106.第5章「映画とテレビでトップをめざせ!不良性感度と勧善懲悪」
第5節「東映ゼネラルプロデューサー岡田茂・映画企画の歩み⑦天尾完次企画映画 東京撮影所前編」
7.プロデューサー天尾完次の偉業 東京撮影所前編
1973年9月に東京撮影所(東撮)企画部長に転進した天尾完次は、東撮でも多くの名作を生み出しました。
今回は天尾の東撮での足跡をまとめて紹介いたします。
(3)天尾完次、東撮企画部長着任
当時東撮企画部では、俊藤浩滋の下で任侠映画を企画し後に梅宮辰夫主演『不良番長シリーズ』を誕生させたプロデューサー吉田達(とおる)、矢部恒(ひさし)がヤクザ映画や梅宮主演好色映画などを作っており、吉峰甲子夫は『ずべ公番長』、その後『女囚さそり』など人気シリーズを担当していました。また、安斎昭夫は、園田実彦から『夜の歌謡シリーズ』を引き継ぎ、太田浩児は、千葉真一主演『やくざ刑事』シリーズ、梶原一騎原作劇画の映画化作品で1973年5月に公開された千葉主演『ボディガード牙』の企画を担当しており、他に彼らを補佐する高村賢治、寺西国光、坂上順(すなお)など若手プロデューサーがいました。
東撮企画部長に就任した天尾は、池玲子、杉本美樹、片山由美子などを京都撮影所(京撮)から呼び、吉峰甲子夫・高村賢治を企画者に1973年10月公開『前科おんな 殺し節』(三堀篤監督・池玲子主演)を作ります。
そして、天尾とともに京撮で数多くの仕事をしてきた鈴木則文を東撮に招聘し、鈴木がコミック誌のために原作した劇画『聖獣学園』を若手プロデューサー高村賢治を企画者として多岐川裕美主演にて映画化しました。
多岐川の熱演にも関わらず残念ながら興行的には成功しませんでした。多岐川は1976年11月公開小平裕監督『新女囚さそり 701号 』に主演の後、東撮を離れ様々な会社の作品に出演し人気女優となって行きます。
『聖獣学園』を監督するために東京に引越しした鈴木は活動の中心をそのまま東撮に置きました。
そして岡田が進めた空手映画に取り組み、かつて京撮にて『緋牡丹博徒』藤純子を売り出したように、親友の脚本家掛札昌裕とともに『女必殺拳』にて志穂美悦子を売り出します。
また、天尾が東撮に呼び『前科おんな 殺し節』に出演した杉本美樹は、吉峰甲子夫企画、1974年5月公開野田幸男監督『0課の女 赤い手錠』に主演し高い評価を得ました。
(4)天尾完次・坂上順企画『新幹線大爆破』
1974年の年末、アメリカで公開された『タワーリングインフェルノ』が大ヒットしました。それを見た岡田からパニック映画を作るように指示された天尾完次は、進行から企画に転進した坂上順がフランスの推理小説家カトリーヌ・アルレーをもじったペンネーム加藤阿礼で原案を作った①『新幹線大爆破』(佐藤純彌監督。高倉健主演)の映画化に取り組みます。(作品の前に付けている①などの番号は、天尾がタイトルクレジットに企画として掲載されている作品に公開順で振ったものです。)
東撮に異動してから映画のタイトルクレジットに企画者として名前が出ることがなかった天尾は、この作品から再び企画として記名されるようになりました。
「新幹線が走行速度80kmを下回ると爆発する」パニック映画は、国鉄(現・JRグループ)からのロケ撮影拒否、大抗議を受けながらも特撮を駆使し、大きな予算をかけたオールスター映画として完成、1975年7月に公開されます。
これまでのヤクザ映画や好色映画などの大衆娯楽路線とは異なり、東宝に対抗するべく東映が社を挙げて取り組んだ特撮大作は、国内興行では失敗に終わりますが、作品として高い評価を受け、海外ではオファーが相次ぎ大成功しました。
そして、天尾、坂上が企画した『新幹線大爆破』は、海外を含め多くの作品に影響を与えて行きます。
その後も数多くの映画でコンビを組んだプロデューサー坂上と監督の佐藤は、後年京撮にて特撮大作『男たちの大和/YAMATO』で再び映画史に残る作品を残しました。
(5)天尾完次企画・鈴木則文監督・菅原文太主演『トラック野郎』大ヒット、シリーズ化
1975年、東撮にてお盆に予定していた作品が没になり、岡田の指示で急遽菅原文太主演作の企画が検討されます。
その際、愛川欽也が菅原文太に相談して二人で岡田に持ち込んだとも言われている、イルミネーションの付いた大型トラックによるロードムービーが俎上に上がりました。
この案に岡田茂は反対したとの話もありますが、時間がなかったことに加え、宣伝部の福永邦昭の努力もあって岡田の了承を得て映画化が決定。菅原の大型トラック免許取得も間に合い、鈴木則文監督にて『トラック野郎 御意見無用』のクランクインになんとかこぎつけます。
ちなみに『トラック野郎』という言葉も、「ポルノ」「スケバン」に次ぐ天尾によるネーミングです。
菅原演じる一番星桃次郎と愛川演じるやもめのジョナサンの二人に、天尾作品でおなじみの由利徹、南利明も出演するちょっとエッチで下品な人情喜劇は、8月に公開すると大ヒット。その後5年続いて東映の盆正月を飾るヒットシリーズとなりました。
興行でぶつかる松竹大人気映画『男はつらいよシリーズ』トラさん車寅次郎とトラック野郎一番星桃次郎の戦いは、「トラトラ対決」と呼ばれ、盆正月の名物となります。
菅原と愛川が唄う「一番星ブルース」は、作詞阿木燿子、作曲宇崎竜童、編曲ダウン・タウン・ブギウギ・バンドで作った主題歌で、シリーズ10作のうち9作品のオープニング、エンディングを飾りました。
第1作 1975年8月公開『トラック野郎 御意見無用』
【配給収入】4.2億円
【マドンナ役】中島ゆたか
【ラストの爆走時に運ぶものと移動先及びタイムリミット(一般所要時間/目標時間)】中島ゆたかを恋人の元に盛岡から下北の港へ12時までに(8時間 / 3時間)
【同時上映作品】東撮『帰ってきた女必殺拳』山口和彦監督・志穂美悦子主演
【記録】1975年度邦画配収8位(1位松竹『男はつらいよ 寅次郎子守唄』11億円)
第2作 1975年12月公開『トラック野郎 爆走一番星』
【配給収入】7.7億円
【マドンナ役】あべ静江
【ラストの爆走時に運ぶものと移動先及びタイムリミット(一般所要時間/目標時間)】父織本順吉を子の元へ、岡山から長崎まで1月1日0時までに
【同時上映作品】東撮『けんか空手 極真無頼拳』山口和彦監督・千葉真一主演
【記録】1976年度邦画配収7位(1位東宝映像/シナノ企画『続・人間革命』16億円・2位角川春樹事務所『犬神家の一族』15.6億円・9位東宝『不毛地帯』5.4億円)
第3作 ⑤1976年8月公開『トラック野郎 望郷一番星』
【配給収入】5.4億円
【マドンナ役】島田陽子
【ラストの爆走時に運ぶものと移動先及びタイムリミット(一般所要時間/目標時間)】生魚40トンを釧路から札幌の18時の競りにあと5時間
【同時上映作品】東撮『武闘拳 猛虎激殺!』山口和彦監督・倉田保昭主演
【記録】1976年度邦画配収10位
この作品から企画に天尾の名前が入りました。
第4作 ⑥1976年12月公開『トラック野郎 天下御免』
【配給収入】12.8億円
【マドンナ役】由美かおる
【ラストの爆走時に運ぶものと移動先及びタイムリミット(一般所要時間/目標時間)】松原智恵子と子を事故で入院中の元夫沢竜二の元へ20トンの荷物とともに倉敷から境港経由で京都、17時までに(9時間 / 残り6時間)
【同時上映作品】東撮『河内のオッサンの唄 よう来たのワレ』斎藤武市監督・川谷拓三主演
【記録】1977年度邦画配収4位(1位東宝『八甲田山』25.1億円・2位角川事務所『人間の証明』22.1億円・3位松竹『八つ墓村』19.9億円・10位東宝『悪魔の手毬唄』7.6億円)
第5作 ⑧1977年8月公開『トラック野郎 度胸一番星』
【配給収入】10.9億円
【マドンナ役】片平なぎさ
【ラストの爆走時に運ぶものと移動先及びタイムリミット(一般所要時間/目標時間)】逮捕されたジョナサンのブリを金沢から新潟の市場へ18時までに(8時間・残り5時間)
【同時上映作品】東撮『サーキットの狼』山口和彦監督・風吹真矢主演
【記録】1977年度邦画配収5位
第6作 ⑩1977年12月公開『トラック野郎 男一匹桃次郎』
【配給収入】12.2億円
【マドンナ役】夏目雅子
【ラストの爆走時に運ぶものと移動先及びタイムリミット(一般所要時間/目標時間)】マドンナを恋人の元へ唐津から鹿児島空港へ16時までに
【同時上映作品】東撮『こちら葛飾区亀有公園前派出所』山口和彦監督・せんだみつお主演
【記録】1978年度邦画配収5位(1位角川春樹事務所『野生の証明』21.8億円・2位東映洋画『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』21億円・3位東映『柳生一族の陰謀』16.2億円)
第7作 ⑫1978年8月公開『トラック野郎 突撃一番星』8.3億円:原田美枝子:恋人川谷拓三を1時間以内に病院へ:東撮『多羅尾伴内 鬼面村の惨劇』山口和彦監督・小林旭主演:1978年度邦画配収10位
第8作 ⑭1978年12月公開『トラック野郎 一番星北へ帰る』
【配給収入】10.6億円
【マドンナ役】大谷直子
【ラストの爆走時に運ぶものと移動先及びタイムリミット(一般所要時間/目標時間)】透析機械を花巻から大野村まで2時間以内、15時までに
【同時上映作品】京撮『水戸黄門』山内鉄也監督・東野英治郎主演
【記録】1979年度邦画配収5位(1位東映「銀河鉄道999』16.5億円・2位東宝『あゝ野麦峠』14億円)
第9作 ⑮1979年8月公開『トラック野郎 熱風5000キロ』
【配給収入】10.5億円
【マドンナ役】小野みゆき
【ラストの爆走時に運ぶものと移動先及びタイムリミット(一般所要時間/目標時間)】子供を母親の元へ木曽上松から魚津港へ17時までに(汽車で6時間。残り4時間)
【同時上映作品】『ドランクモンキー 酔拳』ユエン・ウーピン監督・ジャッキー・チェン主演
【記録】1979年度邦画配収6位
第10作 ⑰1979年12月公開『トラック野郎 故郷(ふるさと)特急便』
【配給収入】6.8億円
【マドンナ役】森下愛子と石川さゆり
【ラストの爆走時に運ぶものと移動先及びタイムリミット(一般所要時間/目標時間)】石川さゆりを高知から高松港に12時までに(特急で3時間半。残り2時間半 )
【同時上映作品】京撮『夢一族 ザ・らいばる』久世光彦監督・森繁久彌主演
【記録】(1980年度邦画配収1位東宝『影武者』27億円・2位角川春樹事務所/TBS『復活の日』24億円・3位東映『二百三高地』18億円・9位東映洋画『ヤマトよ永遠に』13.5億円・角川春樹事務所『戦国自衛隊』13.5億円)
第10作『トラック野郎 故郷特急便』の配給収入6.8億で初めて邦画年間配収ベスト10から外れました。1974年公開作品と比較すると、大ヒットと言われた『三代目襲名』が4.2億、『ゴルゴ13』4億、『仁義なき戦い』シリーズで一番ヒットした『完結編』の配収が3.7億であり、この数字6.8億は、決して悪い数字ではありませんでしたが10億を下回ったということで岡田茂はシリーズを終了させました。
ライバルの松竹『男はつらいよ』との興行合戦は、『トラック野郎』最終作を除き、ともに邦画配収年間ベスト10内という高レベルの戦いを繰り広げ、東映の3勝7敗で終わります。
天尾完次が統括し、盟友鈴木則文が監督した菅原文太主演『トラック野郎シリーズ』は石井輝男監督高倉健主演『網走番外地シリーズ』に並ぶ東映史に残る大ヒットシリーズでした。
東撮での天尾の活躍はまだまだ続きます。次回は日本近代史の転換点をテーマにした大ヒット戦争映画シリーズを紹介します。
トップ写真:『トラック野郎 御意見無用』(左)一番星桃次郎役:菅原文太・一番星号・(右)やもめのジョナサン役:愛川欽也