63. 第4章「行け行け東映・積極経営推進」
第9節「信用で売る東映不動産」
1961年9月18日、多角化経営を目指す東映は、京都撮影所内に子会社東映不動産(株)本社、西銀座にある東映本社内に東映不動産東京支店を置き、不動産業に乗り出しました
早速、オープンセット東端の道を隔てた向かいに本社事務所、西京極にガソリンスタンド、二つの施設の建設にとりかかります。
1962年正月の年頭方針にて大川はガソリンスタンドの経営に続いて不動産売買やそれに伴う保険代理業に乗り出すことを発表しました。
そして、1月19日、東映不動産新事務所とガソリンスタンド東映西京極給油所が営業を始めます。
3月5日には西京極タクシー改め東映タクシーも西京極球場前に開業しました。
6月には太秦のオープンセット動物園跡にガソリンスタンド太秦給油所の地鎮祭を行います。
9月、太秦給油所もオープンし、6月に着工した大覚寺前の建売住宅も9月中旬に完成しほぼ完売、不動産販売も順調に歩みだしました。
そして、各地区での営業を強化するために東京支店、大阪営業所に加え、10月7日、新宿ヒカリ座内に新宿営業所を設け、不動産業が各地で本格的に稼働し始めます。
1963年に入ると不動産販売は京都本社、東京支店を中心にますます営業を拡大、東京は柏市初石に建売住宅と土地分譲、京都は天竜寺椎野町とオープンセット向かい太秦一ノ井町に建売住宅販売を開始しました。
3月1日には今後の首都圏での不動産需要の拡大を鑑み、東映不動産本店を東京に移し、東京支店、京都支店、大阪営業所、新宿営業所と組織を改編しました。
4月には、大阪営業所を大阪支店とし、新たに札幌、名古屋、北九州、福岡に支店を設け、これでの東京支店、京都支店と合わせて7支店とし、支店長を集めて第1回支店長会議を開催。と、怒涛の如く営業拡大を目指して行きます。
柏市初石の売れ行きは好調で、第2次、第3次、第4次と計画も進んでいき、他の場所にも着々と手を広げていきました。
それに対抗するように京都支店も撮影所周りの住宅開発に加え、京都のベッドタウン亀岡市つつじヶ丘で大規模住宅開発に着手。東映は住宅分譲会社として信用を高めて行きます。
東京では柏に続いて千葉県佐倉での住宅開発東映志津ニュータウンを発表します。
昨年正月に大川が発表した保険代理業についても認可が下り、東映不動産は損害保険販売も始めました。
不動産販売の拡大に合わせ、これまで東映不動産が運営してきた京都の給油所は、施設人員と共に経営を東映タクシーに移行することになりました。
また不動産の担当者17名が受験した第6回宅地建物取引員国家試験に全員合格し、不動産取引事業者として益々信用を高めます。
東京、京都とも住宅販売は好調に推移、新たに土地を購入し次々と開発を進めました。
1964年も新たに土地を購入し開発を進め、不動産取引はますます拡大、損害保険代理店業務も順調に伸び、6月には2度目の表彰を受け、代理店資格が乙から手数料歩率の高い甲に昇格しました。
また、全国各支社内に設けた支店を本格的稼働させ、全国的に土地開発を行い、分譲建売営業を積極化することを計画します。
1965年、東京では東映志津ニュータウン開発についで、千葉市八千代台分譲地、同じく千葉市東映豊四季分譲地、柏市松尾の開発を手掛け、京都は瑳峨新宮町の開発分譲計画など東京、京都両支店全員が営業に邁進しました。
1967年、年頭のあいさつで大川は東京地区の今後の人口増加を鑑み、より一層不動産事業を拡大するとの方針を語りました。
大川の語る通り、東映不動産は増資を行い、千葉の東映高柳団地の分譲を発表します。
東映高柳団地第1期分譲は売り出しと同時にほぼ完売し、第2期の分譲を目指して土地造成を進めました。
第2期、第3期と分譲した高柳団地は即完売し、続いて、埼玉県に東映南桜井団地を売り出し快調な売れ行きを示します。
1968年度も年頭あいさつで不動産事業の好調と信用の重視、引き続いての販売拡大について語りました。
南桜井団地第2期、高柳団地第4期と多くのお客様が詰めかけました。
売れ行き好調、引き続き、南桜井団地第3期、高柳団地第5期と開発に乗り出します。
一方、京都では嵯峨新宮町の開発販売が順調に進み、第9期の完成に向かいました。
東京は南桜井団地第4期、京都は長岡京市に新たな分譲地を取得します。
東京に本店を移して5周年を迎え、8月10日、東映不動産は4月に竣工した日本初の超高層ビル霞が関ビルディング31階に会社を移します。社内報『とうえい』では5周年を記念した特集が組まれ、その歩みとこれからが示されました。
東京では高柳団地の隣に第二高柳団地を造成中であること、神奈川に初進出のため伊勢原市に約8万坪の土地、所沢に約5万坪の土地を購入し始めたこと、また、片瀬海岸で高層層住宅の建設に着工することなどが述べられます。
京都ではこれまで開発してきた嵯峨団地の隣に土地を購入してより拡大していくこと、阪急沿線の長岡京市の土地の開発計画を進めていること、また京阪沿線に土地を物色中であることなどが語られました。
高柳団地第6期も順調に販売が進み、続いて第二高柳団地の分譲に取り組みます。
京都嵯峨団地の第11期販売も順調に伸び、増々開発を拡大していきます。
1969年、大川は年頭の挨拶にて、不動産事業の第二次発展として神奈川県での取り組み、新たにマンション分野への進出について述べました。
この年、1月の東映嵯峨団地の第1回目、嵯峨団地としては第12期販売、2月の第二高柳団地の第1回目である高柳団地第7期販売、両方とも好調なスタートを切ります。3月には第二柏団地第1回目の販売も始めました。
4月、マンション販売など増々の業務拡大に向けて東映不動産は増資を行います。
神奈川小田急沿線の第1次土地購入も順調に進み、京都では嵯峨団地に続き、元東映馬場を開発する常盤団地、長岡団地の販売を発表します。
引き続き、第二高柳団地第8期、嵯峨団地第13期を販売。嵯峨は今期で終了し、次は第二柏団地第2期と建物建築中の常盤団地の販売に向かいました。
7月20日第二柏団地第2期、27日常盤団地とも好評に販売を開始します。
続いて、高層住宅部門進出に向けて片瀬東映マンションの建設に取り掛かりました。
1970年3月、東映不動産京都支店が京都市から優良業者の認定を受けます。これは検査を受けた50業者の中から3社のみ選ばれたものでした。
5月1日には再び増資して資本金は2億4000万円まで拡大します。
そして6月30日、ついに念願の東映分譲マンション第1号・片瀬東映マンションが完成しました。
1961年にガソリンスタンド経営から始まった東映不動産。戸建て住宅用土地の開発、分譲、建売と試行錯誤をくり返しながらも住宅建設需要に乗り、順調に伸びてきました。
設立10年を迎え、ここから高層住宅部門への新たなチャレンジが始まります。
その後の東映不動産の展開は後日改めてご紹介いたします。