ブラッドピットとドライブ
妻はドライブが好きだ。
行き詰ることがあったり、もやもやすると
「ドライブに行かない?」
とお誘いを受ける。
先日、しばらくぶりに夜のドライブへと出かけた。そういったことにトキメキを覚えるお年頃だろうか。息子は興味を示さないが、娘はいそいそとついてくる。
橙が紫色へ、そして深い藍色へと移りゆく透明な空に、照明の灯った首都高速を陽の落ちた海へと向かった。長い直線を、スピードを上げて次のカーブへと向かう。連続する曲線と分岐を抜けてゆくと、トンネルに入った。ほの暗い運転席をナビゲーションライトがかすかに照らす。トンネルから地上へ出ると街灯がリズミカルに後方へ流れてゆく。夜空に浮かぶ月が右へ左へと移動する。オーディオから流れるお気に入り曲が、エンジンの低音をバックに心地よく転がっている。
出会いの話。付き合うきっかけの話。同棲しはじめた話。渓流へ海辺へ公園へデイキャンプに行った話。開店一番に入り閉店まで飲みつづけたビアホールの話。パンの名店を廻り好みのパンを買い集めワインで乾杯した話。結婚を決意し互いの実家へ挨拶しにいった話。長女を身ごもったことをぼくに伝えるときの逡巡の話。手づくり結婚式の準備が期限ギリギリだった話。
過ぎ行く景色が思い出を映し出してゆく。心地よいドライブに話が弾む。いい気分だ。
いい雰囲気に浸る親夫婦を後部座席で眺めていた娘が、ふとつぶやいた。
「映画で同じようなシーンがあったな。」
「誰の映画?」
妻が訊ねる。映画でもドライブのシーンはロマンチックなことが多いかもしれない。
「ブラピ。運転してる横顔がね、眼差しがね、唇がね、もうエッチすぎるのよ。あれは、かっこいいなんてもんじゃすまされない。」
娘は俳優ブラッドピットさんの大ファン。写真集やポスターを買っておきながら、恥ずかしくて部屋に飾れない、ポスターを壁なんかに貼ってブラピに見つめられたら部屋で着替えが出来ない、と訳のわからないことを云うほどだ。
「運転している横顔ってカッコよく見えるよね。」
妻がぼくを向きなおし、ね、とやさしく腕に手を添えた。
「えええ? そう? 大丈夫だよ。お父さんはそんなことないから。」
高速道路は湾岸にさしかかり、東京湾を一望している。危うく分岐を間違えてもう一周してしまうところだった。
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