡まれ、無視しようとしたところ「ここにぃー!ペドフィリアのクソ犯罪者がいるのでー!逮捕します」と荒げた声を出されたそうだ。私人逮捕系ユーチューバーというやつだろう。
何とか逃げたが、金髪の男は仲間がいるようで絶対ぇ捕まえる!正義の名にかけて!と言っていたそうだ。
警察に連絡すればいいんじゃないかとトクロウは助言したが、ホヤジはそれだと彼女にバレると怯えていた。自業自得だろ。
そうこうしているとテレビで闇バイト被害の報道があった。そこはホヤジの実家だった。
 ホヤジの母親とおばあさん、義理の父親は鈍器で殴られ重症、弟のバッキーは犯人と交戦したことにより、刃物で腹を刺されて死亡した。
バッキーは彼女に自分の兄が性犯罪者だということを伝えていた。
一番の被害者だったかもしれない。
捕まったのは16歳ルイジという男。報道カメラに向けてニヤリと笑いながら「できた!」と叫んでいた。
一旦トクロウはシゲルとクルトへ連絡を行ったが、シゲルは電話に出なかった。
「シゲルはあの後すごい体調悪そうにしてて…最近忙しそうにしてた」
私はホヤジを襲った男が私人逮捕系ユーチューバーなのではないかと思い検索した。ヒット。
シゲルは最近ユーチューバーとしての活動を広げており、彼らとどこかでつながっていてもおかしくはない…
「電柱の類…」
クルトがポロっとこぼしたフレーズ。それはシゲルが書いていた小説にあった文章だった。ホヤジはその部分を繰り返しバカにしていた。
「シゲルが自身の成功の足をひっぱる要因として、ホヤジを消したかった?過去にも嫌なことがあって、こないだの釣りで爆発した?」
私の推理が正しければシゲルが全ての黒幕なのかもしれない、しかしシゲルが悪いようには思えない自分がいた。

6章

 私とトクロウ、クルトはシゲルの自宅へ向かった。呼び鈴を鳴らしても一向に気配はない。
ドアノブに手をかけると扉が開いていた。もしかして最近流行りの強盗なのかもしれない。
私らは息を殺して慎重に家の中に入った。シゲルの部屋へクルトの案内で向かう途中、パソコンのクーラー音と変な臭いがした。
部屋にはヲタクグッズに囲まれ首を吊っているシゲルの姿があった。死後何日か経過しているのだろう。死臭が鼻をつく。
何となく予感はしていたのだろう。誰も取り乱したりはしなかった。
シゲルの両親は海外で生活しており、引きこもったシゲルのことすら知らないでいる。
PCにはAIチャットボットが表示されており、「貴方の罪を晒します。私の世界で一緒になりましょう」とだけ書かれていた。
最近アメリカの子供がAIに殺された事件と同じ結果だが、貴方の罪とは何なのだろう…
「シゲルはユーチューバーで少し人気が出始めた頃からさ、ファンに手を出すようになったんだ…」クルトは告白するように静かに語りだした。
「最初はオフ会くらいのノリだったみたい…楽しそうにしてたよ、ほらあいつさ高校中退だろ?その理由がイジメと女子にバカにされたことだったし…それがだんだんエスカレートしていってファンの女の子、未成年にエ、エロいこと要求してたみたい、きっとホヤジは道連れでさ情報リークしたんだよ…」
クルトは今証拠見せるよとPC操作してフォルダを開けようとした。
「待ってくれ、フォルダからデータを見せるフリをして、PC内完全消去を実行しようとしているんだろ?」
「ツマンネ…」
クルトはそれまでの臆病そうなヲタ感を一切なくしていた。
「黒幕はクルトだよな?」
「でも罪には問われないんでぇー!全部俺が作ったAIがやったんでぇー、シゲルが女喰ってたのも、ホヤジが性犯罪者であることも事実なんでぇー」
クルトは自らが学習させた犯罪教唆型AIで闇バイト・私人逮捕ユーチューバーを操り、恐喝型AIでシゲルを自殺へ陥れた。
「あいつらバカだよなぁー女出来ただけで勝ち誇ったような顔しやがってよぉーそんなん大したことじゃねぇだろうがよぉ!」
「たしかにクルトは手を下していないな…」
正直もうどうでもよくなっていた。ある事実に気付いてしまったからだ。
「小説だろ?」トクロウが呟いた。
「はて小説?」
クルトの小説は異世界ファンタジーものだった。お世辞にも良いとは言えないが、夢が詰まっていた。
それをホヤジとシゲルはバカにしていた。そして二人ともクルトの現状からすれば「良い思い」をしていた。
「もうこんな時間か…俺は帰る…ツマンネ」
クルトは泣き笑いのような声で去っていった。
その後ろ姿は一人ぼっちの子供のようだった。

その後、ホヤジを襲った私人逮捕系ユーチューバーは警察に逮捕され、
ホヤジは彼女と一緒に遠い地へ引っ越した。
シゲルは死亡後にPCのファイルを警察が調べたところ、
未成年への猥褻動画と画像が大量に見つかった。
クルトがPC内完全消去しようとしたのは自身の証拠を消すのではなく、
彼なりの優しさだったのだろうか
ホヤジはよく私のライブに来てくれたし、音楽も良い評価をしてくれた。
話して楽しかった思い出もある。
釣りのとき、被害者への罪の意識や反省があれば、何故そうなってしまったのか話してくれれば許せたかもしれない。
犯罪の背景は様々だ。ホヤジに「貧困」「孤独」そういったものがあてはまるとは思えないが、本当に完全な悪なのだったのだろうか?道行くJKを眺め私は大丈夫なんだろうかと感じていた。
誰しも対岸の火事に巻き込まれる可能性がある。
今回の件で私が得たことをどうしても伝えたかった。

エピローグ

のどかな風景だ。ホヤジは車でルートを確認していた。次の犯行の予習だ。
ネットを使って仲間やターゲットを探すのもたやすい時代に入った。
金も手に入って一石二鳥、俺って優秀すぎんだろw家帰りたくねぇ
甘々だった態度はどこへやら、結婚や子供を口にするようになった同棲中の彼女を昨夜殴った。
「あ~あ、早く新しい女手にいれなきゃっと」
犯罪者はモテる。これ秘密な。
パチンコでもしよ、駐車場でホヤジが車から降りたときだった。
後方からついてきていたバイクが目の前に止まった。
何だ?警察呼ぶか?ここだったら別に…
「どうも」
ヘルメットを脱いで挨拶してきた。でかい…
「誰?何なの?」
「おぼえてない?」
「あ、ベン?」
「うん!そうだね!」
握手を求めてきたベンにそこまで注意をしていなかった。
サクッ、、
「えっ…」
サバイバルナイフが腹部に突き刺さっていた。
「え、ウソだろ…」
ベンは嗤っていた。ジョーカーのアーサーみたいな笑い方だ。
ホヤジはいつかトクロウたちと観に行った映画のことを思い出していた。

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